5話 町作り開始
優奈はヴァルサを連れて、開発予定地近くへと車を走らせる。
運転は優奈が身長的に難しくなってしまっていた為、ヴァルサに任せることとなった。
万能型のロボットであるので、自動車の運転程度は、お手の物である。
ヴァルサは本体から伸ばしたコードを絡め、手足のようにして器用に運転していた。
不審に思われないよう、車外からは成人男性が運転しているように光学迷彩で偽装をしている。
車を走らせること数十分。
優奈は山奥の廃墟へと到着した。
そこは曾てリゾートホテルだったようで、大きな建物が広く建てられていた。
廃墟となった今では、華やかさもなくボロボロに寂れている。
周りは草木が生い茂っており、民家も何もない。
明かりは優奈の車のライトと、月明かりだけであった。
廃ホテルの前で、優奈を乗せた車が停まる。
「それじゃあヴァルサ、始めちゃって」
優奈がそう言うと、ヴァルサが車の外へと出る。
そして、その身体から伸ばしたコードを鞭のように振り回して、廃ホテルの解体を始めた。
凄まじいスピードで解体がされて行くが、音は全くない。
ヴァルサ本体から発生するノイズキャンセラーで解体の騒音を消していた。
光学迷彩により見た目を誤魔化すこともできるので、万が一誰かが来たとしても気付かれることはない。
騒ぎになるのは、用が済んで優奈達が去ってからになるであろう。
「解体はヴァルサに任せるとして。私は、っと……。ヴァルサ、操作パネル頂戴」
優奈が助手席の窓から顔を出し、ヴァルサに要求した。
すると、助手席の前にモニタが遠隔で表示される。
「こっからが私の腕の見せ所だよね。よーし、女の子達が幸せに暮らせる最高の町を作るぞ」
町の設計は、ヴァルサに任せれば、最適な配置で勝手に作ってくれるのだが、これは優奈の理想の楽園であるので、自分の頭で考えたかったのである。
優奈は自らの理想を体現させるべく、モニタの前で奮闘を始めた。
そして夜が明け、朝が過ぎ、お昼となる。
朝方まで設計を行い、一眠りした優奈は母校である地元の小学校へ赴いていた。
とある田舎にある小学校。
優奈が在籍していた頃は新築だったが、今では所々にボロさが見られる年季の入った校舎となっていた。
今は昼休みの時間のようで、運動場や遊具などで子供達が元気に燥いでいる姿が見られた。
「懐かしい。ここに通っていたのは、もう二十年以上も前か。全然変わっていないな」
光学迷彩により、周りから姿を隠した優奈は、昔を懐かしみながら学校の敷地内を歩く。
その横では、ヴァルサが建物や子供達の着ている衣服をスキャンしていた。
ここに来た目的は、参考資料を作る為である。
町設計や衣服作りをするに当たり、ヴァルサの持っている資料は未来的なデザインのものしかなく、優奈の記憶や発想だけでは限界があった為、実際の資料が必要だった。
ヴァルサを連れ出しているが、解体作業は中断している訳ではない。
解体した材料で作業用ロボットを作り、それを廃墟で働かせていた。
一体作れば、そのロボットがまた新しくロボットを製造してくれるので、労働力は幾何級数的に増えていく。
もう優奈やヴァルサが何もしなくても、開発作業は勝手に進むようになっていた。
「しかし子供の数も随分と減ったな。今在籍してる生徒は何人くらい?」
優奈が尋ねると、ヴァルサが答える。
「ネットに公開されている情報によりますと、現在この小学校に在籍している児童数は五百十六人のようです」
「五百!? 私が居た時は千人以上いたのに」
思っていたより、ずっと減っていたことに優奈は驚く。
少子化ということは分かっていたが、半分は想定以上のことであった。
優奈が卒業してからは精々二、三十年である。
この短期間で半減していたことに、優奈は恐ろしさを感じる。
「日本は一体これからどうなってしまうのだろう。いや、答えなくていい」
優奈はヴァルサが答える前に止める。
これからの日本の行く末はどうあれ、最終的に世界は国とも呼べない人数となって滅びることは知っていた。
「楽園を作ることを目標にしてたけど、将来的なことも考えておいた方がいいのかも」
未来の人間のことなどどうでもいいと考えていた優奈だったが、自分の身近なところでその予兆を目にしてしまうと、流石に多少なりとも危機感を感じざるを得なかった。
その時、かけっこをして遊んでいた一人児童が、優奈に向かってきた。
透かさずヴァルサが間に立つと、児童はヴァルサの身体にぶつかり、倒れる。
「?」
優奈達は光学迷彩により、周りからは見えないようになっていたので、児童は何が起こったのか分からない様子だった。
児童は首を傾げ、走り去って行く。
「走り回ってる子、結構いるから姿消してるのは危ないかな? んー……ここなら別に姿隠す必要もないか。ヴァルサ、私のステルスだけ解除して」
優奈が解除の指示を出すと、光学迷彩が消えて優奈の姿が現れる。
周りが子供ばかりの場所なので、隠さずとも紛れさせることはできた。
だが優奈の姿が視界に入った子や、すれ違い際に顔を見た子が思わず二度見する。
遺伝子から完璧な設計で作られた優奈の容姿は極めて整っており、世間的に見てもかなりの美形に属していた。
