89話 住民増加後の商店街
放課後。
優奈はいつもの二人プラス美咲と真琴の五人で、商店街へとやってきていた。
「急に賑やかになったわね」
麻衣は周りを見回す。
これまで総人口二十人だったのが、一気に十倍近くに膨れ上がった。
未就学児は幼稚園内にいるので、体感できるのは実質その半分であるが、それでも麻衣達は非常に賑やかになったように感じられた。
「あたしは空いてた方が好きだったなー」
「あたしも。新しい子が来たのは嬉しいけど、ゴミゴミするのは、ちょっと苦手だな」
美咲と真琴は歓迎しない訳ではなかったが、これまでのように、ほぼ占有状態で好き勝手できなくなったことは残念に思っていた。
「これでもまだ少ない方だよ。地上の町なら、田舎でも万単位の人口いるのが普通だし」
「まだ各学年一クラスだもんな。言われてみたら、うちの田舎よりも全然人少なかった」
「狭いから多く見えるのかもね。暫くは、この人数で様子見るみたいだから、当面の間はこれ以上増えないよ」
今後も増やしていく予定であったが、今回は人数が多く、年齢層も幅広い為、優奈はこれまで以上の経過観察をするつもりだった。
「相変わらず色々聞いてるわねー。っていうか、先生もよく優奈に新入生の案内なんか任せたわ」
「新しく来る子達と触れ合いたいって泣きついたからね。優しい先生だよ」
「その優しさで被害者を生み出したら、目も当てられないわ。下級生達の為に、近寄らせない方がいいって言おうかしら」
「それはご勘弁を」
ふざけたりしてお喋りしていると、近くで女の子が声を上げた。
「あー! 美咲姉ちゃんだ!」
優奈達が振り向くと、そこには希海、未久、結衣の三人が居た。
希海がダッシュで駆け寄り、美咲に抱き着く。
「おぉ? 希海? 何でいるの?」
「管理者さんに誘われて来た。他の子も何人か来てるよ」
仲良さげに喋る二人を見て、真琴が尋ねる。
「知り合い?」
「同じ施設に居た子ー」
美咲が居た施設は比較的地元だった為、今回の勧誘でも対象に選ばれていた。
「美咲姉ちゃん、急に居なくなったんだもん。先生に訊いたら引き取られたって」
「へー、そういうことになってたんだ」
美咲については家出として失踪後、事故死として偽装していたが、施設の子供達にそんなことは伝えられなかった為、引き取られたという扱いになっていた。
優奈が下級生三人に訊く。
「皆はお買い物?」
「食べ歩きしに来たのー。給食美味しかったから」
「じゃあ、お姉さんが奢ってあげよう」
「ほんと? やったー! ありがとう。案内のお姉さん」
希海は大喜びで飛び跳ねる。
未久と結衣もペコリと頭を下げて感謝の意を示した。
満足気に下級生達の様子を見ている優奈に、麻衣が肘で突く。
「ちょっと、そんなことしていいの?」
「入学祝だよ。美咲ちゃんの知り合いだし、これくらい全然いいっしょ」
「う……私も出した方がいいのかしら」
優奈が先輩として入学祝をするということで、そう言われると麻衣も出さないといけないような気になってきた。
「いいよ。私が奢りたいだけだから。みんな、この子が案内の時に言った万年金欠の子」
「はえっ!? 優奈! 私のこと何て説明してるのよ!」
麻衣は怒って、優奈をどつく。
そんなこんなで騒がしくしながらも下級生達を交え、食べ歩きをすることとなった。
一先ず八人は近くにあったクレープ屋で買い食いする。
下級生の子三人は優奈に奢ってもらったクレープを必死に貪る。
「最初に三人で来た時もクレープ買ったわね。懐かしいわ」
三人がクレープを食べる姿を見て、麻衣が呟く。
意図して選んだ訳ではなかったが、偶然にも優奈達が最初に食べ歩きしたものと同じだった。
そこでクレープを食べていた未久が言う。
「これ、凄く安いのですね。驚きしました」
「全部安いけど、食べ物は特に安いわよ」
「こんなので、やっていけるんですか?」
すると、麻衣は優奈に説明しろと視線を送る。
バトンタッチされた優奈が説明を行う。
「営利目的じゃないからね。管理者の目的は人類の保護。あくまでもここは私らが快適に暮らす為のものだから、安いのも当然だよ。費用面で考えても、未来の発電技術で無限のエネルギーがあるし、ロボットだから人件費も要らない。本当はタダでもいいんだろうけど、それだとあまりに好き放題になっちゃうから、制限掛ける為に価格をつけてるんだ」
「なるほど」
未久は優奈の説明で納得した。
だが、続けて言う。
「でも、何か色々と良過ぎて、ちょっと怖いです」
「みんな同じこと考えるわね。大丈夫よ。すぐに慣れて気にしなくなるから。私なんて夏休み遊び過ぎて、学校行くの面倒臭いとまで思うようになっちゃったわ」
