74話 完走者
「えぐっえぐっ……」
麻衣は涙を拭いながら教師ロボットに連れられて歩く。
そこには優奈も一緒だった。
「何か、ごめん」
優奈が謝るが、麻衣は涙を拭うばかりで反応は帰ってこない。
どう見ても、やり過ぎてしまっていた。
現代っ子は耐性があると思い、優奈は過去に観たホラー番組や漫画、ゲームなどの記憶を頼りに作った演出で、全力で怖がらせに行ってしまった。
だが、結果は御覧のあり様。
摩れている現代っ子といっても所詮は小学生。
全力の肝試しには耐えることが出来なかった。
「麻衣ちゃん、元気出して」
「ぐす……」
麻衣は何も言わず鼻を啜る。
その片手には先ほど濡らしてしまったパンツがあった。
「悪いのは全部、先生だから。麻衣ちゃんは何も恥じることないよ」
優奈が責任を擦り付けるが、教師ロボットは気を使って何も言わない。
「放っておいて……」
励ます優奈を麻衣は突き放す。
恐怖でお漏らししてしまった麻衣。
先程の恐怖と助かったことでの安心、そして漏らしてしまった恥ずかしさが入り混じって、今は誰とも何も話したくない気持ちだった。
「……」
優奈は不意に足を止める。
すると、教師ロボットと麻衣はどうしたのかと立ち止まった。
その直後、優奈の足元から水が零れ落ちる音が鳴り響く。
麻衣は驚いて涙を止める。
「私も漏らしちゃった」
優奈はテヘヘと笑う。
「優奈さん……」
「すみません。お手数ですが、清掃ロボットの手配をお願いしてもいいですか?」
「分かりました。今呼んだから、来るまで少し待っててね」
足元に水溜まりが出来てしまったので、優奈達は清掃ロボットを待つことになった。
「何やってるのよ……」
「これでお漏らし仲間だね。あーあ。私も恥かいちゃった」
「……ふっ。馬鹿じゃないの。全然、恥ずかしくないわ。かっこいいわよ」
麻衣はそこで漸く笑顔を見せる。
慰めと恥の共有をする為に、優奈は態とお漏らしをした。
その勇気は並大抵のものじゃない。
自分の為にお漏らしをした優奈に、麻衣は呆れつつも嬉しさを感じていた。
やってきた清掃ロボットによって足元を綺麗にしてもらった後、二人は保健室へと入る。
「あ」
保健室の中でパンツを手に持った理沙と対面した。
三人は互いに持っているパンツに視線が向く。
「「えへへへへ」」
同時に事情を察し、笑って誤魔化した。
教室では肝試しを終わった子達が順に戻って来ていた。
「あれ怖すぎでしょ。町の肝試し、舐めてたわ」
「分かってても怖いよね。あたしもここまでとは思わなかったよー」
麻衣と美咲が肝試しについて感想を口々に言う。
他のペアも似たような感じで、軒並みギブアップしていた。
トラウマ級に怖がらせてしまったが、元からフェイクであることは皆分かっていたので、喉元過ぎれば何とやらで完全に立ち直っていた。
「間が厭らしいのよね。終わったと見せかけて出て来たりとか」
「不安にさせてからの畳みかけが凄いよ。あれは見習うべきものがあるよ。うん」
「あんなの、ただ悪趣味なだけよ」
皆、酷い目に遭いながらも、その時のことを話しのネタにしていた。
みんながワイワイお喋りしていると、廊下から真琴と智香が駆け込んでくる。
教室に飛び込んだ二人は、即座に振り向いて構える。
「ここ、ゴールだよな? もう追って来ない?」
「……大丈夫そう。終わったみたい」
構えていた二人は警戒を解き、座り込む。
そんな二人の様子に、周りからは注目が集まっていた。
「あなた達、もしかして完走したの?」
「ん? あぁ、ヤバかったけど何とか」
すると、周りの子達は騒めきだす。
「すごっ」
「初じゃない?」
「マジ?」
今いる子達は、みんなギブアップしていたので、二人が初の完走者だった。
周りの声を聴いて真琴が尋ねる。
「え” あたしら以外ギブアップしたの? 美咲も?」
「それについては聞かないでください……」
美咲は恥ずかしそうにしていた。
そこで真琴と智香は顔を見合わせ、自分達が成し遂げたことの凄さを理解する。
「やったな、智香」
「うんっ」
二人は喜んでハイタッチする。
「「いえい!」」
その姿は何処から見ても仲のいい友達同士だった。
皆それぞれの雑談に戻り、二人は優奈達と合流してお喋りをする。
「二人は仲良くなれた?」
出発前のことを思い出して優奈が尋ねる。
「ああ。あたしら、もう戦友だもんな」
「うん」
真琴が肩を組むと、智香が笑顔で答えた。
智香は言葉を続ける。
「私が怖くて動けなかった時に庇って戦ってくれたんだよ」
「あの時は必死だったから……。結局、ただの映像だったし」
「それで脅かすしかしてこないってことが分かったから、後はもう勢いだけで突破したって感じ」
肝試しで数々のピンチを乗り越えたおかげで仲良くなることが出来たのだった。
もう真琴は智香に怯えた様子はない。
その時、教師ロボットが教室に入って来る。
「はい、全員が戻って来たので肝試しは終了です。最後まで、やりきったのは一組だけでした。ちょっと難易度を上げ過ぎたみたいだから、それについては本当にごめんなさいね。お詫びとして、みんなには後でちょっとだけ臨時のお小遣いをあげます」
臨時でお小遣いが支給されることとなり、女の子達から歓声が上がる。
現金ではあるが、お詫びになるようなもので全員が喜ぶのはお金ぐらいしかなかった。
「では完走したペアに景品を授与します。智香さんと真琴さんはこっちに来てちょうだい」
呼ばれた二人は教師ロボットの前へと行く。
すると、教師ロボットは体内から二枚のメダルを取り出した。
「景品のおばけメダルです。はい、どうぞ」
それぞれ一枚ずつ、智香と真琴に受け渡す。
「おぉ、何か浮いて出てる」
メダルからは可愛らしい形をした、おばけのデフォルメキャラが宙に浮き出ていた。
景品は特殊なギミックを施したメダルであった。
「これがあたしらの勲章だな」
真琴と智香は視線を交わして喜ぶ。
「これにて、今晩の肝試しイベントは終了です。後は自由に帰っていいですよ」
直後、学校中の電気がつき、明るくなった。
帰りに怖い思いをしないようにとの配慮である。
その場で解散となり、五年生の子達はガヤガヤと喋り出す。
「今日は寝れそうにないわ」
「なら遊ぶ?」
「いいわね。夜通しでカラオケでもしましょ」
麻衣達がそんなことを話していると、理沙が話に入って来る。
「ねね、それ私達も混ぜて」
「あ、私もー」
他の子までどんどん参加を希望してくる。
みんな、肝試しのせいで全然寝れる気がしなかった。
「ええ、皆で行きましょ」
結局、全員で行くこととなり、その日は皆で朝まで遊び倒した。