88話 町にやってきた下級生達
それから何人か回収して、山に入ったバスは中腹にある隠しトンネルへと入り、少し進んだところで駐車場へと到着した。
既に他のバスが何台も停まっており、バスから降りた未久達は管理者の案内でエレベーターへと乗り込む。
下へと急速に下り、程なくして止まると扉が開いた。
「ようこそ。ここが、これから皆さんが住む楽園の地・悠楽町です」
女の子達の目に映ったのは、晴天の青空と沢山のお店が立ち並ぶ商店街だった。
「わぁ」「すごーい」
五年生達が来た時はガラガラの空き地状態だったが、増殖した商店街によって、今では非常に賑やかな街並みへと変貌していた。
管理者の案内によって、未久達は商店街を進む。
少し歩くと、小学校の前へと辿り着いた。
そこに待っていた人型の保母さんロボットが皆に向けて言う。
「幼稚園、保育園に通ってた子は、こっちよー」
集団から未就学児を連れ出し、隣の幼稚園へと連れて行く。
残った小学生の子達はそのまま小学校へと案内された。
下駄箱に上がると、結衣がキョロキョロと周りを見回し始める。
「どうしたの?」
「ここ、私の学校にそっくり。建物は新しいけど」
結衣は自分が通っていた学校に、あまりにそっくりだったので吃驚していた。
「へー、私のところとは全然違うや」
「あたしが行ってたところも、ちょっと違う」
結衣が通っていたのは優奈の母校だった為、そこを参考にして作られた町の小学校は非常に似た作りとなっていた。
管理者の案内で一棟廊下を進み、体育館へと続く渡り廊下へと出る。
すると、上から騒がしい声が女の子達の耳に聴こえてきた。
未久が上へと見上げると、二棟三階の窓から五年生の子達が手を振ったりしていた。
そのまま体育館へと案内され、そこで管理者の話を聞いた女の子達は、それぞれの学年に分かれて、教師ロボットに各学年の教室へと連れて行かれた。
四年生の教室へと入る未久達。
黒板に書かれた席に座るよう言われ、それぞれ自分の席へと移動する。
すると、バスの席と同じように未久、結衣、希海の三人が揃って近くの席だった。
「また一緒だ。よろしくー」
希海は喜んで未久や結衣と握手する。
「バスの席順? 偶然かな?」
席順はその子の性格による相性から割り当てられる。
これはバス内での交流も参考にしているので、内心はどうあれ、三人仲良くしていた未久達が近くの席になるのは必然だった。
全員が席に座り、自己紹介や担任ロボットからの話が始まる。
改めて簡単に町の説明が行われ、その中で遺伝子修復の薬が全員に配られた。
前回は来る前に投与させていたが、今回はまとめて回収したので、このタイミングでの投与だった。
スティック型の注射の為、女の子達は難なく投与を終える。
全員の投与が終わると、町の案内へと移る。
「では、これから学校を出て町を軽く見て回るのだけど、案内は私ではなく、この子にやってもらいます」
担任ロボットがそう言うと、教室の入り口から優奈が顔を出した。
「はぁい」
手を振り、笑顔で優奈が教室に入って来た。
「在校生の優奈さんです。一足先に町で生活していた五年生の人に案内してもらいましょう」
優奈がメインで担任ロボットは補佐という形で、案内が行われることとなった。
「じゃあ、みんな立って私の後についてきて」
優奈の先導で、四年生の子達は教室を出る。
簡単に校内の案内をしてから、優奈達は学校の敷地から出た。
出てすぐにあったのは、お馴染みの学生寮である。
「ここが今日から皆が寝泊りする学生寮。滅茶苦茶近いでしょ。学校終わって、すぐ帰れるから毎日沢山遊べるよ」
「「おおー」」
通学時間が短くて済むのは、誰にとっても嬉しいことである。
学校からの距離が、これほど近い子は、まず居ないので、多くの子にとっては非常に楽になることだろう。
「中は、また後で案内するから、まずはこっちから行こう」
優奈は続けて、小学校の隣にある幼稚園へと皆を連れて行く。
町の幼稚園。
敷地は小学校の半分もないくらいで、その建物は敷地を囲むように二階建てで建てられており、開いているのは入口の一階部分と片方の側面だけ。
若干閉鎖的な作りをしていた。
入口から見える中庭では、一緒に移住して来た園児達が早速、楽しく遊び回っている。
「ここは小学校入る前の子達が入る幼稚園。住居も兼ねてるから、幼稚園の子は寝泊りもここでするんだ」
閉鎖的なのは園児達の活動圏が、ほぼ園内に限定されるからだ。
園児が外に出るにはロボットの付き添いが必要になるので、必然的に出る機会は少なくなる。
特に近くに商店街がある為、外で楽しく遊んでいる小学生の姿を見せるのは可哀そうだと優奈は思い、なるべく見えないように囲ったのだ。
「妹がいる子はいつでも面会できるから、会いたい時は入口の窓口に行ってね」
まとめて連れてきているので、姉妹で来た子も中には居た。
園児と小学生とで別れている姉妹は別々の暮らしとなってしまうが、効率的に管理するには仕方がなかった。
