82話 智香の暴走
その後、麻衣を宥めて何とか正気に戻させたが、楽しめる気分ではなかったので、優奈達は美咲と真琴の二人と別れて、三人で休憩しようと宿屋へと移動した。
歓楽街にある宿屋の二階は和室となっており、窓からは祭りの風景を眺めることが出来る。
「テンション、ダダ下がりだわ」
怠そうに座椅子った麻衣はペーパーヨーヨーで遊びながら愚痴を垂れていた。
「麻衣ちゃんはギャンブルには向いてなかったみたいだね」
「全くだわ。もう二度とやるもんですか」
所持金の大半を失い、麻衣は完全に懲りていた。
「ここで夕食食べれるけど、どうする?」
「食べ歩きで結構食べたから、そんなお腹は空いてないけど、軽く何か摘まむぐらいしようかしら」
テーブルの絵にルームサービスのお品書きを広げ、三人で眺める。
「あ、お酒ある。飲んでいい?」
智香は真っ先にお酒に飛び付いた。
「いいわよ。私も飲まなきゃやってられないわ」
いつもは却下されていたが、今日はくじで爆死したとのことで麻衣は自棄になって付き合うことにした。
優奈も合わせることにして、三人はルームサービスでお酒とおつまみをいくつか頼んだ。
すぐに注文の品が運ばれてきたので、三人は飲みながら窓の外の風景を鑑賞して、のんびりと過ごす。
「いい雰囲気。これが一週間続くのね。入り浸りになりそうだわ」
夏祭り期間の一週間は朝から晩まで休まず、お祭りが続く。
夜通しで遊ぶのも、毎日通うのも自由である。
「お金かけなくても楽しめるしね。料金いるのも基本的に全部お得だから」
買い控え防止の為、町ではセールや安売りをやらない方針であったが、祭りは特別な日ということで、少しだけお得に設定していた。
ただし対象商品はお祭りならではものばかりなので、市場への悪影響は皆無である。
「残りの期間、なるべくお金かけずに遊びまくって元を取らないと」
「相変わらずセコいね……」
「セコくて結構。今月はなるべく使わずに乗り切るわ」
先ほどの損失を埋めなければならないので、麻衣は切実だった。
智香は飲みながら二人の会話を聞いていると、部屋の端に三味線が置いてあることに気付く。
「あの三味線、何だろ?」
智香の呟きに、優奈が答える。
「あれは芸者さんが演奏するやつじゃない? 芸者ロボット呼べるサービスあったよ。あ、自分で弾いてもいいって」
優奈はお品書きを確認する振りをして、智香に教えた。
「じゃあ、ちょっとやってみよっと。弾いたことないけど、ギター感覚で出来るかな?」
暇だった智香は弾いてみることにして、三味線を手に取った。
そしてギターと同じようにして弾いてみる。
♪~
適当に弾いているだけだが、それなりに聴ける曲調になっていた。
町での授業の成果は着実に出てきていた。
「可愛いねぇ。おじさん、お小遣いあげちゃう」
優奈は財布から千円取り出して、智香の浴衣の帯に差し込む。
そのついでに胸を鷲掴みして揉んだ。
「ちょっと優奈! あんた、何やってるのよっ」
「御捻りだよ。芸者さんが芸をしてくれたら、こうやって代金支払うんだ」
「ほんとに? 思いっきりセクハラしてるように見えるんだけど」
「ほんと、ほんと。時代劇で見た」
「それ、絶対悪役がやってたことでしょ……」
優奈は演奏する智香に身体を寄せ、お尻を撫でる。
「くすぐったいよー」
「代金分は触らせてもらうよ」
くすぐったそうにする智香だが、割と大きい金額を貰ってしまった為、突き放したりはせずに好きに触らせてあげていた。
「……いっぺん先生に本気で怒られたらいいわ」
麻衣は呆れつつも、止めようとまではしなかった。
「麻衣ちゃんも芸子さんやれば? 御捻りあげるよ」
「止めて。今言われると本気で揺らぐから」
