73話 失禁
そして次のスポットである図書室へと赴く。
すると、先に見えた図書室は明かりがついていた。
「電気ついてる……」
「誰か、つけたのかな?」
「ほんとに? 何か逆に怖いんだけど」
明るくなっているのも何かの仕掛けなのではないかと、麻衣は警戒を強める。
そのまま二人は図書室の中へと入る。
図書室は本棚が立ち並んでおり、沢山の本が敷き詰められていた。
中は電気がついている以外、普段と何も変わらない。
「怖いなら漫画でも読んで気を紛らわせれば?」
「読む気になんてなれないわよ。前々から思ってたけど、この町の恋愛漫画、同性愛のやつしかないじゃない。優奈は喜んでるんでしょうけど、私の好みじゃないわ」
スタンプ台へと向かう道中、麻衣は歩きながら本棚から見える背のタイトルを眺める。
「別に喜んではいないけど。私、漫画あんまり読まないし」
「そういえば読んでるところ見たことないわね。せっかく優奈の趣味になってるのに勿体ない」
バサッ
突然、二人が歩く後ろの本棚から一冊の本が落ちた。
「……」
「落ちたね。拾って戻す?」
「嫌よ。怖くないなら優奈がやりなさいよ」
「えぇー」
優奈が本を拾いに引き返すと、麻衣も後ろに続く。
「一緒に来るんだ?」
「離れたら、こっちで何か起こるかもしれないでしょ」
落ちた本の前まで行き、優奈が屈んでその本を拾う。
その本は拍子に目がついており、ギョロギョロと動いていた。
「ねぇ、この本、麻衣ちゃんも見る?」
「見ない」
「何でさ」
「どうせ何かなってるんでしょ」
麻衣は見ないよう、顔を背けていた。
「可愛いなぁ、もー」
「好きに言ってなさい」
優奈は平然とした様子で、拾った本を本棚へと戻す。
すると突然、図書室の電気が消えた。
「な、何?」
「……」
「何か言いなさいよっ」
「ただ電気が消えただけだよ」
「地味な嫌がらせばっかで嫌なんだけど」
細々とした仕掛けで麻衣の精神は少しずつ削られていた。
明るい状態から暗くなり、二人は辺りが見え辛くなっていたが、スタンプ台の明かりを頼りに何とか辿り着く。
そこで順にスタンプを押していると、カラカラとした音が聴こえてくる。
「え、この音って……」
それは一階で見た用務員のミイラの音だった。
カラカラ音は徐々に大きくなってくる。
「ちょっとっ、こっちに近づいて来てるわ」
二人は急いでスタンプを押す。
押し終えて出ようと思ったその時、ガタンガタンと台車が引き戸のレールを通る音が聴こえた。
「入って来た!?」
音の大きさから、図書室の入り口を入って来た音で間違いなかった。
「ど、どうするの!?」
麻衣は声を潜めて優奈に訊く。
「まだ気付かれてないはずだから、本棚に隠れながら回り込んで、バレないように外に出よう」
二人は耳を澄まして、用務員のミイラの位置を把握しながら、そっと移動する。
本棚を遮蔽物にして、回り込むように出入口方面へと進んだ。
そうして出入り口付近にまで来たら、二人は走って、一気に一階まで下りる。
一階廊下まで出たところで、二人は止まって息を落ち着かせる。
「はぁはぁ……。ヤバかったわ。あれ、一階の仕掛けじゃないの?」
「目をつけられたとか?」
「怖いこと言わないで」
その時、階段の上からガタガタと音が聴こえてきた。
それはまるで台車で無理矢理階段を下りているような……。
「追って来てる!? や、やだっ」
二人は慌てて走り出す。
廊下の端まで行き、児童玄関へと入る。
下駄箱がいくつも並んでおり、外へと扉は閉まっていた。
児童玄関を過ぎた先は二棟まで一直線である。
二人は廊下の先と下駄箱を交互に見る。
二棟は次のスポットがあるところだが、そこまでの廊下は一直線で遮蔽物がない。
後ろを確認すると、階段のある曲がり角から台車の先が出てくるところだった。
「こっち!」
二棟への廊下は辿り着く前に認識されてしまうので、二人は一先ず下駄箱に隠れてやり過ごすことにした。
二人は下駄箱の先に行き、裏に隠れる。
すると、カラカラ音が徐々に大きくなってきて、下駄箱前でその音が止まった。
「……」
二人は息を止めて、気配を消す。
そのまま暫くじっとしているが、用務員のミイラが立ち去る音はしてこない。
