80話 夏祭り
八月最後の一週間。
大和村にて夏祭りが開催された。
時刻は夜だが、屋台や提灯の明かりによって辺りは煌びやかに彩られている。
村全体に祭囃子が流れており、とても賑やかな雰囲気であった。
「わぁ、賑やかね」
駅から出てきた麻衣達は周りを見渡す。
優奈、麻衣、智香の三人は夏祭りへとやってきていた。
三人とも浴衣を着ており、楽しむ用意は万全だった。
「この雰囲気が好きなのよね。屋台は高いから、あんまり買えなかったけど、毎年最後まで周ってたわ」
「ここは浴衣着てれば色々タダなんだよね?」
「ええ、今夜は楽しむわよ」
三人は駅前から進み、屋台巡りを始めた。
駅から正面に広がる歓楽街。
お祭りモードとなった歓楽街は店の前に屋台がずらりと立ち並んでいて、様々な遊びや購買が出来るようになっていた。
夏祭りでは着物着用で大半のお店が無料になるキャンペーンが行われており、金欠の子でも十分楽しめるようになっている。
町の総人口故に客足は少ないが、お祭り衣装を着たロボットを盛り上げ要員として各地に配備してある為、賑わっているような雰囲気は出ていた。
歩きながら麻衣はリンゴ飴を頬張る。
「んー! ジューシー。これ、一度食べてみたかったのよ。地上では高くて買えなかったから」
「タダなのが凄いよね。流石は管理者さんの町」
無料で買い食い出来て、麻衣達はご満悦だった。
「けど、ちょっと大きすぎ。大玉丸々一個なんて食べたら、お腹いっぱいになっちゃいそう。小さいの選べば良かったわ」
「残ったら私が食べてあげるよ」
「……智香いる?」
「何で!? いらないなら頂戴よー」
「しょうがないわね……」
麻衣は渋々の様子で食べかけのリンゴ飴を優奈に渡す。
「わぁい、麻衣ちゃんの食べかけだぁ」
「そうやって変なとこで喜ぶから嫌だったのよ」
「細かいことは気にしなーい」
優奈は満面の笑みで食べかけのリンゴ飴を舐め始める。
それを嫌なものを見るような目で見ていた麻衣が視線を逸らすと、ジュースを販売している屋台が目に映る。
「缶ジュースもタダなのよね。沢山貰って保存してもいいのかしら?」
「せこっ。ジュースなんて一円、二円じゃん」
「金欠だと少しでも節約したいって考えちゃうのよ」
「別に持って帰るのは規制されてないけど、やり過ぎると制限されると思うよ」
「そうよねぇ。缶ジュースなんて、あんまり飲まないから、まぁいっか」
そんなやり取りをしながら歩いていると、チョコバナナ屋台の前を通り掛かる。
「あっ、チョコバナナだ。やっぱり出店といったらチョコバナナだよね」
優奈が足を止めて屋台でチョコバナナを貰う。
「いいわね。私も貰おうかしら」
その言葉を聞いた優奈はもう一本貰って、麻衣へと突き出す。
「麻衣ちゃんの分。はい、あーん」
有無を言わせず麻衣の唇へと押し付けられる。
「え? あ」
麻衣は戸惑いながらも口を開けると、優奈はそこへチョコバナナを突っ込んだ。
じゅぽじゅぽじゅぽ
「んんんー!?」
麻衣の開いた口に、優奈が強引にチョコバナナを出し入れした。
麻衣はすぐさま優奈の鳩尾に拳をかます。
「ぐはっ」
優奈が後退り、チョコバナナが麻衣の口から抜ける。
「変なことするんじゃないわよ! この馬鹿!」
「ちょっとしたジョークだよ」
優奈はそう言いながら、唾液塗れになったチョコバナナを下から舐めて咥えた。
「「うわ……」」
それを見た二人はドン引きする。
「優奈って偶に度を越えて気持ち悪いわよね」
「今のは、うん、ダメだと思う……」
二人に本気で引かれ、優奈はショックを受ける。
「嫌わないで。もうやらないから、私のこと嫌いにならないで」
「別にそれぐらいで嫌いにはならないけど」
「ほんと? また同じようなことやってもいい?」
「いや、気持ち悪いことは止めなさいよ」
三人は気を取り直して屋台巡りを続ける。
お面の屋台の前を通りがかった時に、優奈が言う。
「お面、買う?」
「買わないわ。買っても持て余すだけだから」
「インテリアに使えない? ほら、木製で立派な作り」
優奈はお面の一つを手に取って見せる。
特殊な木材で作られたそのお面は、丈夫で軽く、木目がしっかりしていて高級感溢れる仕上がりだった。
「……いいわね」
お面を手に取った麻衣は興味を持ち、三人は屋台のお面を見始めることになった。
屋台にはキャラクターものから古来の伝統的なものまで、様々なお面が掛けて並べられていた。