普段は一蹴する麻衣だが、先程の損失を補えると思うと、誘いに乗ってしまいそうだった。
「受け入れちゃえばいいのに。ねぇ? 智香ちゃん」
「あはは、私は何とも言えないけどー。ところで芸子さんと舞妓さんって、どう違うの?」
「え?」
「舞妓さんって呼んだりもするよね? 芸子さんとどこが違うのか気になって」
「さぁ? 私は知らないや」
「優奈ちゃんでも知らないことあるんだ……」
智香が驚くと麻衣も同様に驚いていた。
「意外ね。これまで何でも答えれてたのに」
「そりゃそうだよ。全知全能とでも思ってた? 何でも知ってる訳じゃないよ。容姿の美しさは完璧だけどね」
ナルシスト発言でオチを作るが、二人はスルーした為、その場が静まり返る。
優奈は手を伸ばして、テーブルの上にある呼び出しのベルを押した。
「分からないことは店員ロボットに訊けばいいよ」
「訊く為だけに呼んだの?」
「分からないことはすぐに訊くのが吉。別に悪いことじゃないよ? ロボットだから手間に思うことなんてないし」
喋っていると、店員ロボットが部屋に入って来る。
「訊きたいんですけど、芸子と舞妓の違いって何ですか?」
「舞妓は修行中の呼び名で、芸者はベテランとなった方の呼び名です」
用事は以上だと伝えると、店員ロボットは去って行った。
「ということらしいです」
「そうやって色々訊いてたのね……。よくやるわ」
麻衣は感心しつつも呆れていた。
続けて智香が言う。
「じゃあ、私は舞妓さんってことだね。麻衣ちゃんも一緒にやろうよ。舞妓だけに。あははははは」
三味線を置き、手を叩いて爆笑する。
「もう酔っぱらってるじゃないの」
「酔っぱらってないよ。舞妓さん、マイコー! アウ! FOOOO」
「ヤバいわ……」
先ほどまで普通にしていた智香だが、いつの間にか酔いが回って出来上がっていた。
一人で燥いでいる智香を尻目に、麻衣が優奈に小声で訊く。
「思ったんだけど、智香って酔い易くない? まだちょっと飲んだだけでしょ」
「私も思ってた。それについて考えたんだけど、多分思い込みでそうなってるんだと思う。燥ぐとストレス解消になるから。ズボラになったのと同じで、これまでの抑圧された生活から解放された反動で弾けたのかも」
「ほんとは正気ってこと?」
「いや、心の底から成り切ってるから、実質的に酔っぱらってる状態と変わらないはず」
町のお酒は、本物のお酒ではない。
成分自体が別物で、酔いもそんなにしないものなので、それで酔うというのは気持ちの面が大きかった。
「何コソコソ喋ってるの? 今日はお祭りだよ。二人も、もっと飲みなよ」
智香は机の上の一升瓶を持つと、二人のコップへと注ぎ始める。
「ちょっ、それ違うの入ってたやつっ。混ざるっ」
「あ、ごめーん」
注ぐのを止めた智香は、その一升瓶をいきなり麻衣の口へと突っ込んだ。
「んぐー!」
瓶を傾けられ、麻衣は無理矢理飲まされる。
苦しそうにして智香の腕を何度か叩くと、瓶が口から外される。
「げほっげほっ……何すんのよ!」
「飲ませてあげた。優奈ちゃんも、はーい」
次に優奈にもやろうとすると、優奈は進んで口を開けた。
そのまま突っ込まれ、飲ませてもらう。
麻衣との間接キスとのことで、優奈は喜んで飲んでいた。
程なくして、瓶が優奈の口から外される。
「ぷはっ、いいお味でした」
麻衣は優奈が何を喜んでいたのか分かっていたのでジト目で見ていた。
「じゃあ皆にも飲ませてくるね」
そう言った智香は突然立ち上がって、部屋から飛び出した。
「「へ?」」
あっという間の出来事に、残された二人は呆気にとられる。
だが、すぐにハッとして、慌てて立ち上がる。
「た、大変!」
あの状態を他人に見られては大惨事である。
智香も大恥をかいてしまう為、二人は慌てて智香の後を追った。