「詳しく知りたい子は後でロボットに訊いてもらうとして、他の子にはあんまり関係ないところだから、次行こうか」
優奈は反対側を見る。
そこにあるのは大きく広がった商店街。
「お待ちかねの商店街。ここには色んなお店があって、今でも日々増え続けているんだ。多過ぎて全部案内してたら日が暮れちゃうから、軽く近くだけ回るね」
優奈の先導で四年生の子達は商店街へと入って行く。
「お店は二十四時間いつでも営業してるから、夜中とかでも入っていいんだ。寮の門限とかもないし。ただし、夜更かしして遅刻とかしたりしてたら、先生に怒られるから、そこだけは注意してね」
智香のことを思い出してしまったことに内心謝罪しつつ、優奈は説明を続ける。
「お店で使えるのは独自の通貨。皆には毎月お小遣いが配られるから、その中でやりくりして。この町で売ってるものはどれも安くてお得だけど、考えなしに使ってると、あっという間にお金なくなっちゃうから気を付けてね。私の友達に万年金欠の子いて、いつもお金なーいって言ってるから、皆はそうならないように」
麻衣のことも思い出してしまい、優奈は続けて心の中で謝罪する。
「ちなみに万引きしたら必ずバレるから。何せ未来のロボットが管理してる町だよ。万引きに限らず悪いことしたら確実に見つかるから、この町では悪さはするだけ損ってことは覚えておいて。勿論、そんな子はいないと思うけど、一応ね」
優奈のガイドを受けながら、四年生の子達は歩く。
みんな興味津々に説明を聞いていたが、その中で未久は一人怪訝な顔をしていた。
(どこかで聞き覚えのある声……。でも、見たことない人だよね?)
未久は優奈の声が、どうも引っかかっていた。
優奈の顔は傍目から見て、ずば抜けて美人な為、一度会えば忘れるような顔ではない。
それなのに声だけは、やけに聞き覚えがあったので、気になって仕方がなかった。
「続いて、こちらに注目ー」
優奈は地下鉄駅へと続く階段を指さす。
「この先は地下鉄。電車に乗って別のシェルターへと行くことができるんだ。
別のシェルターっていうのは、一言で言うと観光地みたいなところだね。まだ行けるのは一ヶ所だけだけど、今度どんどん増える予定だから。
ちなみに今行けるのは大和村って言って、和風の建物とかお城があるところ。先日は夏祭りがあったけど終わっちゃったから、皆が参加できるのは残念ながら来年かな。
これが本当の後の祭りってね」
「「……」」
優奈がジョークをかますが、四年生の子達からの反応はなかった。
「こほん。夏祭りは凄い大規模でやるから、祭り好きな子は来年楽しみにしてて」
大和村を案内する時間はない為、優奈は口頭での説明だけに止め、次に向かう。
引き続き歩いていると、商店街端の自然公園前に出た。
「ここは自然公園。大きい滑り台とか遊具が沢山あって、山を登ったり川で釣りをしたり出来るんだ。夏休みは上の方でバーベキューキャンプやったりもしたよ。あと、ここには動物のロボットも沢山いるんだ。だから、こんなのと遭遇しても驚かないように」
優奈がそう言うと、建物の影から熊ロボットが出てきた。
「熊!?」
四年生の子達は一斉に驚く。
事前に教えても、大柄の本物そっくりのものが出てきては驚かざるを得なかった。
「ロボットだよ、ロボット。だから、こんなことも出来るよ」
優奈は熊ロボットの背中へと飛び乗った。
騎乗した姿を見せ、回ったり、手を動かさせたりしてみせる。
「私もやりたいー」
「私もー」
吃驚していた子達は一転して目を輝かせた。
「今は案内中だから、放課後にね」
優奈は熊ロボットから降りる。
「商店街は、このくらいかな。後はそれぞれ自分で探索して、お気に入りの店を見つけるといいよ。結構広いけど、迷子になったら、そこら辺のロボットに言えば、寮まで連れてってくれるから。じゃあ一旦、寮に戻ろうか」
優奈達は寮へと戻り、中を軽く案内してから、学校へと戻った。
四年生の子達が教室に戻った時には、お昼ご飯の時間となっていたので、すぐに給食へと移行する。
給食を口にした女の子達は例の如く味に驚き、かき込むように食べ始めた。
「おかわり!」
最速で食い尽くした希海が担任ロボットにお代わりを要求する。
「お代わりするのはいいけど、食べ過ぎはあんまり良くないですよ」
「まだ全然足りないんだもん」
「身体に対する食事量としては十分な量だから、足りてはいるはずよ。遺伝子修復された身体が馴染むまでは控えた方がいいんじゃないかしら」
「えー」
「それに、給食でお腹いっぱいになるのは勿体ないと先生は思うわ」
「?」
「五年生の子達は放課後よく商店街で食べ歩きしてるの。ソフトクリームにクレープ、パフェやドーナッツやケーキとか色々。今、食べ過ぎて食べれなくなるよりも、適度に食べて放課後、食べ歩きした方が楽しいよ」
担任ロボットの話を聞いて生唾を飲んだ希海は、早速未久と結衣を誘う。
「学校終わったら、食べ歩きしよ」
「うん。いいよ」
他のところからも似たような会話が聴こえてくる。
担任ロボットの話を聞き、みんな買い食いしたくなっていた。