72話 強者の脱落
音楽室から出た二人は階段を降り、一棟二階へと移動する。
三階は月明りで多少は明るかったが、二階は日当たりが悪く、更に暗くなっていた。
「早く終わらせて戻りたいわ」
「お、怖くなってきちゃった?」
「怖いじゃなくて悪趣味だから。ゾンビとかなら、まだ智香のゲームで慣れてるけど、一瞬チラッと視界に映るのが気持ち悪くて嫌なの」
「不安なら、私の手、握ってもいいよ」
「……それは別の意味で不安になるわ」
二人は続いてのスポット、理科室へと入る。
南側に窓がある教室側は、廊下よりは明るかったが、理科室特有の人体模型や解剖サンプルなどがあった為、非常に不気味であった。
「何で、こんなのあるのかしらね。不気味なだけじゃない」
麻衣は人体模型を横目で見ながら文句を言う。
「人体の理解は重要だよ。理解していれば体の不調にあった際、それが何処由来なのかも漠然と分かるようにもなるし、変調にも一早く気付くことが出来る」
「だったら、せめて使わない時は片付けといてほしいわ」
二人は窓際にあるスタンプ台のところへと移動して、順番にスタンプを押して行く。
スタンプを押し終えた麻衣が、優奈と場所を代わり、ふと廊下側を見る。
「え……あれ?」
廊下側を見た際、視界に入った人体模型の位置が先程見た置き場所とは違っていた。
「人体模型の場所、変わってない? さっきは向こう側にあったわよね?」
理科室に入って来た時は教卓の左側にあったが、今は右側にある。
「さぁ? 見てなかったから分かんないや」
「絶対変わったわよ。最初、入ってすぐのところにあったもの」
麻衣が優奈の方を見ながら話して視線を戻すと、人体模型が正面を向いていた。
「! やっぱり動いてる……。ほんと悪趣味! ロボットなの丸わかりで、全然怖くないんだから」
人体模型を叱りつけるように勇ましく言うが、その顔には僅かに怯えの表情が見えていた。
「終わったよ」
そうしていると優奈がスタンプを押し終えたことを告げる。
「じゃあ次行きましょ」
早くこの教室から立ち去れたかった麻衣だが、最後にもう一度スタンプがちゃんと押されているか確認する。
ちゃんと押されていた為、スタンプカードから顔を上げると、そこには顔を間近にまで近づけた人体模型があった。
「ひゃあああああ!!!」
麻衣は驚いて尻餅をつく。
「ななななな……何なのよっ。視線逸らしたら近づいてくるの!?」
床に腰をついた麻衣を優奈はニヤニヤをした顔で見ている。
「可愛い悲鳴」
「うっさいわね。こんなの誰だって驚くわ」
麻衣は少し恥ずかしそうにしながら立ち上がる。
「ほら、終わったのなら、さっさと出るわよ」
理科室から出ることにした二人。
麻衣は人体模型から目を離さないようにしながら、理科室から出た。
引き続き、二人は一棟二階の廊下を歩く。
二人並んで歩いているが、麻衣はひっそりと優奈の服の裾を指先で摘まんでいた。
「麻衣ちゃん、怖いの?」
「怖いわよ。悪い?」
麻衣は怖がっていることを認めて開き直った。
「ううん、大歓迎」
「くぅぅぅ」
優奈が望んでいた怖がっている女の子を提供してしまい、麻衣は悔しそうに唸り声を上げた。
「……優奈は怖くないの?」
「一人だと、ちょっとは怖いかもしれないけど、今は麻衣ちゃんいるから全然平気。怖さより、麻衣ちゃんの反応が胸にキュンと来る」
「今だけは、その変態的思考を羨ましく思うわ」
二人で喋りながら進んでいたその時、通りがかった階段の下から、悲鳴が聴こえてくる。
「うわああああああ!!!」
その声は二人がよく知る人物の声だった。
「この声、美咲?」
「すぐ近くだ。行ってみよう」
二人は急いで階段を下りて一階へと向かう。
すると、階段を降りてすぐのところで、美咲がひっくり返っていた。
「美咲っ、大丈夫?」
二人は美咲の下へと駆け寄る。
「あばばばばばば」
美咲は白目を剥いて失神していた。
首にかけていたスタンプカードは、ギブアップボタンのところが光っている。
