83話 大和村を駆け回る
外に出た二人が見たのは、智香に一升瓶を口に突っ込まれている理沙の姿だった。
「んぐぐぐぐ!?」
理沙は身体を押さえつけられて、無理矢理飲まされている。
他にいつもの友達も二人居たが、オロオロとしてどうすればいいのか分からないようだった。
「智香ー!?」
智香は優奈達の姿に気付くと、理沙の口から瓶を離す。
「ばっははーい」
そう言って走り去って行った。
解放された理沙は咳き込む。
「うえっ……何これ、マズ」
「ごめん、それお酒。大丈夫?」
「大丈夫だけど智香さんどうしたの?」
「ええっと、事故でお酒が滅茶苦茶回っちゃったみたいで……」
「そんなことあるんだ」
「ほんとごめん。後で謝らせるから」
「気にしてないからいいよ。智香さんのレアな姿見れて面白かったし」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃ、私達、捕まえないといけないから」
話を切り上げ、優奈と麻衣は智香を追い始める。
祭り屋台が立ち並ぶ中、二人は駆け抜ける。
「あの子、何処行った?」
二人は智香の姿を見失っていた。
宿屋の前から走り出した方向に走っているが、一向に見つけることが出ない。
「このままだと智香ちゃんの痴態が全員に晒されちゃうよ」
「オッケー出すんじゃなかったわ。今日、特に酷くない?」
「お祭りでテンション上がってるんだよ。多分」
「……ほんと厄介」
走っていた麻衣は足を止める。
「捕まえた後、大変そうだから寮から、気付け薬取ってくるわ。後任せてもいい?」
「お願い。寮まで行かなくても、駅前の診療所でも貰えるから」
「了解」
麻衣は道を引き返し、優奈一人で追いかけることとなった。
一人になった優奈は周りを見回してから物陰へと入る。
「ヴァルサ、智香ちゃんの位置出して」
すると、優奈の目の前に地図画面が現れた。
地図のある部分に点滅するアイコンが表示されている。
「そこか」
地図を消し、急いで現場へと向かった。
優奈が到着すると、そこには神妙な顔をした美咲と真琴がいるだけだった。
智香の姿は何処にもない。
とりあえず優奈は二人に話しかける。
「智香ちゃん見なかった?」
「来た。いきなり変なの飲ませて走って行った」
二人は既に被害に遭っていた。
辿り着くのが一歩遅かったようだった。
「口の中に、まだ不味いの残ってる……。あれ酒?」
「あ、うん」
「回し飲み、気にするタイプって言ったのに、無理矢理飲ませられたし。一体どうしたんだ?」
「酔っぱらって暴走状態」
「あぁ……」
真琴はその一言だけで理解してしまった。
「早く捕まえないと」
「あたしも手伝うよ」
「助かるよ。美咲ちゃんは?」
優奈が訊くと、ポケーっとしていた美咲がゆっくりと首を向けて答える。
「いいよ。手伝う」
「?」
穏やかな口調で心なしか、いつもと雰囲気が違っていた。
だが、今はそれどころではない為、優奈達はすぐに智香の捜索を始める。
「どっちに行ったか分かる?」
「ええっと、向こうじゃなかったっけ?」
真琴が確認すると、美咲は真琴の言った方とは別方向を指さす。
「あっち」
「あれ? そっちだった?」
真琴は自信がなかった為、優奈達は美咲が言った方向へと向かう。
だが、その先は壁だった。
「行き止まりじゃねーか。本当にこっちだったのか?」
「あっち」
美咲が再び指をさすが、それは壁にだった。
「あっち、あっち……」
壁を指さしたまま、あっちと言い続ける。
「?」
二人がおかしいと思った直後、美咲はその場で倒れた。
「美咲!?」「美咲ちゃん!?」
慌てて二人が駆け寄って美咲の容態を確認する。
すると、美咲は静かに寝息を立てていた。
「……寝てる?」
「あー……美咲の奴、今日は楽しみで早くから起きてたみたいだから」
「寝ぼけてたってこと? 酒が眠気促進しちゃったのかぁ」
「とりあえず椅子の上にでも寝かせておいて、後で宿屋に連れて行こうぜ」
今は智香の捜索を優先とのことで、美咲を椅子の上に移動させて、すぐに捜索を再開した。
今度は真琴が記憶していた方へと二人して走る。
そのまま真っ直ぐ進んでいると、櫓の上で智香の姿を発見した。
「どんどんどん、どどんがどん。へーい!」
