85話 夏祭り:昼の部
昼下がりの大和村。
現在も夏祭り期間ということで、夜と変わらず屋台が多く立ち並び、賑やかな雰囲気となっていた。
駅から優奈、智香、麻衣の三人が出てくる。
「さて、今日も楽しみましょうかね」
昨日、深夜まで遊び倒した優奈達は一度寮へと戻って身体を休め、改めて出直してきたのだった。
「昨日は大変だったから、セーブして行こ」
優奈がそう言うと、智香は申し訳なさそうに縮こまる。
「ごめんね……。何かお詫びするから」
「いつもなら遠慮するところだけど、昨日のアレは流石に酷かったから、お詫びはしてもらわないとね」
智香は薄っすらと記憶が残っていたようで、目覚めた後は大いに反省していた。
「私は麻衣ちゃんからも、お詫びをしてほしいな」
「う……分かったわよ。何してほしいの?」
「んー、そうだね。なら、私の子供を産んでもらおうか。町の技術で私の細胞から精子細胞を作って……」
「詫びが重すぎるわ! そこまでしないといけないことなんて、してないでしょ」
「そんな悪いことじゃないよ。二人の愛の結晶なんだから」
「尚更嫌だわ。仮に引き受けたとして、そんなこと本当にやったら、皆にドン引きされて総スカンくらうわよ」
「う、それは困る」
「だったら、もっと普通のことにしなさい」
「むぅ……じゃあ、今日一日腕組んで回るのは?」
「それくらいなら」
普段なら、それも拒否することだったが、負い目があった麻衣は大人しく言うとおりに優奈と腕を組んだ。
優奈は更に正面に来て、もう片方の腕を麻衣と組む。
二人だけで両腕を組んだ為、抱き着いているような状態となってしまう。
「腕組みじゃなくなってるわよっ」
麻衣は片腕を外して、普通に組み直す。
「私も組めばいいの?」
「うんにゃ、智香ちゃんは後で二人だけの時にお願いするよ」
優奈はニヤリと笑みを浮かべる。
「あんた、智香に何させようとしてるのよ」
「ひ・み・つ」
「子供産ませるとか聞いた後だと怖過ぎるわ。ほら、智香のお詫びも腕組みにしておきなさい」
麻衣は二人の腕を強引に組ませる。
「ぶー。ま、こっちでもいいけど」
優奈は麻衣と智香の二人と、左右で腕を組んで屋台巡りをする。
その顔は満面のニコニコ笑顔だった。
「こんなので喜ぶなんて安いものね」
真夏なので暑苦しくはあったが、優奈がとても喜んでくれている為、麻衣も智香も苦ではなかった。
「麻衣ちゃんへのお詫びは何すればいい?」
「私のは何か適当に安いの奢ってくれるくらいでいいわよ」
「じゃあ、くじ奢るよ」
「何で、くじ!? ギャンブルはもうやらないって言ったわよね!?」
「でも、他の有料のは安すぎない? 射的とかでいいなら、そっちでもいいけど」
「別に祭り限定にしなくていいから。商店街の適当な飲食店でいいわ」
そんなことを喋りながら歩いていると、理沙達とすれ違う。
「あ、優奈さん達、やっほ」
「やっほー」
挨拶を交わすと、理沙は智香を見る。
「智香さん、酔いは醒めた?」
「う、うん」
智香は気まずそうに視線を下げて頷く。
「あはは。どんまい、生きてたら、そういうこともあるって。私らは気にしてないから元気出しなよ」
理沙が励ましてくれるが、智香は恥ずかしそうにしていた。
「ところで何で腕組んでるの?」
理沙が尋ねると、麻衣はすぐさま腕を組むのを止めて離れる。
「ちょっとした罰ゲームみたいなものよ。気にしないで」
「ふーん?」
軽く雑談を済ませ、理沙達と別れる。
「やっぱり腕組みはなし」
「やだやだ、腕組みたいー」
「ただでさえ理沙さんとかには、そっちの趣味じゃないかって疑われてるのに、こんなことしてたら勘違いされるわ」
「いいじゃん。勘違いされても。私は嬉しいよ?」
「絶対無理。部屋の中でなら、いくらでもしてあげるから諦めて」
「ぶー」
優奈はぶーたれるが、麻衣は断固として拒否した。
そこで丁度、通り掛かった甘味処の看板を指さして優奈が言う。
「じゃあ、そこで代わりのことをやってもらおうか」
三人は甘味処へと入る。
「はい、あーん」
麻衣はスプーンですくった餡蜜を優奈の口へと運ぶ。
優奈の要求は食べさせてもらうことだった。
餡蜜を頬張った優奈は満面の笑みを見せる。
「何が楽しいのやら」
「女の子同士で、こういうことしない?」
「する訳ないでしょ」
