70話 牛の解体
野菜の収穫が終わると、次に移動したのは施設内にある精肉場。
そこに入った五年生の子達は、部屋に吊るされていたものを見てギョッとする。
タイル張りの、その部屋には、天井から一匹の大きな牛が逆さに吊るされていたのだ。
目に光はなく、明らかに生きてはいなかった。
不穏なその光景に、五年生の子達は騒めく。
「みんなはお肉食べるよね? ここではお肉を食べるうえで知っておかなければならないことを学んでもらいます。町のお肉も野菜と同様に培養されて作られるけど、本来この時代の人が食べるお肉は屠殺されたものです。野菜も同じことですが、命を奪い糧として貴方達は生きています。今日はそれを改めて理解してもらう為に解体を行います」
ここでする授業の概要を理解したようで、多くの女の子達は青褪めていた。
「この牛は本物ではなく、食物専用細胞を牛の形そのままに生成したものです。偽物だけど、内部構造はほぼ同じだから、実際の牛を解体するのと変わらない様子を見ることができます。では解体を始めましょうか。流石に解体は敷居が高いから私が行うつもりだけど、やってみたい人いる?」
教師ロボットは解体希望者がいないか確認する。
生徒は見学の予定であるが、希望者が居た場合は体験できるようにもしてあった。
五年生の子達はそれぞれ顔を見合わせ、首を横に振ったりしている。
偽物でも生き物の死体にしか見えないものを解体するというのは、みんな抵抗があった。
誰も希望者がいないと思われたが、一人態度の違う子が居た。
「うーん……」
悩んでいる様子を見せていたのは美咲。
その様子を見た優奈が尋ねる。
「もしかして迷ってる?」
「うん。サバイバルとか興味あるから、やってみたい気持ちもあるけど、ちょっと……」
「じゃあ私メインでやるからサポートでやってみる?」
「優奈できるの?」
「やったことはないけど、多分いけるよ」
「おぉー。じゃあ、行ってみますか」
優奈と美咲は一緒に名乗り出る。
その勇気ある行動に、他の子達から、どよめきが起こった。
教師ロボットから道具を渡された優奈と美咲は、皆が見守る中、解体を始める。
「普通、血抜きなどの下準備が必要ですが、この牛は最初から済んだ状態なので不要です。そのまま刃を入れちゃってください」
優奈は教師ロボットの指示の下、牛の死体に刃を入れる。
見てる子達はおっかなびっくりだったが、優奈は躊躇うことなく切り裂いた。
性犯罪者の殺害やクローンでの死亡偽装を日頃からやっていた為、牛の偽物を切ることなど造作もなかった。
寧ろ、見知った女の子の形をしているクローンを死に偽装して処分させる方が、優奈にとってはずっと辛い作業である。
優奈は順調に切り裂いて行き、牛の身体全体に切り込みを入れ終える。
そして次は皮を剥ぐ作業である。
「美咲ちゃん、皮剥がせる?」
「う、うん」
躊躇いを見せる美咲と協力して、二人で皮を剥いでいく。
美咲は躊躇しつつも、しっかりとやってくれた為、円滑に皮剥ぎの作業を済ませることが出来た。
一旦洗浄を行ってから、次の工程に移る。
「次は頭部の切断からの内臓の摘出よ」
教師ロボットがそう言うと、美咲や他の女の子達がギョッとする。
「できる?」
「え、う……」
優奈が確認すると、美咲は躊躇して言葉を詰まらせた。
その反応を見て、優奈は美咲に解体用の刃物を持った手を差し伸べる。
「一緒にやろ」
すると、美咲は覚悟を決めた顔をして、その手を取った。
二人して刃物を持ち、牛の前に立つ。
「ウエディングケーキ入刀だね」
優奈がジョークを言うと、辺りが静まる。
「……優奈、それはドン引きされると思うよ」
「え」
周りは誰も笑っていなかった。
「場を和ませようと言ったのに」
「サイコパスっぽい」
「NOー」
美咲に言われるのは、よっぽどであった。
優奈が滑って頭を抱えると、周りから笑いが起こる。
ジョークは滑ってしまったが、代わりに滑り芸が受けていた。
笑いが収まったところで気を取り直して、切断を行う。
優奈の主導で切り落として行くのだが、美咲はやはり、やるとなったらしっかりやるタイプのようで、退くことなく頭部の切断を最後までやり切った。
続けて内臓の摘出も円滑に済ませ、作業を完了させる。
