71話 肝試し
そして、その夜。
肝試しの参加者が小学校の五年生教室へと集まっていた。
自由参加ではあったが、結局みんな着ていた。
怖いのが苦手な子も、町のイベントとのことで気になったようで、勇気を出して参加を決めていた。
「楽しみだなぁ。めっちゃ面白そう」
真琴がワクワクした様子で言う。
「だよね ゲームのゾンビみたいなの出てくるかな?」
「お、おう。そうだな」
智香はいつになくテンションが高かった。
普段やっていたゲームがリアルで体験できるかもと、楽しみにしていたのだ。
教室の後ろで麻衣と優奈が話す。
「どんな感じなのかしら。出てくるお化けを銃で撃ったり?」
「それだとアクションになっちゃうじゃん。肝試しだから普通に暗い学校の中、回るだけじゃない?」
「普通ってことはないでしょ。町の肝試しなんだから、何かしらあるんじゃない?」
「やってからのお楽しみだね」
二人が話していると、前で真琴と喋っていた智香が戻って来る。
その表情はさっきのワクワクした感じが薄れ、少し浮かない顔をしていた。
「智香ちゃん、どしたの?」
「真琴ちゃんの態度が何か……私、嫌われてるのかな?」
智香の言葉を受け、二人は顔を見合わせる。
「嫌われてるというより、怖がられてるんだと思う」
「え、何で?」
「前に酔っぱらった時に、智香ちゃんが怖がらせちゃったから」
「嘘。そんなことした?」
「ゲームやりながら、てめぇこのやろとか、ぶち殺すとか結構言ってたし。ゾンビごっこって言って、無理矢理抱き着いて甘噛みしまくってたりしてたよ」
「……」
その時の記憶はなかったが、自分ならやりかねないと思った智香は口を閉ざす。
「私はそんな智香ちゃんも好きだけどね。ま、そんな訳で嫌われてる訳じゃないから……」
「私、謝って来る!」
急いで謝りに行こうとした智香を優奈は慌てて止める。
「待って待って。今更謝られても困ると思うよ」
「酒癖悪くて、ごめんって言われても困るわよね」
麻衣も同意見だった為、智香はどうすればいいのか分からなくなり、俯く。
「真琴ちゃんとは遊ぶ機会も多いし、そのうち気にしなくなるんじゃない?」
二人はそのままでいいとの判断だったが、智香は不服そうであった。
その時、教室の扉が開いて教師ロボットが入って来る。
「みんな集まってるわね。全員来てくれたみたいだから、早速、肝試しの説明に移ります」
教師ロボットは肝試しの説明を始める。
参加者は一人或いはペアで学校の各所を回ること。
各スポットにはスタンプ台が設置してあり、スタンプを集めることが達成条件である。
全てのスタンプを集め、五年生教室に戻ってきた時点で終了となる。
途中で無理となった際は、配布されたスタンプカードの救助ボタンを長押しすると、直ちにロボットが助けに来てくれる。
説明していると、一人の女の子が挙手して尋ねる。
「せんせー、お化けって出ますか?」
「出るかもしれませんね」
「お化けのロボットいるの?」
「さぁ? どうでしょう」
教師ロボットは言葉を濁し、答えなかった。
やっぱり何か仕込んでるんだと女の子達は騒めく。
「全てのスタンプを集めて戻れた人には、ちょっとした景品をプレゼントします」
すると、騒めいていた女の子達が沸き上がる。
「景品ってどんなのかしら? 前やった宝探しのビー玉みたいな?」
「かもね」
「楽しみだわ。肝試し自体はそこまで期待してなかったけど、やる気出てきた」
景品の為にやる気を出す子も、ちらほら見受けられた。
説明が終わり、肝試しで回るペア作りが始まる。
各々話し合いで決めてもらうのだが、智香は真っ先に真琴に声を掛けた。
「真琴ちゃん。私と一緒に回ろ」
「あ、あたしと?」
いきなり誘われた真琴は動揺する。
「ダメかな?」
「いいけど……」
「よろしくー」
若干強引ではあったが、智香は真琴とペアを組むことに成功した。
その様子を眺めていた麻衣と優奈。
「そんなに気にしてたのかしらね。じゃあ、私は優奈と?」
「美咲ちゃんは?」
智香と真琴がペアを組んだ為、真琴とよく遊んでいた美咲が余る形となった。
しかし美咲は全く気にしていない態度で言う。
「あたしは最初から一人で回るつもりー」
「チャレンジャーだね」
「だって、まだ九時っしょ。刺激が全然足りないよ」
二十一時は子供でも起きているような時間である。
夜遊び慣れしているような子なら、一人でも平然と出歩けるので、刺激が足りないと思われるのも無理はなかった。
