78話 無頓着化
夏休みも終盤に差し掛かった、ある日のこと。
麻衣は部屋で退屈そうにゴロゴロとしていた。
目の前にあるテレビに映っているのは、探偵が妖怪と戦うバトル漫画のアニメ。
二昔前のアニメだが、有名だったので麻衣も知っていた。
当然のことながら、この作品も町専用にローカライズされており、男キャラは全て女子化、ヒロインは女子のままで同性愛的な恋模様が演じられていた。
麻衣はその場面を観て眉を顰める。
町では当たり前の光景となっていたが、麻衣は未だに抵抗があった。
麻衣がリモコンに手を伸ばし、チャンネルを切り替えると、町の紹介番組が画面に映る。
このチャンネルでは町の宣伝として、二十四時間、町を案内する放送がされており、主に商店街に新しくできた店や新商品などの紹介がされていた。
「……ダメだわ。これ見てると、お金使いたくなっちゃう」
麻衣は再びチャンネルを切り替える。
夏休みは毎日の遊びでお金を使う頻度が上がっていた為、節約していても、お金の減りが早かった。
近々、夏祭りも控えているので、消費は極力抑えていきたいところであった。
画面が切り替わり、天気予報の番組となる。
町の今後の天気予報が表示されており、BGMとして穏やかな音楽が流れていた。
町の気象は人工的に起こしているものである為、突発的な予定変更でもない限り、予定に表示されている天気になる。
一般的な天気予報番組よりずっと精度は高いが、暇潰しに長々と観れるものではない。
更にチャンネルを切り替え、さっきのアニメに戻ると、麻衣はテレビの電源を切った。
そして寝ころんだまま背伸びをする。
「暇ー」
遊ぶところはいくらでもあるが、お金なしで楽しめるところとなると、そんな多くない。
ただで楽しめることは大方やってしまったので、麻衣は暇を持て余していた。
「何かないのかしらね」
麻衣は自分の部屋を見渡すが、目新しいものなどあるはずもなく、いつもと何も変わらない部屋だった。
部屋に居ても退屈なままだったので、麻衣は起き上がり、部屋から外へ出た。
そして当てもなく歩き始める。
一階ロビーへと降りてくると、そこでは真琴と美咲がパンツ一丁で取っ組み合いをやってた。
「え、何? 喧嘩?」
麻衣がビックリしていると、二人が気付いて戦いを止める。
「あ、麻衣。今、プロレスやってたんだ」
「リハビリだよ。間が開くと再発しそうな気がするから、こうやって慣れておかないとな」
「あたしが最強の戦士に育てる!」
「いや、そこまでは……。麻衣もやるか?」
真琴が遊びを誘うが、麻衣は即座に首を横に振る。
「やらないわよ。そんな遊び、私には出来ないわ」
「そか。まぁそうだよな」
「じゃ、適当に出かけてくるわ」
いくら暇を持て余していても、麻衣はパンツ一丁で組み合うようなことはしたくなかった。
「いてらー、からの奥義、股開き!」
「いきなりかよっ。うぉぉぉぉ」
美咲は真琴の足の内側に自分の足を入れ、強制的に股を開かせる。
麻衣はその様子を横目で見て笑いつつ、寮から出た。
外に出た麻衣は商店街に入り、中を徘徊する。
「暑……」
夏の暑さを受け、出て早々に麻衣は後悔していた。
お店に入れば涼むことが出来るが、涼む為だけに入るといのは抵抗があった。
目的を探しつつ徘徊していると、理沙達とすれ違う。
「あ、麻衣さん。お買い物?」
「ううん。暇だからブラブラしてただけ」
「私らと同じかぁ。休みが続くと暇だよね。夏休み終わってほしくないけど退屈」
「分かるわ。町の学校の授業も楽しかったけど、休みに慣れると行くの面倒臭くなるわよね」
「もうずっと休みでいいのにねー」
和気藹々とお喋りしていると、麻衣が理沙の服装に気付く。
「ちょっとそれ、丈の短いノースリーブだと思ってたらブラじゃないの」
理沙が上に着ていた物は服ではなく、ただのスポーツブラだった。
