56話 台風の校庭
ビニール袋で暫く遊んだ女の子達は場所を学校に移し、校庭端の遊具で遊ぶ。
普通に遊具を使って遊んでいるだけであるが、台風の強い風を受けながらの遊びは普段とは一味違うように感じるようで、女の子達は大燥ぎしている。
特に風を感じる遊具はその傾向が強く、回転遊具は心なしかいつもより早く回転しているようだった。
ブランコも大きく漕げる感じがするようで、乗っている女の子は燥いで激しく漕いでいる。
ブランコに乗っていた麻衣も、他の子と同じようにパンツが見えることなど気にせず、スカートをはためかせながら楽しそうに漕いでいた。
恥ずかしさよりも楽しさが上回った結果である。
無邪気に燥ぐ女の子達は普段の自立した大人らしい面影はなく、実に子供らしい姿であった。
遊具の前で、優奈と美咲、真琴の三人が手を繋いで円となって回転する。
「うおおお、人間洗濯機ー!」
三人は全力で横に走ってぐるぐると回っていた。
そこで不意に美咲が手を離す。
すると、円が崩壊し、遠心力で三人は外へと飛ばされる。
「どわああああ」
三、四歩後ろに下がり、倒れそうになるのを三人は足で踏んばって耐える。
そして体勢を戻した美咲と真琴は笑う。
「楽しー!」
「ははは、何やっても楽しいな」
二人も台風でテンションが上がっていた。
だが、一人優奈は疲れた表情で息を切らせる。
「ぜぇぜぇ……。疲れたから、私ちょっと休憩……」
「優奈は相変わらず体力ないな」
「歳には勝てんくての」
「おばあさんか」
遊びを続けようとする二人を置いて、優奈は遊具隣にある休憩所へと移動する。
「みんなパワフルだなぁ」
遊具で遊ぶ女の子達を見ながら、優奈はベンチに座る。
体力自体は他の子達と大して変わらなかったが、精神年齢による気力の違いからか、皆よりも一足先に疲れを感じていた。
「しかし、台風で遊ぶというのは盲点だった。……そういえば子供の頃、台風の日は何かテンション上がってたな」
優奈は昔の感覚を思い返して感慨に耽る。
台風の日に外で遊ぶというのは子供ならではの発想であった。
優奈が休憩所で無邪気に遊ぶ女の子達をにこやかに眺めていると、そこに麻衣がやってくる。
「何一人でぼーっとしてるのよ。遊ばないの?」
「みんなを鑑賞中。いい目の保養になるよ」
その言葉を聞いて麻衣は呆れ顔になる。
「アホなことしてるわね……。そんなの見て、一体何が楽しいのかしら」
「可愛い子を見て、心を癒されるのもいいもんだよ。水も滴るいい女ってね。今はあんまり言わないか」
「下級生でそう思うのはまだ分かるけど、同級生で思うのは止めなさいよ」
「えー、みんな可愛いいじゃん。麻衣ちゃんも可愛いよ?」
「またそんな気障なこと言って。あんまり変なこと言ってると、その変な趣味バレるわよ」
「バレたらバレたでいいよ。私は」
知らない子相手にはスキンシップを装って楽しんでいた優奈だったが、徹底的に隠し通そうとまでは思っていなかった。
麻衣と智香に早々に暴露したのも、それ故である。
「止めときなさいよ。私や智香は優奈のこと理解してるから普通に接してるけど、他の人は知らないんだから。危ない人だと思われて避けられるようになるわよ」
「え……それは困る。というか悲しい」
堂々としていた優奈はトーンダウンする。
少女への愛が強いだけに、避けられるというのは一番のダメージであった。
「だったら、抑えめにしておきなさい」
「自重します(……今はまだね)」
優奈は素直に忠告に従うことにする。
現段階では他の子達に受け入れられない為、大人しくしておく他なかった。
二人がそんなことを話していると、そこで小学校の敷地を囲う柵を登っていた美咲が皆に向かって声を上げる。
「ねーみんなー。ここ、全然風吹いてないよー」
美咲は敷地の向こう側に手を出して確かめるように振る。
小学校の隣は工事現場となっていた。
風のカーテンによりその場所だけは台風の影響がない為、台風真っ最中であるにも拘わらず、そこでは作業ロボット達が普通に建設作業を続けていた。
柵の上に跨る美咲へ向け、優奈は声を上げて言う。
「そこ危ないから気を付けるんだよー」
「はーい、腕折らないようにするー」
美咲の返事に、麻衣が笑う。
「一本取られたわね」
