54話 台風の日
休日のある日。
今日はいつもの町とは少し違っていた。
昼であるにも拘らず、空は暗く淀んでおり、激しい雨と強い風が吹き荒れている。
町の本日の天候は台風となっていた。
気軽に外に出られる天候ではない為、暇を持て余した女の子達によって、寮のラウンジは曾てない賑わいを見せていた。
それぞれラウンジに置いてある漫画やボードゲームで遊んで暇をつぶしている。
そんな中、ラウンジの端で麻衣は一人床に座って何とも言えない表情で漫画を読んでいた。
麻衣の読んでいる漫画は地上で流通されている恋愛漫画であるが、町の検閲によって修正が施され、女の子同士の恋愛話となっていた。
(うーん……やっぱり理解できないわ。おかしいわよ、こんなの……)
麻衣は心の中で文句をつける。
面白いとは全く思わなかったが、それでも読むのを止めることはしなかった。
娯楽として読んでいたのではなく、優奈がそのような趣味であるので、友人として理解しようと努力していたのである。
麻衣が頑張って読んでいると、近くのテーブルで麻雀をやっていた理沙が声を掛けてくる。
「麻衣さん、よくそんなの読むね。面白いの?」
「!? お、面白くなんて全然ないわよ。暇だから仕方なく読んでただけ」
同性愛者と思われては堪らないと、麻衣は全力で否定した。
「ふーん? 暇なら麻雀やる?」
「さっきもみんなに聞いてなかった? 私、やり方知らないからできないわ」
「そうだよねー。麻雀知ってる人、少ないんだもんなー」
小学生で麻雀のルールを知っている子は少ない。
その為、人数が集まらず、理沙達は二人で麻雀をやっていた。
そんな会話をしていると、ラウンジの前を優奈が通りかかる。
それに気付いた理沙が声を掛けた。
「あ、優奈さーん。麻雀ってできるー?」
「麻雀? 多少ならー」
声を掛けられた優奈は理沙達が遊ぶテーブルへと寄ってくる。
「お! じゃあ一緒にやらない? 麻雀分かるの私らしかいないのよ」
「オッケー」
優奈は特に暇だった訳ではなかったが、女の子からお誘いとのことで迷うことなく参加することにした。
理沙達のテーブルの空いている席へと座る。
テーブルの上には乗せるタイプの全自動雀卓が置いてあり、自動で牌の分配などがされていた。
「これ脱麻?」
「? 脱麻って?」
「脱衣麻雀。負けた人が脱ぐルールの麻雀」
「やだー、優奈さん何言ってるのー?」
冗談だと思った理沙は笑って優奈の肩を叩く。
横で会話を聞いていた麻衣も呆れ顔をする。
だがそこで、麻雀に参加してたもう一人の子が言う。
「私、それ聞いたことあるかも」
「え、あるの!?」
知っている子が居たことに、周りの子達は驚く。
「う、うん。親戚の集まりで大人達がよく麻雀やってたんだけど、その時にお金の代わりに脱ぐとか、そんなのこと言ってたことがあった気がする」
「ほんとにそんなのあるんだ。面白そうだからやってみる?」
「ん、いいよ」
理沙が訊くと、その子も了承した。
脱衣麻雀やることになり、優奈はテンションを上げる。
「よっしゃっ。全員ひん剥いてやる」
やる気満々の様子で指のストレッチをし出した。
「わ、凄いやる気。優奈さん麻雀得意なの?」
「いや、そんなに。実は役も全部覚えきれてないくらいの初心者だったり」
その言葉を聞いた麻衣が噴き出す。
「ぶふっ、それ、いつもの返り討ちのパターンじゃない」
威勢の良いことを言っていた優奈が実は初心者だったことが笑いのツボに入り、爆笑していた。
返り討ちにされる可能性を否定できなかった優奈は不貞腐れた顔をする。
「否定はできないけどぉー。二人は?」
優奈は他の二人に尋ねる。
「私もあんまり。ゲームでちょっとやったくらい」
「私は似た玩具やってたけど、麻雀は今日初めて」
「やることないから、やってみただけだもんね」
得意な子は一人もいなかった。
台風で暇を持て余していた為、試しに遊んでいただけであったのだ。
詳しい子は一人もいないが、全自動雀卓のサポート機能により、それほど分かってなくてもやることができていた。