先輩としてのアドバイスをしているつもりなのか、麻衣は何処か自慢げだった。
「それは自慢して言えることなのか」
優奈が突っ込みを入れた。
「しょうがないでしょ。宿題もないし、一ヶ月ずっと遊び惚けてたら、あれぐらいでも面倒に思うようになるわよ」
「夏休みの宿題もなかったの? いいなー」
羨む希海に優奈が言う。
「どうせ町に来るなら、やらなければよかったね」
「そういう訳には行かないでしょ。下級生に変なこと吹き込まないの」
騒がしくも和気藹々と、お喋りしながら食べ歩く。
そこで優奈が、商店街の先を見渡すように眺めていた未久に気付いて声を掛ける。
「いいでしょ。町には一台も車が走ってないんだ」
「そうなんですか。通りで違和感があると思ってました」
「建設資材とかの運搬でロボットが使うことはあるけど、それは例外中の例外で、見かけることは、まずないから安心して」
「はい?」
未久は優奈が何を言いたいのか分からず、怪訝な顔をする。
(おっと。あまり余計なことを言うと危ないか)
未久が交通事故に遭ったことは、ここではまだ誰も知らない。
他の子に過去のこと聞いてはならないというルールを敷いている以上、ロボットから教えてもらったという手も使えない為、優奈が知っていては不味い事柄だった。
するとそこで、話を聞いていた美咲がいきなり地面に寝転がる。
「車来ないから道のド真ん中でも寝そべれるよ。しかも、埃や砂も落ちてないから汚くない」
「すごーい」
希海が真似して寝転ぶ。
「だから、食べ物置いても……」
美咲は手に持っていた食べかけのクレープを地面に直接置く。
「綺麗でも見た目が汚いから止めなさいよ」
汚れは付かずとも、見た目は落ちたクレープにしか見えなかった。
美咲がクレープを拾って立ち上がると、清掃ロボットが寄ってきて、地面に付着したクリームの掃除を始める。
「こうやって勝手に掃除されるから、地面に置いて食べる時は清掃ロボットに注意」
「そもそも地面に置いて食べるんじゃないわよ」
清掃ロボットの動きを下級生達が面白そうに眺めていると、希海が突然声を上げる。
「思い出した!」
そして優奈の方を見て言う。
「優奈姉ちゃん、前に会ったことある」
「え、そうなの?」
「神社の裏でパンツ脱がされてた時にお菓子くれた」
「優奈、あんた……」
皆の視線が優奈に集まる。
「激しい誤解! 逆だよ、逆。変質者に悪戯されてたところを私が助けたの」
「ほんと?」
「ほんとだよね? パンツ脱がさせたのは変なおじさんだよね?」
優奈が確認するように言うと、希海は頷く。
「うん。あのおじさん、言うこと聞いたらお菓子くれるって言ってたのに、くれなかった」
その言葉で優奈の無実が証明された。
麻衣や未久からの汚物を見るような視線が消える。
誤解が解け、優奈は胸を撫で下ろした。
「でも意外ね。盗撮されてたの気にしなかったのに」
「自分じゃないからね。他の子がやられるのは許せない」
「……妙に納得しちゃったわ。その変質者はどうしたの?」
「殺したよ」
優奈がそう言った瞬間、空気が凍る。
「え?」
「冗談。逃げられたけど、近くに警察いたから捕まったんじゃない?」
「変な冗談言わないでよ。一瞬、頭がフリーズしたわ」
二人が話す横で、結衣が希海に耳打ちする。
そこで話を聞いた希海が皆に向けて言う。
「ねぇ、結衣ちゃんも会ったことあるって」
「へ? どこで?」
麻衣が尋ねると、結衣は若干怯えつつも口を開く。
「学校の図書室で。昼休みに」
二人が接触したのは、優奈が母校に衣服データを取りに来た時である。
一言二言しか言葉を交わしていなかったが、結衣はハッキリ覚えていた。
「優奈、同じ学校だったの?」
「いや……」
母校ではあるので同じ学校とも言えるが、突っ込まれたら誤魔化せないので、優奈は言葉を濁すしかなかった。
優奈が何も言わない為、結衣は言葉を続ける。
「私のクラスの男子、蹴飛ばしてた」
今度はドン引きした視線を向けられる優奈。
「理由もなく蹴った訳じゃないよ? 結衣ちゃんに意地悪してたから、つい」
「あぁ、いるわよね。女子に意地悪してくる男子。下級生を蹴飛ばすのは、やり過ぎだと思うけど、シバいてやりたい気持ちは分かるわ」
麻衣達は理由を聞いて納得した様子だった。
(二人とも記憶力いいな)
優奈はさり気なく未久の様子を窺う。
希海と結衣の二人は兎も角、未久の時はヴァルサを使ってガッツリ治療していたので、気付かれるのは不味かった。
だが、声だけだったということもあり、未久はまだ気付いていないようで何も言ってこなかった。