乱れた浴衣姿で太鼓を叩きながら、片手で一升瓶をラッパ飲みしていた。
「やべぇ……」
美咲が太鼓を叩いていた姿も酷かったが、智香の姿はその上を行っていた。
他人には見せられない姿である。
二人は周りを確認して、近くに人が居ないことが分かると、胸を撫で下ろした。
一先ず捕まえなければならないので、優奈が声を掛ける。
「智香ちゃん。降りといで」
「やだー。優奈ちゃん達が登ってきてよ」
智香が降りることを拒んだ為、優奈と真琴は櫓の梯子を登って上へと上がる。
だが、櫓の上まで登ったところで智香が突然櫓から飛び降りた。
綺麗に着地した智香はすぐに走り出す。
「あはははは!」
二人を嘲笑うように笑いながら走り去って行った。
「マジかよ……」
二人は唖然とする。
櫓は二階建てくらいの高さがあった。
しかも智香は下駄を履いていて、片手は一升瓶で塞がっている状態だったのだ。
優奈と真琴は急いで櫓から降り始める。
「美咲みたいなことしやがって……。智香って運動神経良かったっけ?」
「遺伝子修復の効果で誰でも素地はあるけど。酔って、潜在能力が解放されたとか?」
「酔拳かよ。かっけー」
遺伝子修復された身体も今では馴染み、機能の上では町の女の子達の身体能力は大幅に強化されていた。
しかし、日常生活での感覚は変わらないので、無意識的に制限を掛けてしまい、実際には以前と大差ない実力しか出せていなかった。
智香は酔ったことで、そのリミッターが解除されて、驚異的な身体能力を発揮することができていたのだ。
櫓から降りた二人は、すぐに智香を追い始める。
「でも捕まえるとなると厄介だね。何か策を考えないと」
「餌で釣るのは? 智香の好きなもので」
「好きなもの……お酒とゲームかな」
「これ以上の酒はヤベーだろ。もう持ってるし」
「となるとゲームか。ゲームある?」
「美咲が当てたのは駅のロッカーに預けてあるぞ」
「本体はもう持ってるから興味示さないと思う。くじの景品にゲームソフトはあったけど、狙って当てるのは無理があるよね……。商店街まで買いに行ってる暇もないし」
「ダメじゃん」
「だねぇ」
餌で釣る作戦は実行不可能だった。
ロボットを使えば拘束は容易だったが、表立って使うには、それなりの理由付けが必要である。
また、町の方針的に私生活への介入も簡単にはしたくなかった為、優奈はロボットを使うのは最終手段と考えていた。
「セオリー通り、挟み撃ちが無難じゃねえか? 今の智香ヤベーけど、二人がかりなら何とか取り押さえれると思う」
「じゃあ、そうしようか。この先、曲がり角だから、上手くいけば前に出られるかも」
「よっしゃ! 私が先回りするよ」
真琴は近道をする為に横道に入った。
真琴と別れ、優奈は一人で智香の後を追う。
「智香ちゃん止まってー」
「ここまでおーいで」
遊んでいるかのように煽りながら智香は逃げている。
「待て待てー」
優奈は作戦を悟られないよう真面目に追いかけつつも、挟み撃ちに間に合うように、スピードは加減して走っていた。
そうしていると、智香が走る前方の脇道から真琴が飛び出してきた。
智香は慌てて足を止める。
「よし! いいね」
後ろの優奈も距離を詰め、逃げ道を塞ぐ。
「むむむむ……」
前と後ろは塞がれ、智香の逃げれる道はない。
「観念するんだな」
じりじりと距離を詰め、飛び掛かろうとしたその時、横のお店からクラスメイトの子達が出てくる。
「あ、優奈さん達。何してるの」
真琴は咄嗟に、背中に智香を隠す。
「適当に遊びながら喋ってただけだよ。そっちは?」
「金魚観てたの。屋台でも良かったけど、店舗の方が種類が多いからって」
「屋台は小さいもんね。本腰を入れて観るなら、店舗の方がいっか」
「私、お魚ロボットの飼育したいんだ。アクアリウムも作りたいけど高いから悩む」
優奈が同級生と喋っていると、その隙を突いて智香は逃げ出した。
いきなり走り出した智香に、クラスメイトの子達は何事かと視線を向ける。
「あっ、さっきトイレ行くって話してたから。我慢できなかったみたい」
「あぁ、ごめんね。引き留めちゃって」
「ううん。じゃ、私達も行くから」
話を切り上げ、優奈と真琴は再び智香の後を追う。