「上出来です。処理はこれで完了だから、戻っていいですよ」
作業の終了を受け、優奈と美咲は皆のところへ戻る。
すると、横に居た麻衣が優奈に言う。
「優奈、あんた凄いわ」
「そう?」
周りの子達は若干引いてはいたが、その瞳には自分達が到底できないことをやりきった二人に対しての、尊敬の念が含まれていた。
「野菜の栽培と食肉の解体が終わったので、お待ちかねの調理ルームへと行きましょう」
教師ロボットに連れられ、今度は施設内の調理ルームへと移動する。
調理ルームはお店のキッチンみたいに調理器具が並んでいる訳でもなく、拓けた広間のようになっていて、端に肉を焼くロティサリーやコンロ、食器が置かれたテーブルがあるだけだった。
先ほど収穫した野菜や解体した牛も五年生の子達と一緒に運ばれて来ており、運んできた作業ロボットが早速調理の準備を始める。
解体した肉はロティサリーにセットして丸ごと焼く。
野菜はカットしたりなどして、それぞれ食べれるように調理して行く。
「はい、みんな。お皿を取って。今日のお昼ご飯はここで食べましょう。バイキング形式になってますから、好きなものを取ってきていいよ」
肉は焼けた部分から削ぎ落とし、野菜は既にそのまま食べられるものもあったので、すぐにでも食べ始められるようになっていた。
五年生の子達はお皿を取り、それぞれ好きな食べ物を装い食事を始める。
普段は食事を楽しみにしている皆だが、先ほど解体ショーを観たせいで、その表情は思わしくない。
「あんなの見せられた後じゃ、食欲なんて沸かないわ」
お皿を片手に麻衣がぶちぶちと文句を言う。
「気にし過ぎじゃない? 肉が解体されて提供されてるのなんて、ここに来る前から知ってたでしょ」
「そりゃあ知ってたけど、実際に見ると、ねぇ?」
麻衣は同意を求めるように隣の智香を見る。
だが、智香は普通にお肉に齧り付いていた。
「え?」
智香はきょとんとした表情で顔を上げる。
「智香は大丈夫なの?」
「私、グロいゲームやりながら夜食食べたりすること、よくあるから」
「あぁ……」
麻衣は微妙な顔をして納得する。
町のゲームは市販のものを未来の技術でリマスターしている為、鮮明でリアルな画質になっていた。
グロテスクなゲームは、よりリアルでエグい描写となっているので、それに慣れ親しんでいた智香には牛の解体シーンなんて、ゲームの一コマと大して変わらなかった。
「麻衣ちゃんも気にせず食べなよ」
優奈は箸で摘まんだお肉を麻衣の口に突っ込む。
「むぐっ」
肉を突っ込まれた麻衣は驚きつつも、一度口に入ってしまった為、仕方なく噛み始める。
「いきなり突っ込まないでよ。……美味しい」
嫌々食べた麻衣だが、噛んでいると口の中に旨味が広がってきた。
「でしょ」
「これ、かなり美味しいわね」
肉の品質は町のものと殆ど変わらない。
麻衣は既に食べ慣れていたが、先ほど味の質が下がった野菜を食べていたせいで、相対的に旨味を感じていた。
麻衣は美味しさに負けて、バクバクと食べ始める。
他の肉を食べるのに難色を示していた子達も、気にせず美味しく食べる子の姿や漂ってくる匂いにつられ、徐々に皆食べるようになっていた。
昼食も盛り上がり、宴もたけなわになってきた頃に教師ロボットが言う。
「今日はこれで終了だから、食べ終わったら勝手に解散していいですよ。それと、告知になりますが、今夜、学校にて肝試しを行います。参加は任意ですので、よろしければ友達同士誘い合わせて来てください」
告知が終わると、五年生の子達はそのことについて話し始める。
「肝試しだって。面白そう」
「私、怖いの苦手。どうしよー」
女の子達の反応は様々で、その子達の会話は優奈の耳にも聴こえていた。
「へー、怖い子もいるんだ。意外」
「そりゃいるでしょ」
「最近の子は幽霊とか信じないと思ってた」
「最近の子って……優奈もじゃない。別に信じてなくても怖いものは怖いでしょ。私も幽霊とか別に信じてないけど、夜中に一人でお墓行けって言われたら絶対嫌だわ」
「なるほど、じゃあ麻衣ちゃんは参加するの?」
「勿論。楽しそうじゃない」
「それは良かった。一緒に回ろ」
怖がっている子も居たが、全体的に期待している雰囲気だった。