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59話 カンチョウ

 それから特に何か言うこともなく、自然に合流した真琴とお喋りしながら歩く。


「見られたのが真琴でほんと良かったわ。他の子だったら、どうなってたことか……」

「あれ、知らない人が見たらヤベーもんな。笑える」

「笑いごとじゃないわよ。もう、考えるだけでもゾッとするわ」


 麻衣は想像して身体を震わせる。

 比較的クラスの中でも仲が良く、これまで何度かふざけた遊びを見せていた真琴だったから、見られたダメージが少なくて済んでいた。


「けど、スカート捲りとか懐かしいな。久々に見た」


 真琴が呟くと、優奈がその言葉に食いつく。


「お、真琴ちゃんのところはやってたの?」

「男子がよくやってて、スカート履いてる子を怒らせてた。あたしはやってないけど、カンチョウはしてたから、昔はよく一緒に追い掛け回されてたな」


 真琴は懐かしそうに話しながら手をカンチョウの指にさせた。


「それはできるんだ?」

「あー、どうだろ? 三年の時、先生に怒られてスカート捲りもカンチョウも禁止になったから、今できるかは分からないけど」


 真琴がみんなの下半身に視線を移すと、麻衣は即座に手でお尻を隠す。


「試さないでよ?」

「しない、しない。カンチョウ結構危ないみたいだから。肛門は弱いから簡単なことで大怪我になるって、先生に怒られた時、散々言われた」


 その言葉に優奈が補足する。


「肛門はやばいよ、うん。痔とかちょっとしたことでもなるし、大したことないと思って放っておくと、知らない間に悪化して、ある日突然動けなくなるくらいの激痛で即手術入院。ほんと、あの時は大変だった」


