51話 トラウマの解消
「そんな事情があったのね。不思議に思ってたけど納得だわ」
あの後、場所を移して麻衣の部屋に集まった優奈達。
そこで真琴は自分の生い立ちを話した。
「隠すつもりはなかったんだけどな。言うと気遣われそうだから言い辛くて」
「そんなの気にする必要ないわよ。この町に来るような子なんて、みんな似たようなものなんだから」
麻衣がそう言うと、真琴はハッとした表情をする。
「そうか。もう隠さなくていいんだ……」
「うんうん、言いたかったら存分に吐き出しちゃいなさいよ」
「あぁ、そうする。いやー、地上に居た頃は隠すの大変でさ。殴られると肌が黄色とか紫に変色するだろ。それが全身で斑模様みたいになるから目立っちゃって、誤魔化す為に態とコケたりしてたんだ。そうやってやんちゃに振る舞ってるうちに、自然と今みたいな感じになっちまったんだけど、昔はこれでも大人しい感じの女子だったんだぜ」
隠さなくていいと分かった真琴は、今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのように暴露した。
しかし、その話を聞いた周りの子達は引いた様子で顔を引き攣らせる。
「あ、あれ?」
微妙な空気になり、真琴は戸惑う。
「ごめん。似たようなものって言ったけど、私はそこまで酷くはないわ」
思っていた以上の境遇だった為、麻衣達は引いてしまっていた。
そんな中、優奈が言う。
「まぁ、今は楽しく幸せに暮らせてるなら、それでいいじゃん。それよりも真琴ちゃんの足枷になっていることが問題だよ。気負わせるつもりはないけど、少しくらいは改善させたいところ」
「そうだな。あたしもみんなと遊べるくらいにはしたい」
真琴も同意する。
先程のことがあって、どうにかしなければならないという想いが強くなっていた。
「協力するわ」「あたしもー」
麻衣達も真琴の症状改善に手を貸すことを申し出た。
「みんな、ありがとう。でも、どうすればいいんだろう? 優奈は気にしないようにするのがいいって言ってたけど、そんな簡単にはできねーし」
真琴は頭を捻らせる。
「先生にカウンセリングしてもらうとかは? 先生なら何とかしてくれそうじゃない?」
「おっ、それいいアイディア。後で先生にお願いして来ようかな」
麻衣の提案に、真琴は乗り気な様子を見せた。
しかしそこで智香が口を挟む。
「それ、大丈夫なの?」
「うん? 何で?」
「えっと……先生と一対一で話すと、怖い思いするかも?」
カウンセリングと聞いてその様子を思い浮かべた智香は、以前個室で説教されたことを思い出してし、思わず口を挟んでしまったのだった。
そんなことなど知らない真琴は、その意味を理解できずに首を傾げた。
事情を知っていた麻衣が軽く笑って説明する。
「智香は前にちょっと先生に注意受けたんだけど、その時、理詰めで淡々と追い詰められて怖かったらしいのよ。しかも逃げられない個室で」
「マジか。そりゃヤダな。ってか智香、何で注意受けたんだ? 前に一度遅刻したこととは違うよな?」
外向けの真面目な智香しか知らなかった真琴は意外に思って尋ねた。
すると、麻衣と智香、優奈の三人は訊いてくれるなと言わんばかりに視線を逸らす。
その反応で触れてはいけない話題であると真琴は察し、話を戻すことにした。
「あーっと。カウンセリングどうしようかな。効果はありそうなんだけど……。優奈、どう思う?」
「うーん……何とも言えない。カウンセリングで問題をなくすことはできると思うけど、考え方を変えさせるくらいのことをするというのは、もう洗脳みたいなものだからね。問題解決の為とはいえ、心を無理矢理変えることが良いのか悪いのか。真琴ちゃんが承知のうえで望むって言うなら、私は反対しないよ」
優奈は理由が何であれ、強引に心を変えるというのは好ましく思わなかった。
だからこそ、女の子達には一般的な教育の範囲内に留め、手間暇をかけて町の運営をしていたのである。
もしもそこに拘っていなかったら、この町は統制された女の子達による機械のような町になっていたであろう。
「洗脳されるのはちょっと……。やっぱりカウンセリング頼むのは止めておくわ」
洗脳と聞き、臆した真琴はカウンセリングを受けることを止めた。
「何かいい方法があればいいけど。とりあえず境界線でも探ってみる?」
「境界線って?」
「どっからがダメなのか。例えば、叩くのは無理でも、触るのはできるでしょ。叩くのと触るのって、ただ強さが違うだけだよね」
「確かに。どっからがダメなんだろう」
「叩くだとやり辛いだろうから、ハグからの相撲で調べてみようか。相撲なら力入れすぎても痛くないし遊びになるレベルにどれだけ近づけるかも確認できるしね」
「ああ、宜しく頼むよ」
真琴は優奈の言葉に納得し、二人揃って服を脱ぎ始める。
麻衣と智香は優奈に下心があることに感付いていたが、やる理由が理由だけに止めることはしなかった。
パンツ一丁となった二人は向かい合って立つ。
「さ、まずは優しくハグする様に抱き付いて」
顔を僅かににやけさせた優奈は両手を広げ、受け入れ態勢を取る。
