69話 登校日
登校日。
夏休みの真っ最中であったが、今日一日は登校しなければならないとのことで、五年生の皆は教室に集まっていた。
「久々の登校ですが、みんな元気にしていましたか?」
「元気でーす」
教師ロボットが訊くと、クラスの子達が元気よく答えた。
「変わりないみたいですね。初めての夏休み、満喫できているようで何よりです」
教師ロボットが話をする中、智香が隣の優奈に小声で言う。
「何だか、学校に来たの久しぶりの気分だね」
智香の言葉に、優奈は軽く笑いながら頷く。
優奈にとっては、ついこの前の感覚だったが、そんなことは言えなかった。
「では、基礎のチェックテストします」
「うえー」
教師ロボットがテストを行うと告げると、女の子達から嫌そうな声が上がる。
「はい、嫌がらないの。せっかく勉強したことを忘れてしまっては意味がないでしょう? これも必要なことだから、ちょっとの辛抱だと思って頑張って」
一般的に登校日にテストなどはしないのだが、学習効率の点から町では行うようにしていた。
五年生の子達は、これまで学習した範囲のチェックテストを行い、理解が低かった部分を中心に復習の授業がされた。
それを終えると、今度は課外授業とのことで五年生クラス全員で自然公園へと移動した。
以前、優奈達がバーベキューをやった場所の少し下に建てられていた一つの建物。
小学校の体育館程度の大きさをしたその建物は、農畜施設であった。
町の動植物が全て人工物である為、女の子達が農畜関係の事柄に触れることがないことから、触れられる機会を作ろうと建造した場所である。
教師ロボットの引率で連れて来られた五年生の子達がまず入ったのは菜園区画。
周囲はビニールハウスとなっていて、地面は平らに整備された土が敷き詰められていた。
「今日は農業体験をしてもらいます。町の食材は食物専用細胞から生成されますが、ここでしてもらうのは皆が知る本来の農業です。まずは野菜の栽培をやってみましょうか」
野菜栽培をやることとなり、皆にそれぞれ農具セットが配られる。
ビニールハウス正面のモニタに映し出された手順に従い、皆は農作業を始めた。
女の子達はまず鍬で、自分の前のところの土を耕す。
「本格的過ぎ。こんな、一からやるなんて……」
麻衣が鍬で耕しながら嘆く。
「偶にはこういうことやるのも、いいんじゃない?」
女の子達もまさか未来の技術で作られた町で、農作業をやることになるとは思っていなかった。
しかし、これは体験学習であるので、勉強として学ばなければならない。
それぞれ自分の前のところが耕せれてところで、次の工程へと移る。
耕された土に肥料を投入し、スコップで混ぜから轍を作り始めた。
「できましたか? できたら、こちらから好きな野菜の種を持ってきて植えてください」
轍を作り終えた子から、教師ロボットのところへ行き、野菜の種を貰って来る。
麻衣も種を貰いに行ったのだが、戻って来た麻衣は手にした種を見ながら首を傾げて歩いてきた。
「貰ってきたけど、トマトの種って、こんなのだった?」
麻衣が優奈と智香に見せたのは、スーパーボール程の大きさの球体だった。
その時、麻衣の疑問に答えるかのように教師ロボットが言う。
「種は体験用に作られた特殊な種だから、みんなが知ってるものとは大分違うと思うけど、そこは気にしないでちょうだいね」
「だってさ」
「ふーん、変なの」
そこで、離れたところから美咲の声が上がる。
「わぁ、すごー」
ざわめきが起こり、麻衣達もそちらを見る。
するとそこでは、美咲のいる前の土から、急速に伸びて大きくなって行く植物が見られた。
その植物は凄まじい速度で育ち、みるみるうちにトウモロコシの実をならせた。
それを見ていた麻衣も驚く。
「すごっ。あれが体験用の種ってこと? 私もやろっと」
麻衣は持っていた種を土に埋め、じょうろで水を掛ける。
すると、すぐに土から芽を出し、美咲のものと同じようにみるみる大きくなって行った。
そうして花が咲き、トマトの実ができる。
「すごーい! 町でビックリすること色々あったけど、これが一番未来っぽいわ」
これまで女の子達は未来的なものを沢山目にしていたが、ロボットなどの機械系のものは技術的なことが外からは分かり辛い為、有り得ない速度で成長する植物の方が技術力の高さを感じることが出来た。
栽培を完了した子がちらほら出てきたところで教師ロボットが言う。
「収穫したものは、こちらの籠へ。マヨネーズやドレッシングがありますので、採れたてを味見してもいいですよ。ただ、成長速度を重視して作られたものなので、味はあまり期待しないように」
収穫できた子から調味料を貰い、それぞれ採れた野菜の味見を行う。
麻衣達も小皿に塩を貰い、採れたトマトを味見した。
「……確かにちょっと微妙な味ね」
「地上のよりはずっと美味しいんじゃない?」
「まぁね。味はまだいいんだけど、これ本当に食べて良いものか不安だわ」
あまりにも早く成長して出来たものである為、身体に害があるのではないかと麻衣は不安を感じていた。
「遺伝子組み換えとか想像しちゃうよね。でも、この野菜って、ずっと未来の技術で作られたやつだから、そんな心配ないでしょ。第一、危険なものを先生達が出すはずがないよ」
「それもそうね」
町のことを信用していた麻衣はすぐに納得した。
するとそこで美咲がやって来る。
「優奈、ポン酢いるー?」
美咲は手にしたポン酢のボトルを見せる。
「いや、私らのところはトマトやキュウリだから」
「じゃあ、こっちでとったの分けてあげる」
そう言って、美咲は抱えていたトウモロコシやキャベツを優奈達に渡してくる。
「ありがと。でも、ポン酢ははいいや」
「お酢マニアじゃなかったの?」
「ラーメン屋で一回かけただけじゃん。昔ならポン酢一択だったけどさ」
前に行ったラーメン屋でお酢を多めにかけたことから、優奈はお酢好きの印象を持たれていた。
「そうなの?」
二人の会話を聞いていた麻衣が優奈に訊いた。
「前は酢中毒だったというか身体が求めてたんだよ。身体が老化……じゃなくて劣化して弱って来ると、お酢ばっか食べたくなるから。あ、今は身体治ったから心配しなくていいよ」
「……優奈ってさ、何気に過去のこと言わないわよね。町に来てから長い間一緒にいるけど、未だに町に来た理由が全く見えないわ」
「それは、まぁ。あはは」
優奈は笑って誤魔化す。
「みんな色々あるから、詮索はしないけど」
口ではそう言う麻衣だが、その言葉にはもっと自分達を信用してほしいという気持ちが顔に出ていた。
すると美咲が言う。
「あたしは何にもないよ。施設で勧誘されたから来ただけ」
「施設の時点で、何にもないってことはない気がするけど」
「ここと同じようなもんだよ。身寄りのない子同士で遊んでた。食べるの苦労したり、乱暴な子もいたけど、あれはあれで楽しかったな」
「……」
どんな環境でも、受け止め方によって天国にも地獄にもなる。
美咲は前に居た環境を然程辛い場所ではないと捉えており、あっけらかんとしていた。
その様子から、人に寄って見方はそれぞれであると麻衣は納得する。