麻衣は消えたのだろうかと、そっと顔を出して覗いた。
すると、用務員のミイラは立ち止まって、麻衣の方を見ていた。
目が合ってしまった麻衣は慌てて顔を引っ込める。
「み、見られちゃった」
直後、カラカラ音が鳴り始め、その音は二人の方へと近づいてきた。
「回り込んで逃げよう」
優奈は麻衣の手を引き、下駄箱の端へと走る。
そこから回り込み、校内側へと戻った。
そのまま二棟へと行こうとした二人だが、廊下の先には用務員のミイラが待ち構えていた。
「きゃああああ!」
二人は慌てて引き返して、下駄箱の外側へと戻る。
音を聞きながら下駄箱を遮蔽物にして、今度は一棟側へと戻ろうとしたが、下駄箱を出る前に用務員のミイラが行く手を遮った。
急いで二棟側へと走っても、用務員のミイラが遮って来る。
「何で!? どうすればいいの!?」
「私が引き付けるから、麻衣ちゃんは次のスポットに行って」
優奈はそう言って、校内側へと走り出した。
「待ってっ。一人にしないでっ」
「撒いたら、すぐに合流するから!」
出てきた用務員のミイラを紙一重で避けて逃げて行くと、用務員のミイラは優奈を追って行った。
取り残された麻衣は怯えた表情を見せるが、一度ギュッと目を閉じると、覚悟を決めた表情となり、足を踏み出す。
麻衣は一人、小走り二棟へと廊下を走る。
不安を感じ、走りながら振り向いて後方を確認する。
すると、一棟からこちらに向かってくる用務員のミイラの姿が見えた。
「!? 嘘、嘘、嘘、何で!?」
麻衣は足を速め、一棟へと入る。
そのまま正面の階段を上ろうとしたところ、突然、上から首吊り人形が落ちてきた。
「ひぃ!」
慌てて右に方向転換して、一年生教室の方へと走る。
廊下は一直線の為、麻衣は身を隠そうと教室の扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かなかった。
他の扉を試しても結果は同じ。
一年生の子はまだ移住しておらず、スタンプのスポットでもないので、一年生教室は全て鍵が閉められていた。
(どうしよっ。来ちゃうっ)
麻衣は慌てて周りを見回し、近くのトイレへと駆け込む。
トイレは解放されていたが、廊下よりも暗く、光は北の窓から薄っすらと月明りが入って来ているだけだった。
そのまま一番奥の個室に駆け込み、扉を閉めた。
鍵をかけると、その場で蹲る。
「ぅぅぅぅ、もうやだぁ……」
優奈とも逸れてしまい、麻衣はもう限界だった。
しかし、あまりの恐怖でギブアップボタンの存在が頭から抜けてしまい、どうすることもできなくなっていた。
(トイレに入ったところは見られてないはず……)
麻衣は祈るようにしながら、じっとする。
だがその時、カラカラと音が聴こえてきた。
「ひっ!?」
麻衣は慌てて口を塞ぎ、息を潜める。
カラカラ音は徐々に大きくなって行き、トイレの前で止まった。
だが、またすぐに音が鳴り始める。
音は近づいてきており、明らかにトイレの中へと入って来ていた。
カラカラ音が再び止まると、バタンと扉を開け閉めする音がした。
すぐにまたカラカラ音がして、再び扉の開閉音がする。
音はどんどん近付いており、用務員のミイラが個室を一つづつ確認していることが、麻衣にも分かった。
だが、麻衣は個室の中に閉じ籠っており、逃げることは出来ない。
どうすることもできず身体を振わせていると、とうとう麻衣がいる個室の前でカラカラ音が止まってしまった。
次の瞬間、扉がガタガタガタッと激しく揺らされる。
「っ!」
扉には鍵がかかっていた為、開けられなかった。
だが、揺れは続き執着に開けようとしてきている。
(やだやだやだっ。優奈、助けてっ)
麻衣は心の中で必死に助けを求めながら、身体を縮こませる。
そのまま耐えていると、程なくして扉の揺れが収まった。
そしてカラカラと音がして、その音は徐々に離れて行く。
音が完全に消えたところで麻衣はホッと息をついて、顔を上げる。
すると、個室の上の隙間から麻衣を覗く用務員のミイラの顔があった。
「!?!?!?!?!?」
直後、麻衣の足元から水が零れ落ちる音が鳴り始めた。