「時間は早いけど、何仕掛けられてるか分からないから、私は一人で回るのは嫌だわ」
「それが賢明だね」
仕掛けを加味してか、一人で回る子は少数だった。
「で、結局どう組んで行くのよ?」
「できたら私は怖いの苦手な子と周りたいけど……」
「何企んでるのよ。優奈は私と普通に回るわよ」
邪な気持ちを漏らした優奈は、麻衣に強制的に組まされた。
「では間隔を開けて、一組ずつ出発してね」
教室の出入り口に列を作り、女の子達は順番を待っていた。
始まると、先頭の美咲が教室の外へと飛び出す。
「一番乗りー」
美咲は駆け足で走り去って行った。
教師ロボットが時間を計り、順番に出発させて行く。
「では優奈さんと麻衣さん、出発して」
順番が来た二人は教室を出発する。
教室から出るとすぐに無音になり、麻衣は振り返る。
「急に静かになったけど……」
順番待ちしていた子達がガヤガヤと喋っていたのに、その声が一切聞こえない。
「ノイズキャンセラーでしょ。雰囲気を出す為に音消ししてるんじゃない?」
「凝ってるわね。でも、そういうハイテクなところを見せられると逆に怖くなくなるわ」
「余計なこと教えちゃったか」
「それぐらいじゃ怖がらないわよ。そもそも校舎だって新しいし、曰くとか絶対ないでしょ」
「風情ないこと言うねー。そんなこと気にせずに素直に楽しもうよ。悲鳴上げて抱き付いてくれてもいいんだよ」
「お断りだわ。残念だったわね、私が怖がるような子じゃなくて」
その時、麻衣の視界の隅に、チラリと女性の姿が映った。
「!?」
麻衣は咄嗟に二度見するが、そこには誰も居なかった。
「どうかした?」
「いや、何か見えた気がしたんだけど……」
周りをきょろきょろと見回すが、女性の姿は何処にもなかった。
「幽霊じゃない?」
「んな訳ないでしょ。見間違いか、肝試しの映像だと思うわ」
「分からないよ。いくら未来の科学技術があっても霊的なものは別だから、幽霊が入り込むことだってあるかも」
「そうやって怖がらせようとしたって無駄よ。馬鹿なこと言ってないで、さっさと進みましょ」
優奈の話には取り合わなかった麻衣だが、その表情は少し不安げだった。
見たのは一瞬だけ。
しかし、麻衣の頭にはハッキリとその姿が残っていた。
あからさまな仕掛けではない為、仕掛けか見間違いかの判断が難しい。
それに本当に幽霊である可能性も完全には排除できなかったので、逆に怖さを感じていた。
二人は渡り廊下を渡り、一棟三階へと移動する。
すると、二人の耳に薄っすらとピアノの音が聴こえてきた。
「音楽室からだね。誰か弾いてるのかな?」
「仕掛けでしょ。誰の居ないのにピアノが、なんて怪談の定番じゃない」
「ノリが悪いなぁ。あんまり否定し過ぎると、強がってるように見えてくるよ」
「誰が強がってるですって? 優奈が脅かそうとするから、答えてあげてるだけじゃないっ」
「はいはい」
音楽室はスタンプ台があるスポットだったので、一度は訪れる必要があった。
麻衣は若干不安そうな顔をしながらも、優奈と共に音楽室へと赴く。
音楽室へと到着し、中へと入った二人は、真っ先にピアノへと目を向ける。
未だにピアノの音は鳴り響いているが、鍵盤の前には誰もいなかった。
「ほら。どうせ、機械の自動演奏でしょ」
「じゃあ近く行ってみる?」
「いや、それは止めとくわ」
意気揚々と指摘していた麻衣だが、急にトーンダウンする。
九割方、仕掛けだと思っていても、残り一割の可能性を考えて、下手なことはしたくなかった。
「まぁいいじゃない。スタンプ台はそっちじゃないんだし」
麻衣は奥のスタンプ台へと行き、スタンプカードにスタンプを押す。
「でも、ここの音楽室に肖像画がなくて良かったわ。怖くはないけど、気味が悪いじゃない。特にこんな暗い中で見たら」
「んだね。おっさんの絵なんて見たくないから、なくて万々歳」
「そっち? 着目点が優奈って感じだわ……」
麻衣は呆れつつも、そのノリが怖さを紛らわせてくれたので助かっていた。
二人がスタンプを押し終え、麻衣が振り返ると、ピアノの前に薄っすらと少女の姿が見えた。
「え」
二度見するが、その時にはもう少女の姿はなかった。
「もぉぉぉ! 一瞬だけ出すの止めてよー」
二度目の目撃で仕掛けだと確信して、麻衣は憤る。
脅かすのではなく不安を与える仕掛けに、質の悪さを感じていた。