当たり前のように平然と着ていた為、麻衣は最初普通の服だと思っていた。
「あぁ、暑いから。これ、結構涼しいよ」
「だらけ過ぎよ。それ下着だからね。地上だったら補導される格好だわ」
「相変わらず堅いね。麻衣さんだって、めっちゃミニスカートじゃん。パンツ見えてるよ」
「え?」
指摘されて初めて麻衣は自分が超ミニスカ状態であることに気付く。
部屋でゴロゴロしている時に暑さから巻き上げていたのだ。
「地上なら痴女扱いされるレベルでしょ。町で良かったね」
無自覚だった麻衣は自分が気にしていなかったことにショックを受ける。
自分だけは恥じらいを持って行儀よく立ち振る舞っていると思っていたのに、気付かぬうちに感化されていたのだ。
「何てこと……。由々しき事態だわ」
深刻な顔をなった麻衣は慌てて理沙達の前から走り去った。
「あ、ちょっ、麻衣さんっ。……怒らせちゃった?」
その頃。
優奈は自室の隠し部屋でキーボード叩いていた。
「よし、育児プログラム完成」
完成したのは、優奈が予てから作成していた育児プログラム。
試行錯誤した結果、夏休み中に何とか満足のいくものを完成させることが出来た。
「受け入れる子の候補も絞れた。必要な施設も全て完成済み。受け入れ準備は概ね整ったって感じかな」
第二陣である下級生の子達の受け入れは、予定通り二学期の初めに行える見込みであった。
「ちょっと早く終わったから何しようか。んー、やりたいことはいっぱいあるけど、未来を見据えての準備も早めに始めておいた方がいいかも」
現在においては町の科学力の方が世界を圧倒しているが、時と共に差は縮まって行く。
何もしなければ何れ追い付いてしまい、町の危機にもなり兼ねないので、町側も技術の発展をさせなければならなかった。
「これ以上の技術なんて想像がつかないな。もしかしたら不老不死も実現しちゃったりして。でもそうなると、みんなロリババアか。嫌いじゃなけど皆が皆そうなると町がパンクしちゃうから困るよね。精神の寿命もあるし、全うした方がいいかも。あぁ! だけど、死んでしまうのは悲しい……」
優奈が一人で勝手に妄想して嘆いていると、その時、ノックの音が聴こえてきた。
「優奈、いるー?」
それは麻衣の声だった。
来客が来たので、優奈は隠し部屋から出て玄関へと行く。
「はーい。どうしたの?」
「非常事態よ。全員集合」
優奈が麻衣の部屋に連れて来られると、そこには同じように呼び出された智香と美咲、真琴の三人が居た。
「で、どうしたん?」
真琴が尋ねると、麻衣が口を開く。
「私達、知らないうちに身嗜みに対して無頓着になってるの」
「それ、前々から言ってなかったっけ?」
「気にならなくなってきてるのっ。皆どんどん、だらしなくなってきてるのに、それが当たり前に思うようになってたのよ」
身嗜みには目くじらを立てていた麻衣だが、周りの子達が皆だらしなくなってきたせいで、気付かぬうちに受け入れてしまっていたのだ。
そのことに気付いた麻衣は恐ろしくなり、今回の緊急招集に至ったのだった。
「女としての品位を失ってるわ。特に美咲と真琴! 貴方達が率先して脱ぐから、みんなが引っ張られてるのよ」
「えー、あたし達のせい? 普通に生活してるだけなのに」
「その姿でよく言えるわね。この前なんて全裸で歩いてたじゃないの」
美咲と真琴の恰好は先ほどロビーでプロレスをしていた時と同じく、パンツ一丁だった。
「あの時は脱いだ服、取りに行くの面倒臭くて……」
「地上だったら有り得ない恰好だわ」
文句を言う麻衣に、優奈が言う。
「無頓着なのも魅力の一つだよ」
「お黙りなさい。このままだと下品極まりない生き物になっちゃうから、身嗜み教室やるわよ」
麻衣の決定により、四人は有無を言わさず、身嗜み教室を受けることとなった。