「おう」
優奈の下心になど全く気付いていない真琴は、真面目な表情で優奈に抱き付く。
それは言われた通り、優しく包み込むようなハグであった。
肌が触れ合い、優奈の顔は一層緩まる。
「おーいえ」
「? 何か言った?」
「ううん、何でもない。じゃあ、徐々に力入れて行こうか」
「了解ー」
指示に従い、真琴は腕の力を少しずつ強めていく。
優奈も合わせるように力を入れてお互いに抱き合う。
(おほっ、おほほほほ)
真琴の肌の感触を全身に受け、優奈は心の中で歓喜の声を上げていた。
「お、これ意外といけるかも」
意外と力を入れられていることに真琴は表情を明るくさせる。
抱き付くことを意識してやることで、強く力を入れることができていた。
「うんうんいい感じだよ。じゃあ、そのまま前に押し出してみようか」
「よっしゃ」
真琴は優奈の身体に抱き付いたまま前へと押し出す。
先程と同じように力を強めていく。
優奈は押されて後ろへと足を下がらせる。
「いいよ、いいよ。ちょっと相撲らしくなってきてる」
どんどん押されて行き、優奈は端にあったベッドの前へと追いやられる。
「よし、そのまま押し倒すんだ」
「おりゃ」
後ろのベッドを見て、安全を確認した真琴は言われた通りに押し倒した。
二人は一緒にベッドの上へと倒れる。
「そして、ベッドイン」
優奈は布団を片手で引っ張り自分達に覆い被せた。
だがそこで麻衣が声を上げて立ち上がる。
「こらー!」
そしてすぐさま被った布団をひっぺがした。
「ここ私のベッド! 私の部屋で変なことしないでって言ったでしょー!?」
麻衣のベッドの上で抱き合っていた優奈を怒鳴りつけた。
それに美咲が笑う。
「出たー。変態ごっこ」
すると、智香や巻き込まれた真琴もつられたようにクスクスと笑い出す。
最早、優奈のセクハラはお笑いの鉄板ネタだと思われていた。
相撲での確認は終わり、話に戻る。
「結構いけたな。何か普通に遊べそうな感じだったぞ」
「入りが良かったっぽいね。案外簡単に克服できるかもしれないよ」
「だな。希望が見えてきた」
確認をするだけのつもりでやったことであったが、思いもよらぬ成果を実感していた。
「早く色んな遊びできるようになるといいね」
美咲達も改善の兆しが見えていたことを喜んでいた。
優奈は脱いだ自分の服を漁り、細いベルトを引っ張り出す。
「乱暴事と思わないようにすればいけそうだから、今度はちょっと特殊な遊びで試してみよう」
そう言って真琴にそのベルトを渡した。
「オッケー、これで何すればいいんだ?」
真琴は素直にベルトを受け取り、次の指示を求める。
もう完全に信頼している様子であった。
パンツ一丁だった優奈はその場で勢いよく四つん這いとなる。
「大人の世界には鞭で叩いて喜ぶ遊びがあるんだ。そのベルトを鞭に見立ててやってみてよ」
「え……」
「遊びとして意識しながらやるんだ。遠慮はいらないよ。これは喜ぶことだから。寧ろ気持ちよくなれるはず」
「で、でも……」
SMの知識などない真琴は理解することができず困惑する。
「ほらほら、一気にやっちゃってよ。案外、目覚めるかもよ?」
優奈はお尻を振って誘う。
真琴が躊躇していると、徐に立ち上がった麻衣が無言でベルトを奪い取る。
そして揺れる優奈のお尻に向け、鞭を振った。
「アォッ!?」
突然強く鞭を打たれた優奈は声を上げた。
麻衣は構わず鞭を振う。
「あっ、おうっ……い、いきない強いね。でも、これだけできるなら……って、麻衣ちゃんじゃん!」
振り返った優奈は遅まきながら麻衣に鞭を打たれていることに気付いた。
「真琴に何させようとしてんのよっ。しかも私の部屋でっ。何回言ったら分かるの!?」
麻衣は感情を込めるように鞭を入れる。
「ちょっ、麻衣ちゃんがやったら意味ない。麻衣ちゃんはどちらかというと、される方でしょ」
「誰がMよっ」
「おふっ……麻衣ちゃんってさ、あっちの言葉、結構知ってるよね」
優奈がそう言うと、麻衣は一瞬怯む。
「う……べ、別に自分から調べた訳じゃないわよ。ただ、ネットの広告に引っかかっちゃっただけなんだから」
「間違って広告踏んじゃっても、すぐに戻ればそれで終わりだよね。じっくり読んだんだ?」
「……!」
麻衣は恥ずかしさを誤魔化すように激しく鞭を打ち始める。
「あたっ、ちょっ、これ思っていた以上に痛いからっ」
優奈は這って逃れようとするが、麻衣が後ろから追撃をする。
「喜びなさいよ。やってほしかったんでしょ?」
「いや、私こっちの趣味はなかったみたい」
「そうなの? でも、せっかくだから、その根性叩き直してあげるわ」
「ひぃ、ご容赦をー」
這って逃げ回る優奈を麻衣が追いかけて鞭を打つ。
そのコントみたいな状況に周りの子はまた笑い始めた。
所々でふざける優奈だったが、これは真琴のトラウマ解消という深刻な話である。
しかし、真琴本人は笑いがあって、その方が気が楽であった。
(優奈、みんな、ありがとな)
真琴は一人心の中で感謝する。
成果が出る出ない関係なしに、自分の為に色々考えてくれることを嬉しく思っていた。