 優奈は昔を思い出してしみじみとする。

 曾ては優奈もおっさんであったので、色々と身体の不具合による経験はしていた。


「優奈、痔だったん?」

「あ、いや……ええっと、私じゃなくて親戚のおじさんが」

「……ほんとに? 別に痔でも揶揄ったりしねーよ」

「ほんとほんと、この身体はまだ一度も痔になんてなってないから」

「そう?」


 優奈は他人の話にして誤魔化した。

 必ずしも隠さないといけないことではなかったが、それは優奈が少女に生まれ変わる前の事である。

 あまり話すと、知られていった経歴に齟齬がでてしまう恐れがあることから、不必要に過去を話すことはしたくなかったのであった。


「話を戻そ。カンチョウの話だったよね。強くやるのは危ないけど、軽く、つつく程度にやるなら全然大丈夫じゃない?」

「そんなんじゃ大してやる意味なくね? 怪我しないのはいいけど、ダメージ受けないと攻撃にならねーじゃん」

「ふふふ、それなら弱い力でも効果的にダメージを与えられるやり方があるよ。ちょっとコツがあって、普通に肛門を狙うんじゃなくて、もっと下から突き上げるように……」

「どこにやらせようとしてるのよ!」


 教えようとする優奈に、麻衣は透かさず突っ込みを入れる。

 そこは別の意味でアウトな場所だった。


「馬鹿じゃないの。そっちの方が危ないわよ」


 優奈に怒る麻衣だが、それを見ながら真琴は首を傾げる。


「また変態ネタ? 今のは、あたしには分かんなかったんだけど」

「ごめんごめん。ちょっとレベルが高すぎたね。ドスケベじゃなないと理解できないネタだった」

「誰がドスケベだって!?」


 優奈の言葉で麻衣は益々怒りのボルテージを上げる。


「大体ねぇ、最近私の事おちょくり過ぎじゃないの? この前だって理沙さんと一緒になって色々言ってくれちゃって」

「いやぁ、理沙ちゃん結構ノリがよくてさ」

「やられる身にもなってよね。あの日はあれで、どっと疲れたわよ」


 麻衣が文句を言う最中、真琴は気配を消してこっそりとその後ろに回り込む。

 そして麻衣の後ろでしゃがみ、笑みを抑えながら手をカンチョウする形にした。


 その様子を智香は特に何も言わず、無言で見ている。


「ほんといい加減にしなさいよ。そんなことばっかやってると私も、はうっ!?」


 喋っていた麻衣は突然陰部に刺激を受けて跳び上がった。

 股を押さえて振り向くと、そこでカンチョウの手をさせた真琴を認識する。


「ななな何してんの!?」


 驚愕の表情で問いただす。

 とても軽くだったが、先程優奈が教えた位置にクリティカルヒットしていた。


「できるかどうかちょっと試しに」

「さっき、やらないって言ってたじゃない!」

「そう思ってたけど、麻衣のこと見てたら何かやりたくなって」


 真琴がそう言うと、優奈が同意する。


「分かる。麻衣ちゃんって何かちょっかいかけたくなるよね。弄られキャラってやつ?」

「そんなキャラ嫌よ!」

「いいじゃん。みんなに愛されてるってことだよ」


 優奈は悪びれる様子なく言う。

 大体は話の流れで自然とちょっかいをかけてしまう形となっていたが、そのやり取りに優奈は楽しさを感じていた。


 しかし、そこで智香が口を開く。


「あんまりそういうの良くないんじゃないかな。遊びだと思っても、やられた人が嫌だと思ったらイジメになるって言うし」


 その言葉で優奈はハッとする。


「確かにそうだ。私は何をしてたんだ……」


 優奈は身体を崩れ落ちるようにして地面に膝をつき、項垂れる。


「え? え?」


 突然激しく落ち込みだし優奈に、麻衣達は困惑する。


「ごめん、麻衣ちゃん。嫌だったよね。私、どうかしてた。許してとは言わないけど、本当にごめんなさい」


 優奈は地面に頭をつけ、土下座して謝る。


「ちょっ、大げさっ。そこまですることじゃないでしょ」

「最近、楽しくて初心を忘れてた。いくら仲良くなれても嫌な思いさせたら意味ないよね。何でこんなことしちゃったんだろう……」


 優奈は激しく後悔する。

 女の子を助ける為に町へと勧誘したのに、嫌がることをしてしまっては本末転倒だった。

 初めの頃は楽しみつつも慎重に接していたが、今の生活に慣れてきたことから、良くも悪くも気遣いなしで接するようになっていたのだ。


 猛烈に反省している優奈の様子を受け、真琴も麻衣に謝り出す。


「あたしもごめんな。ちょっとやり過ぎたかも」

「真琴まで謝らないでよ。私、そこまで怒ってないから。ほら、優奈も頭上げなさいよ」


 大げさに落ち込む優奈に加え、真琴まで謝り出して、麻衣は困ってあたふたしていた。

 頭を上げるよう言われた優奈だが、上げることはせず、そのまま言葉を続ける。


「でも、傷つけたことは事実だし。嫌がることをやるなんて最低だ。私は自分のことが恥ずかしい。麻衣ちゃん、もう二度とやらないから、どうかこんな私でも嫌いにならないで」

「それくらいでならないわよ。それに……別に弄られるのそこまで嫌って訳じゃないし」


 麻衣が少し照れくさそうに言うと、優奈が顔を上げる。


「本当に?」

「本当、本当」

「じゃあ、また弄ってもいい?」

「えっと、偶になら」


 麻衣がそう答えると、半泣きだった優奈の顔が笑顔になる。

 そして飛びつくように麻衣に抱き付いた。


「わーい、麻衣ちゃん大好き」


 そう言いながら顔を寄せる。


「ちょっ、どさくさに紛れてキスしようとしてんじゃないわよ」


 今の今まで激しく落ち込んでいた優奈だったが、麻衣に励まされ、すっかり元気を取り戻したのだった。




 落ち着いたところで真琴が言う。


「結局、さっきのはネタか何かだったん?」

「えぇ!? ネタなんかじゃないよ? そんな風に見えた?」


 優奈は心外だと言わんばかりに答える。

 優奈の態度の変化があまりにも早かった為、演技と疑われても仕方のないことだった。


 真琴の言葉を受け、麻衣も態とらしく疑いの目を向ける。


「疑わしいわ。今思うと、全部演技だったような気がしてきた」

「酷い。本気で反省したのに」

「はいはい、分かったから落ち込まないの」


 麻衣は小さい子に言うように優奈を宥めすかす。

 何だかんだで仲のいい二人だった。

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