「しようよ。はい、あーん」
優奈からも麻衣へと餡蜜のスプーンを向ける。
麻衣は嫌そうな顔をするが、お詫びでやっていることだったので、渋々そのスプーンを口にした。
優奈はもう一度餡蜜をすくい、今度は智香にも向ける。
「はい、智香ちゃんも」
智香も断れず、そのスプーンを口にして餡蜜を食べた。
すると、餡蜜を咀嚼していた麻衣が言う。
「和菓子って基本不味いわよね」
「そう?」
「いいのは美味しいってよく言うけど、そりゃいいのなら大抵美味しいわよ。食べ物としては普通に不味いと思うわ」
「もしかして餡子嫌い?」
「ええ。ここのは食べれるけど、地上のは食べれなかったわ」
「野菜に砂糖だからね。嫌いな子は多いと思う。私も唯一、昼休みまで残って食べさせられてたのが、お汁粉だったな。今は普通に食べれるけど」
「何で昼休みまで?」
「ん? 給食の時間に食べきれなかったらだけど?」
「それ体罰じゃないの。とんでもないことされたのね」
「OHー、これもか……」
麻衣の反応に、優奈はまたしてもジェネレーションギャップを感じてしまう。
「一体、どんなところに住んでたのよ。真琴のところよりも田舎じゃないの?」
「まぁ、ある意味そうかもね。あーん」
「あーん……って、餡子止めなさいよっ」
優奈が差し出したスプーンには餡子が山盛りだった。
その時、店員ロボットがやってくる。
「わらび餅お待たせしました」
智香が手を上げると、そのわらび餅が智香の前へと置かれる。
「注文したの?」
「メニュー見てたら食べたくなっちゃって。二人も食べていいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。麻衣ちゃん、あーん」
優奈は爪楊枝を刺したわらび餅を麻衣の口へと持っていく。
「粉ー! 粉付くわっ」
そのわらび餅はそこそこ大きかった為、麻衣の唇に思いっきり、きな粉がついてしまっていた。
テーブルの上にもこぼれてしまっている。
食べることは食べた麻衣は、お手拭きで口やテーブルを拭く。
「他人に食べさせるものじゃないわ」
「女の子の口を汚させるのも一興だよ」
優奈は懲りずに今度は智香へと食べさせる。
智香は素直に口を開けて受け入れた。
「変なプレイさせないでよ。っていうか、智香は全然動じないわね。食べさせて貰うのもそうだけど、腕組んでるの見られた時も全く動じてないように見えたわ」
「別に、大したことじゃなくない?」
「いや、大したことよ……。優奈に慣れ過ぎて、気にしなくなってきてるんじゃないの?」
「そうかも?」
「優奈と付き合ってると、大切なものを失っていくような気がするわ……」
麻衣が非難の視線を向けるが、優奈は知らぬ顔をして、わらび餅をつついていた。
甘味を食べ終えた三人はお店を出て大通りを歩く。
「今更だけど、このお祭り滅茶苦茶大きいわね。昨日から、もう何時間も回ってるのに、まだ全部回れてないわ」
祭りの範囲は大和村のほぼ全域なので、非常に大規模なお祭りだった。
「いっぱい楽しめれていいでしょ」
「どうかしらね。出店沢山あるけど、バリエーションが違うだけで殆ど同じ店なのが結構あるし」
「それは仕方ないよ。夏祭りならではのお店って、そんな多くないから」
夏祭りは派手にやろうと、優奈はまず規模から企画していた。
しかし一種一店にすると、全域に広げることが出来なくなってしまう。
スカスカでは見栄えが悪く、密集しては他所の魅力がなくなる。
苦肉の策として選んだのは類似店舗で水増しだった。
とはいえ、一般的にも同じ屋台が出ていることも珍しくない為、不自然さは見られない。
「似たお店で違いを探すのも面白いかもよ? ほら、そこの金魚すくいの金魚。あの模様は他のとこにはいないよ」
それはこの屋台限定のレア模様金魚だった。
同じ出し物でも部分部分で違いを持たせている為、全く同じお店は一つとしてなかった。
三人は金魚すくいの水槽を覗く。
「そう考えると面白いわね。ところで、これロボットよね? 獲ったら、どうするの?」
すると、屋台の店員ロボットが答える。
「獲れた金魚は返却か持ち帰りのどちらかを選んでもらいます。持ち帰りの場合は水槽などの飼育道具を所持している必要がありますので、お持ちでない方はアクアショップなどで購入するようお願いしています」