「狐が定番だけど、麻衣ちゃんにはこれが似合うよ」
優奈は般若のお面を麻衣に向ける。
「誰が般若じゃ! 一体、誰のせいで、いつも怒ってると思ってるのよ」
「怒ってる麻衣ちゃんも好きだよ」
「馬鹿じゃないの」
麻衣はそっぽ向いてお面選びを再開する。
「智香ちゃんはこれ」
次に優奈は天狗のお面を智香に見せた。
「サバゲーとかゲームで勝って天狗になってるから? 酷い」
「悪意ある受け取り方! 違う違う。天狗はここに装着して……」
優奈は智香の股間に合わせるように天狗のお面を装着させる。
そして、自分のお尻を天狗の鼻に宛がおうとしたところで、麻衣が気付いて慌てて止める。
「下品! 何やってるのよ、あんたは」
「一発ギャグを少々」
「止めなさいよ。全く懲りてないじゃない」
先ほど反省したかと思いきや、全然懲りていなかった。
呆れつつ麻衣は天狗のお面を取り上げて屋台へと戻した。
そして、その横のお面を手に取る。
「智香はこれでしょ」
麻衣が渡したのは、ひょっとこのお面だった。
「酔っ払いっぽいでしょ。似合ってると思うわ」
「お酒は飲むけど、そんな酔わないよ」
「「え?」」
平然と言い切る智香に、麻衣と優奈は顔を見合わせる。
何となく突っ込めない雰囲気を感じ、優奈は話を変える。
「ひょっとこって、お面付けなくても出来るよね」
優奈は口を歪めて片目だけ見開く。
「ちょっ。それは別の意味で止めて。顔が綺麗なだけに衝撃映像だわ」
「そんなに?」
「美人の印象が崩れるわ。他の子の前では絶対にやっちゃダメよ」
友達として友人の痴態は晒せないと、麻衣は強く言い聞かせた。
その後、お面を選んで購入し、屋台巡りを続けていると、歓楽街中央の広場へと入る。
広場の真ん中には櫓が建てられており、櫓の上や周りでは盆踊りをする女の子やロボットが居た。
櫓の上の太鼓の前では、美咲が浴衣を上半身だけ脱いだスポーツブラを曝け出した姿で太鼓を叩いていた。
「どんどこ、どんどこ、どんどこ、どんどこ……」
そんな美咲の姿に気付いた麻衣達。
「ブラしてるわね」
「動き易くなったらしくて気に入ったみたい」
「あの格好もどうかと思うけど、そのままよりは、まぁ……」
美咲のブラ着用は、先日やった身嗜み教室の唯一の成果だった。
美咲は非常にリズミカルに太鼓を叩いており、聴いているとテンションが上がって来る。
「私達も踊って行きましょ」
麻衣は二人の手を引き、櫓を囲む踊り輪に混じる。
そして一緒に踊るロボットを見本に踊り始めた。
踊る子は皆ノリノリで楽しそうであったが、智香一人だけは普通の表情で特に楽しそうには見えなかった。
一緒に踊っていた麻衣と優奈は、智香のテンションが違うことに気付く。
「智香、踊り嫌い?」
「嫌いって訳じゃないけど、踊る意味が分からなくて。ただ手足動かすことに何か意味ある?」
「生産性とか考え始めたら何も出来ないわよ……」
踊りの趣味がなかった智香は、やる意味を見出すことが出来なかった。
「私も昔、同じこと思ってた。でも分かったんだ。踊りは女の子の可愛さを引き立てる。こうやって動いてると可愛いく見えるよ」
優奈は智香の手を取り、社交ダンスのように踊り始める。
流れている演歌の曲には全く合わないが、満面の笑みをした優奈にリズムよく振り回されていると、智香も次第に笑顔になって来た。
智香もにこやかになり、三人で楽しく踊る。
ところが、そこから太鼓の音が徐々にズレ始めた。
「ん? んん?」
リズムがおかしくなり、周りのロボット以外の子達が上手く踊れなくなってくる。
「ちょっと、太鼓の音ズレてるわよ!」
「あははは」
櫓へとクレームを出すと、すぐにリズムは戻る。
美咲は優奈達に気付いて、態とリズムをズラしていたのだった。
すぐに戻ったことで、みんなは美咲の悪戯だったことに気付く。
「もー。リズム狂っちゃったわ」
三人が踊り直そうとしたその時。
「智香ー」
呼ばれた智香が振り向くと、顔面に向かってスポンジが飛んできた。
「きゃっ」
スポンジが落ちると、そこに居たのはアイスクリームコーンらしきものを握っている真琴だった。
「へっへっへ、射的の景品で取ったんだ」
それはアイスクリームの形をした玩具で、コーンのレバーを引くとアイス部分のスポンジが飛ぶというものであった。
「射的あるの!? どこ、どこ?」
射的と聞き、智香は目を輝かせる。
智香が射的へと向かうとのことで、麻衣と優奈も踊りを止めてついて行くことにした。