一旦ゲームを仕切り直して、優奈を含めた三人で改めて麻雀を始めた。
理沙が打ちながら喋る。
「さっき、負けた人はどうするか話してたんだけど、賭け事するのってダメだっけ?」
「禁止じゃないけど非推奨。やるのはいいけど、ちょっとでも揉めたら、すぐに先生が介入してくる感じ」
優奈は当たり前のように答える。
既にクラスの間でも物知りキャラが定着しつつあった。
「うーん、賭け事は止めた方がいいかぁ」
「そうそう、お金なんか賭けなくても脱衣で十分だよ」
「そうだね。男子いないから大した罰じゃないし」
優奈の言葉に理沙が同意する。
男がいないので、女の子達は外で衣服を脱ぐことに抵抗がなくなっていた。
そこで、さりげなく優奈の後ろに陣取って麻雀を観戦していた麻衣が言う。
「男がいないのはいいけど、女を失っていってるような気がするわ」
「いいんじゃない? 男子の目とか気にしなくていいから、気楽で生き易い」
理沙はそう言いながらスカートで扇ぐ。
下にズボンなどは履き込んでおらず、パンツが見えるのを全く気にしていない様子であった。
他にも大股を開いて座っている子や上を脱ぎ去っている子も見受けられる。
今日は台風で湿気が高い為、比較的過ごしやすいよう調整されている寮の中でも、熱気を感じさせられていた。
「由々しき事態だわ……」
女の子達がみんなおばさん化している事態を麻衣は憂う。
「でも、男子が一人もいないのはちょっと残念だよね。私ら恋人とか結婚できないじゃん」
「別にできなくてもいいじゃない。そんなのしても何のメリットもないわ」
「えー、麻衣さん恋愛とかしたくないの?」
「全然、全く、これっぽっちも」
麻衣は一切の迷いなく全力で否定した。
「うわ、全否定。恋愛に興味ないとか、麻衣さんって意外と子供だねぇ」
「! わ、私は……!」
軽く馬鹿にされた麻衣は反論しようとする。
しかし、そこで雲行きが怪しくなりそうだと思った優奈が透かさず話に割り込む。
「まぁいいじゃん。男がいなくても、代わりに楽で楽しい生活できるんだから。地上とどっちか選べって言ったらこっちでしょ?」
「そりゃね。この生活捨てるくらいなら、イケメンとの恋愛は涙を呑んで諦める……」
麻雀をやっていた子の一人が、そこに突っ込みを入れる。
「そもそも男子が居ても、私らはイケメンとは付き合えないでしょ」
「それは言わない約束……」
オチがつき、一同笑う。
異性がいないことは移住する時に承知していたことであったので、不満を持つ子はいても不満自体は然程大きくはなかった。
――――
「よっしゃー! ツモったー!」
当たり牌を引いた優奈が両手を上げて大喜びする。
「うわー、私もリーチしてたのに」
負けた子達が悔しがる。
最初のあがりは優奈が持って行った。
「どうよ、どうよ。あがったよ」
優奈は麻衣を煽るように自慢する。
「ムカつくわぁ」
返り討ちにされることを期待していた麻衣は不満げだった。
「麻衣さん、優奈さんの味方じゃなかったの?」
二人の様子を見た理沙が尋ねると、その問いに優奈が答える。
「私に対しての当たりがきついんだよ……」
「あはは、仲良いね。それで私ら服脱げばいいの?」
「うん、一枚ね」
「みんな一枚? 点で枚数変わったりしない?」
「あ、そっか。一緒にすると高い役狙う意味なくなるよね。うーん、どうしよっか。脱衣麻雀のルールは私もあんまり詳しくないんだけど」
「分からないなら早上がり競争でいいんじゃない? どうせみんな高い点狙えるような腕前じゃないんだし」
「じゃ、そうしよっか。という訳でみんな一枚プリーズ」
負けた理沙達はそれぞれ一枚脱ぐ。
「これ靴下も含めていいんだよね? 薄着だから、あんまり脱ぐのないし」
「私なんてワンピースだったから、もう下着だけだよー」
夏日な為、みんな着込んでいる枚数が少なく、一枚だけでも半裸状態になっていた。
「さぁ、どんどんやっていこう」
優奈は半裸の理沙達を見ながら厭らしい笑みを浮かべていた。