「ペットにもできるのね。飼うのは大変そうだけど」
「ロボットですから、飼育の手間はかかりません。アクアショップには様々なアクアリウム用品も売っていますので、自分だけのアクアリウムを作るのも楽しいですよ」
「……説明聞いてたら、欲しくなってきたわ」
アクアリウムはインテリアとしても有用なので、麻衣の趣味に、がっつり触れていた。
「買っちゃう?」
「懐的に無理だわ。アクアリウムって揃えたら結構するでしょ」
「するねぇ。残念だったね。千本引きをあんなにやらなければ買えたのに」
「その話は止めて……」
三人は金魚すくいの屋台から離れ、歓楽街を歩く。
「タダで楽しめる屋台に行きましょ。タダで」
「ケチ臭いというか何というか……」
「しょうがないじゃないの。金欠なんだから」
歩いていると、通りがかった屋台から声を掛けられる。
「そこのお嬢さん達。アツアツのたこ焼きはいかが?」
そこに居たのは、たこ焼き屋でたこ焼きを焼く美咲であった。
「美咲、何やってるの?」
「屋台体験。店員に言えば、やらせてもらえるところ結構あるよ」
「へぇ、楽しそうね」
「楽しいよ。難点は作ったものは全部引き取らないといけないことだけど。はい、出来たてを一つどうぞ」
美咲が爪楊枝を刺したたこ焼きを差し出してきたので、麻衣はそれを口にする。
「熱っ、ちょ、これ滅茶苦茶熱いわよっ。って、んん? 何これ。タコじゃない」
「チョコレートだよん。どう?」
「美味しいことは美味しいけど、何とも言えないわ。たこ焼きと思って食べたから、変な感じ」
「プリンだと思ったら茶碗蒸しだったみたいな?」
「そう! 食べようとしてた味とは全然違うから、がっかり感が半端ないわ。でも自分で好きなの作れるのは面白いわね。最近、趣味で料理やってるから分かるわ」
今度は屋台体験に興味を持ち始めた。
「麻衣ちゃん、体験してく?」
「そうね。くじ系の屋台だったら、当たりとか分かったりしない?」
「セコっ! くじは体験できないでしょ。できるのは作る過程があるもの。こういう食べ物系だけだと思うよ」
「そりゃそうよね。素直に食べ物でも作るわ」
「私的にはチョコバナナかフランクフルトがお勧め」
「却下よ。また変なことする気でしょ」
「えっ!? 変なことって、どんなこと? 私、ただ普通に美味しそうだからお勧めしただけだよ」
「あんたねー……」
恍ける優奈を麻衣は睨みつける。
優奈の考えはバレバレだった。
そんな二人を余所に、美咲と智香が話す。
「隣の綿菓子いいよ。面白かった」
「じゃあ、やろっかな」
智香は隣の綿菓子屋台に行き、店員ロボットに言って体験をさせてもらう。
店員ロボットから一通りの説明を受けてから、綿菓子を作り始めた。
「わ、凄い」
機械の中で割りばしを回すと、糸状の綿菓子がどんどん集まってきた。
「面白いでそ。でも、作り過ぎると食べるのが大変になるから注意」
「売れれば良かったのにね」
「あたしらじゃ、ロボットが作ったのより質が落ちるからしょうがないよー」
品質レベルが低いものを売り出すことは出来ない為、作ったものは自分で食べるか、仲のいい友達にあげるかして、処分しなければならなかった。
たこ焼き屋の前で喋っていた優奈と麻衣が遅れてやって来る。
「商店街にも綿菓子作る機械売ってたよ」
「絶対飽きるわ。味もだけど、基本かき混ぜてるだけじゃない。最初は楽しくても、すぐに面倒臭くなるわ」
二人の会話で智香は水を差された気分になる。
「そんなこと言われると面白くなくなってくるよ……」
「あっ、ごめんなさい」
二人は口をチャックする。
しかし、聞いてしまったものは取り消せない。
若干気落ちしながらも気分を変える為に、智香は美咲に話を振る。
「そういえば真琴ちゃんいないね」
「朝、爆睡してたから一人で来た。多分、まだ寝てるでそ」
昨日は美咲と智香が寝ている間に三人で楽しんだ。
優奈と麻衣は早く起きたのだが、真琴は夜更かしに慣れていなかったので、眠りこけてしまっていた。
「起きたら来ると思うから、それまで遊んで待っとこ」
「そうだね。これ終わったら何処行こっか?」
「次はベビーカステラ行こうと思ってるんだ。みんなも来る?」
「「「行くー」」」
遊べるところはまだまだ沢山ある。
その後も優奈達は夏祭りを目一杯楽しんだ。