子供は美醜を意識することが比較的少ない為、注目を集める程ではなかったが、
それでも紛れているとは言い辛い状態だった。
「……視線を感じる。ま、私可愛いから見ちゃうのも仕方ないよねー」
紛れ込めなかったのだが、優奈は身を隠そうとはせず意気揚々と足を進める。
優奈を認識した子の一部が視線を向けてくる程度だったので、支障はなかった。
「私可愛い、みんなも可愛い。女の子はみんな可愛い。ヴァルサ、スキャンは順調?」
「はい、滞りなく行っております」
「デザイン意外と悪くないから、殆どそのまま転用してもいいかな。あ、でも昔のも欲しいんだよなー。特に衣装に関しては。どっかに残ってないだろうか」
「写真から構造を予測して、再現することも可能です」
「ほー! そんなこともできるんだ。ならネットにある写真で山ほど集められるね。一応、卒業アルバムもチェックしとこうか」
小学校の書庫には、これまで卒業していった子達の卒業アルバムが保管されている為、優奈はついでに寄って行くことにした。
小学校校舎内にある図書室奥の書庫。
生徒は立ち入り禁止の為、入口は施錠してあったが、優奈はヴァルサを使って難なく中へと侵入する。
薄暗い室内には本棚が所狭しと並んでおり、中には様々な書物が敷き詰められていた。
優奈は卒業アルバムが収納されている本棚のところへと移動し、ヴァルサに読み取りを始めさせる。
スキャンを行う横で、優奈も卒業アルバムを適当に手に取ってチェックしていく。
「今と比べても、そこまでデザインは変わってないか。昔の方が気持ち軟らかいというか落ち着いてる気がするかもってくらいのレベル」
二十年以上前の服装であったが、指摘できる程の違いはなく、やんわりとした差異しか分からなかった。
優奈は自分の年代近くだった卒業アルバムを本棚に戻し、もう一回り昔のものを取って見る。
そこに載っていたのは、明らかに地味な服装の子供達の姿であった。
「流石にここまで来ると違いはあるか。んー、でも私の頃のと比べると、そんな違和感ないかも。こうして見るとやっぱり時代は繋がってるんだねぇ」
今と比べると明らかに違っていたが、中間の写真を挟んで見てみれば、時代の緩やかな変化が分かる。
優奈が興味深く写真を眺めていると、その中に下着を丸出しにしている女子児童の姿を見つける。
「パンモロじゃん! え、こんなの卒業アルバムに載せてるの?」
慌てて他の写真も確認すると、所々で下着が大胆に見えているシーンがあった。
「私の時代じゃ、ちょっと写ってるだけでも激レアだったのに……。これが昭和か。天国じゃん」
優奈の時代も今と比べると緩かったが、高学年の子が写真に下着を写らせることは殆どなかった。
それに比べ、この年代の写真は写す側も写される側も気にしている様子なく、当たり前のように下着を出していたのだ。
優奈は昔がどれだけ緩かったのかを思い知らされる。
「無邪気で可愛いな。今はもうみんなババアになってるんだろうけど、この写真の子達は純粋で凄く可愛く見える。こんな子達が溢れる町を作れたらな……」
この時代は今のように情報に溢れていなかった為、余計な情報に影響されることが少なく、
無邪気に過ごす子供が多かった。
正に優奈が求めるような世の中である。
そのような町を優奈は作りたいと思ったが、住民として招き入れるのは現代の子であるので、環境だけ整えても、なかなか思うようにはならないだろう。
しかし、それでも求めざるを得なかった。
密かに町の目指すべき方向性を決めた優奈だが、そこでふと思う。
「そういえば、服の下に隠れてる下着までスキャンできる?」
「写っていないものの再現は不可能です」
「だよね。んー、どうしよっか。昔の写真はパンモロ多いけど、ここまで行くとちょっと古過ぎるからなー。私のコレクションもそこまで多い訳じゃないし」
欲しいのは一昔前の参考データである。
特に下着は優奈好みの白色のものが近年では珍しくなってしまっていたので、どうにかして多くのデータを手に入れたかったのだ。
すると、それについてヴァルサが答える。
「私を使えば、サーバー及びネットに接続されている端末全てから、該当データを取得できます。個人所有のものから警察の押収品まで手に入りますので、それで事足りるかと」
ヴァルサの技術力があれば、厳重に隠されたアングラサイトどころか、ネットに上げられていないデータまで引っ張ってくることができるのだった。
ちょっと恥ずかしい家族写真から盗撮映像、性犯罪の証拠記録など、本来なら目にすることができないあらゆる動画像を手に入れられる為、一昔前の下着が映っているものと限定しても十分なデータ量を見込める。
「その手があったか。ふふふ、お主もなかなかの悪よの」
他人のデータを勝手に盗み取り、性犯罪の記録をも参考データにすることを自ら提案したヴァルサ。
極めて危険な発想であったが、それは優奈の言動や目的に合わせてのことだった。
自分の意志や感情がない為、登録された主に適した思考をするようになっているのだ。
未来の英知を結集させたロボットも、今では優奈の欲望を叶える為の道具に成り下がっていた。