87話 下級生の受け入れ開始
地上では何も知らない人々が、普段と変わらぬ日常を送っていた。
とある町の住宅街。
下校時刻の為、そこでは下校する小学生の姿が見受けられた。
「ばいばーい」
帰り道が分かれ、手を振ってグループから別れる女の子。
明るい表情を見せていたその子だが、一人になった瞬間、笑顔が消えて暗い表情となる。
彼女の名は佐伯 未久。
地元の小学校に通う、四年生の女の子である。
彼女が表情を暗くする理由は家庭環境にあった。
「ただいまー」
帰宅した未久は玄関から中へと上がる。
挨拶に対する返事はないが、居間では母親がテレビを観ていた。
「……」
無視された未久はそのまま洗面所へ行き、手洗いを行う。
彼女は両親から殆どいないものとして扱われていた。
食事などは用意してくれるものの、それは本当に必要最低限だけである。
こうなったのは半年前にあった交通事故が原因だった。
自動車に轢かれた未久は足の機能を失い、一生自力で歩くことは出来ないと医師に診断された。
そのことに多大なショックを受けた両親は未久を見限ってしまったのだ。
その後、奇跡的に完治して歩けるようになったものの、理由も分からず治ったものは、いつ再発するかも分からないと、両親の愛情が元に戻ることはなかった。
要は両親の心が弱かったのである。
もう心をすり減らしたくないからと、最初から期待するのを止めたのだ。
弟が居たことも災いして、両親はそちらへと夢中となり、未久のことは完全に諦められていた。
「……」
手を洗い終えた未久は冷ややかな目を母親を見てから、二階へと階段を上って行く。
見限ったのは両親からだったが、未久の方からも両親を見限っていた。
もう彼女は自分の両親に何も期待していない。
両親どころか人間自体に期待していなかった。
肉親ですら、こうなのだから人間そんなものだと達観していたのだ。
自室に入る未久。
だが、そこで部屋の中央に一枚の黒いカードが落ちていることに気が付いた。
見覚えのないカード。
何かと思って手を伸ばそうとしたその時、突然カードの上に黒い球体が浮かび上がった。
「わっ。何?」
カードよりも遥かに大きい、バスケットボールくらいの大きさのものが出てきて、未久は驚いて仰け反る。
「初めまして。私は管理者と申します」
管理者と名乗る球体映像は語る。
遠い未来、人類は滅亡すること。
それを阻止する為にシェルターを作ったこと。
住民となる女の子を勧誘して回っていることなどを。
「誰かの悪戯、じゃあないですよね? ……もしかして私の足を治してくれた妖精さんですか?」
「はい。バレてしまいましたか」
管理者が自分の足を治してくれた者だと分かり、未久は笑顔を見せる。
「その節はありがとうございました」
「いえいえ、人類の為に当然のことをしたまでです」
元々、治療したのは優奈の自己満足というだけで、恩義を着せて回収する為ではない。
しかし、その後の状況があまりにも悪かった為、今回勧誘することにしたのである。
「移住してほしいってことでしたよね。分かりました。行きます」
未久は二つ返事で移住を承諾する。
足の治療をしたことから、未来の話も完全に信じていた。
「よろしいのですか? 移住すると、今いる家族やお友達とはお別れすることになりますが」
「構いません。元から、どうでもいい人達ですから」
「そうですか。未練がないのでしたら、止めることはしません。では二日後の早朝に迎えに行きますので、それまでに準備をしておいてください。持ち込めるものなどの説明はカードの裏側に記してあります。このカードは通信機にもなっていますので、何か分からないことや困ったことがありましたら、いつでも気軽にご連絡ください」
それだけ告げると、管理者の立体映像は消えた。
未久はカードを拾い、裏側を読む。
そして、すぐに荷造りを始めた。
――――
二日後の早朝。
未久は自室で管理者を待っていた。
隣には荷造りしたリュックも置いてあり、準備は万端だった。
程なくすると、カードから音声が聴こえてくる。
「到着しました。荷物とカードを持って、外へと出てください」
「あ、はい」
未久は言われた通りに、リュックとカードを持って部屋を出る。
音を立てないように気を付けながら階段を下りていると、カードから管理者が言う。
「音はこちらで掻き消していますので大丈夫ですよ。遭遇した場合も相手から未久さんの姿は見えません」
台所にいる未久の母は平然と朝の支度をしており、未久には全く気付いていなかった。
未久は階段を降り、玄関から外へと出る。
すると、家の前に一台のバスが停まっていた。
中には女の子が何人か乗っている姿が見受けられる。
未久は真っ直ぐ歩き、一度も後ろを振り返ることなく、バスへと乗り込んだ。
中は女の子達がお喋りする声で賑やかだった。
上は未久と同じくらいの子から下は未就学児のような幼い子まで、幅広い年齢の子達が乗っていた。
様々な理由で親元を離れ、移住を決めた子達であったが、そんなことを感じさせないくらい明るく騒がしい。
未久はバスの後ろへと足を進め、空いている座席のところへ行く。
「ここいい?」
隣に座っていた子に声を掛けると、そこ子は黙って頷いた。
未久はリュックを下ろし、座席へと座る。
すると、見計らっていたかのようにバスが動き始めた。
未久はこれから共に暮らす住民と交流を図る為、隣の子に声を掛ける。
「私は佐伯未久、四年生。貴方は?」
「……山内結衣、四年生」
「学年一緒なんだ。これからよろしくね」
未久は笑顔で対応するが、結衣は困惑した表情をしていた。
何故だろうかと未久が首を傾げると、そこで前の座席から女の子が顔を出す。
「その子、喋るの苦手なんだって。さっき、あたしがめっちゃ喋りかけたら管理者さんに注意された」
「そ、そうなんだ」
移住するのは、今の生活を捨ててきた子なので、色んな子がいた。
「その子の代わりに、あたしがお喋りしてあげるー」
「無理に話すことでもないから、いいよ」
「えー、しようよー。あたし岩倉希海、二人と同じ四年生だよ。施設から来たんだ」
希海は強引に話を続けさせる。
先ほど未久は自分から結衣に話しかけたが、それは社交辞令で、本音としては誰とも関わりたくないと思っていた。
しかし、突っ撥ねては不和を招くだけなので、未久は仕方なく会話を続けることにする。
「施設からなんだ? なら、誰かと一緒に来たの?」
「うん。他に四年生はいないけど、下の子が何人かいるよ。あそこと、あそこと、あそこ」
希海がバスの中にいる子達をそれぞれ指さして教える。
施設の子は、みんな親がいない為、まとめて移住させることが出来た。
「未久ちゃんは普通の家から出てきたけど、親いるんだよね?」
「いるけど……」
「何で、親いるのに行くの?」
「それは……」
直球で尋ねられ、未久は言葉を詰まらせる。
すると、結衣が慌てて口を挟む。
「家庭の事情のこと無暗に訊いたらダメ」
五年生の子達を迎え入れた時と同様に、移住することになった理由を他人に訊いてはいけないと、カードの注意書きにて説明されていた。
注意された希海は、そのことを思い出して口を押える。
「そうだった。ごめんっ」
「いいよ」
言わずに済み、未久は内心、胸を撫で下ろす。
希海も同じく、自分の失敗を未久が許してくれたことに安堵した。
「楽しみだね。どんなところだろー?」
「さぁ? 快適に暮らせるって言ってたから、ロボットがいっぱい居て便利なところなんじゃない?」
「どうせなら楽しいところがいいな」
「それは同感」
女の子達はそれぞれ温度差はあれど、皆これからの生活を楽しみにしていた。