美咲は柵を乗り越えて工事現場の中へと侵入する。
そこは風が吹き荒れていた校庭とは違い、一切の風が感じられず、雨も一粒たりとも振っていなかった。
「おおー、雨も風も全然ない」
空を見上げた美咲は両手を上げてくるくると回る。
しかしそこに作業をしていたロボットが慌ててやってくる。
「ここは立ち入り禁止です。直ちに敷地の外へと出てください」
「あっ、ごめんなさーいっ」
注意された美咲は慌てて柵を登って工事現場から退散する。
傍若無人な美咲もロボットの言うことはちゃんと聞くのであった。
校庭に戻ってきた美咲は見ていた優奈達に誤魔化し笑いをする。
「怒られちった」
「そりゃそうだよ。まさか入るとは思わなかったから止め損ねた」
「あそこだけ変わってたら入りたいじゃーん。大丈夫そうなところ選んで入ったんだけどなぁ。あれは何作ってるんだろう? 結構大きいの作ってたけど」
「幼稚園だよ。次の受け入れは下の年齢を幅広く受け入れるらしいから、その準備だって」
「おぉー。新しい子来るんだ」
「もうすぐ夏休みだから二学期以降になるけどね。でも今度は四年生以下の子が各年齢約二十人ずつ一気に来るらしいから、大分賑やかになるよ」
「楽しみー」
テンションが戻った美咲は燥ぎながら遊具の方へと走って行った。
「相変わらず何でも知ってるわね」
「そうでもないよ。私が知ってるのは聞いたことだけ。麻衣ちゃんも、そこら辺のロボットに訊けば教えてくれるよ」
「私は優奈に聞くからいいわ」
めんどくさがってそう言う麻衣に優奈は軽く笑って返す。
優奈が喋るものは、ほぼ開示されている情報である。
告知されないことでもロボットに尋ねれば、大抵は教えてくれるのであった。
「ところでさ。麻衣ちゃんって、下級生の世話するのとか好き?」
「別に好きでもないわよ?」
「そうなの? 麻衣ちゃん、結構世話好きだと思ってたけど」
「目に余ることがある人に口出ししてるだけよ。優奈とか優奈とか優奈とか」
「うぐ……」
日頃の行いに自覚があった優奈は反論できなかった。
「で、それがどうかしたの?」
「いや、ただ次の受け入れで下級生が沢山入って来たら、私達が世話とかしないといけないかなと思って」
「あぁ、それありそうね。進んではやらないけど、任されたらちゃんとやるわよ」
「じゃあ、もし妹として割り当てられたらどうする? みんな身内いないから、今日から義理の妹ですって」
「え、そんなことになったら困るわ」
麻衣は難色を示す。
その表情から、そうなったら本当に困るようであった。
「妹は嫌なんだ?」
「欲しいなと思ったことはあったけど、実際困るでしょ。仲良くやっていける自信ないわ」
「そっか……」
近年は全国的に子供を持つ世帯が減ってきている状況である為、町に受け入れた女の子達の多くは一人っ子であった。
移住にあたり、親を捨て独り身となった女の子達は寂しいだろうと思った優奈は、新しく受け入れた子を義理の妹として割り当てるという案を考えたのである。
だが、麻衣の反応は思わしくなかった。
家族になるということは、深い関わりを持つということである。
赤の他人と家族になるのは容易ではなく、トラブルの元ともなり得るので、麻衣の反応は当然のことであった。
「優奈は?」
「超欲しい」
「……もしそうなったら、優奈の妹になる子が心配になるわ」
義妹を割り当てる案を考えた一番の理由は、自分が欲しいからであった。
しかし、麻衣の反応からも現実的に厳しいことが改めて分かった為、優奈は泣く泣く再検討をすることにした。
二人で座って話をしていると、麻衣が身体を震わせる。
「寒っ、喋ってたら身体冷えてきちゃった」
激しい雨風は身体の温度を急激に奪っていく。
特に二人は遊びを止めて身体を動かしていなかった為、他の子達よりも身体が早く冷えていた。
「凍えちゃうから、戻ってお風呂入ろうか」
「そうね」
戻ることにした優奈は遊具で遊んでいるみんなに向けて言う。
「みんなー。身体寒くなってきてない? あんまり長く遊ぶと身体に悪いから、そろそろ寮に戻ってお風呂入ろうよ」
「「はーい」」
寒さを感じ始めていた子が遊ぶのを止めて、遊具から出てくる。
すると、それに続いて他の子達も遊ぶのを止め、みんなで寮に戻ることとなった。