「よかった。気を失ってるだけだ」
気絶していただけと分かり、二人は安堵する。
「すぐに先生が救助に来てくれるはずだから、処置は先生に任せよう」
意識を失うと自動的にギブアップとなり、回収されることとなっていた。
教師ロボットが来るまで二人して待っていると、二人の耳にカラカラと謎の音が聴こえてくる。
「何の音? 何か転がしてるような……」
「何だろうねぇ。少なくとも、この状態では来ないと思うから、今は大丈夫でしょ」
「何か出るってこと? 嫌なんだけど」
「嫌と言われても……」
目の前で気絶する美咲を目の当たりにして、麻衣はすっかり怯えていた。
「一応訊くけど、ギブアップしないよね?」
「しないわよ。だって景品欲しいもの。でも、これで貰った景品がビー玉みたいに、雑貨屋で安く売ってたら、ブチ切れる自信あるわ」
「あはは。まぁ景品は催しのおまけだから、期待はしない方がいいよ」
宝探しの前例から粗品である可能性は十分あったが、もしもいい物だった場合を考えて麻衣はギブアップできなかった。
二人が喋っていると、教師ロボットがやってきて、あっという間に美咲を回収して行った。
「さて。じゃあ肝試し再開しよっか。下りてきちゃったけど、丁度近くだし、先に職員室行く?」
「そうね」
二階の巡回スポットはまだ残っていたが、近くだったので先に職員室のスタンプ台へと向かうことにした。
廊下の左右を確認して、二人は素早く職員室へ駆け込む。
麻衣は頭を屈めて、厳重に警戒しながら職員室の中を見回す。
「そんな警戒しなくても」
「美咲があんなことになるくらいだから、とんでもなくヤバいのが出てくるはずだわ」
一人で挑むくらい自信があった美咲が失神してしまうほどなので、途轍もなく恐ろしいものが出てくることは想像に容易かった。
「どうかな。案外何もないかもしれないよ?」
「そう言って突然出てくるんでしょ。ここのやり口はもう分かってるんだから」
窓際のスタンプ台へと辿り着き、二人はスタンプを押して行く。
優奈に代わると、麻衣は警戒して周りを見回す。
「何気に職員室、初めて入ったわ。何だか普通ね」
「そだね」
一般的な小学校を再現しているので、職員室も地上の小学校と変わらなかった。
「先生いないから、テスト用紙、見れちゃったりしないかしら?」
「テストは直前に印刷するでしょ。ハイテク設備なのに、無駄に紙媒体、保存しておく意味もないし。そもそもバレるから」
「バレたら説教よね。そっちは別の意味で怖いわ」
麻衣は智香が絞られたことを思い出す。
そうしているうちに優奈もスタンプを押し終える。
「終わったよ」
「何も出てこなかったわね。変なの出てこないうちに、さっさと行きましょ」
二人はすぐに職員室を出ようとする。
しかしその時、カラカラという音が再び聴こえてきた。
麻衣と優奈は素早く屈み、机の影に身を隠す。
カラカラ音は廊下の先から聴こえており、徐々に大きくなってくる。
二人は机の影から、廊下の様子を窺う。
開けっ放しの出入口扉から見える廊下。
暫く様子を窺っていると、音がどんどん大きくなり、扉の影から台車が現れた。
台車が通り過ぎ、押していた人物が二人の目でも確認できる。
その人物は全身を包帯に巻かれ、用務員服を着たミイラみたいな奴だった。
包帯の隙間から見える肌は青白く、目は白目をむいており、その目からは血の涙を流していた。
職員室の扉の前に来たところで、用務員のミイラは足を止める。
「「……」」
麻衣と優奈は必死に息を止め、気配を消す。
すると程なくして、用務員のミイラは再び廊下を進み始め、職員室を通り過ぎて行った。
カラカラ音が小さくなって行き、完全に聞こえなくなったところで、麻衣と優奈は息を吐く。
「何なのあれ。怖過ぎ」
「見つかるとヤバいかもね。出る時は見つからないよう注意して行こう」
「もうほんと、勘弁してほしいわ……」
二人は警戒しながら廊下を覗き、何もいないことを確認すると、階段へと駆け込んで二階へと戻った。