49話 VR魔法少女
やってきた体育館は特に何か準備してあるわけでもなく、無人で何もない状態であった。
体育館の中央に移動したところでヴァルサが言う。
「皆さんには魔法少女となって遊んでもらいます。これより準備の為、体育館内の景色が変わりますが、驚かないでくださいね」
直後、体育館内の壁や天井、床がぼやけるようにして変化する。
瞬く間に変わり、体育館内はメルヘンチックな街並みの広場へとなった。
優奈以外の子達は驚きの表情で周りを見回す。
「何これ、凄い……」
「映像を映しているだけですので、場所が変わった訳ではありませんよ」
光学迷彩により、本物さながらのリアルな風景を映し出したのである。
場所が変わっていない証拠に、メルヘンチックな建物と一体化している体育館の出入口扉の先には、小学校の校舎と繋がる廊下が変わらずあった。
「続いて、皆さんの衣装も変えましょう」
ヴァルサがそう言うと、優奈達の衣服も同様に変化する。
そして成ったのは、リボンやフリルなどが沢山付いたカラフルな魔法少女風のドレスであった。
「おぉー」
麻衣達は自分の服を確かめるように触る。
リボンなど元の服にない部分は手がすり抜けるが、振動や揺れによって恰も本当にあるような動きをしていた。
「どうですか? それが魔法少女の衣装です。あとはステッキが必要ですね。少々お待ちください」
優奈達を待たせ、ヴァルサは体育館倉庫へと入って行った。
そこで麻衣が優奈や智香に耳打ちする。
「魔法少女だって。ちょっと恥ずかしいわね」
魔法少女は一般的に女子児童向けのものであったが、思春期を迎えた子は子供向けのものを避ける傾向にあった。
体育館倉庫に入ったヴァルサはすぐに戻ってくる。
その身体から伸ばしたコードの手には五つのバトンが抱えられていた。
優奈達の前に戻ると、そのバトンを一人一本ずつ受け渡す。
全員に行き渡らせたところで、館内や衣服と同じように変化させる。
バトンはあっという間に派手な装飾の杖となった。
「そのステッキを振りますと、それぞれ対応した魔法が出ます」
ヴァルサがそこまで言うと、美咲がすぐさま杖を振る。
すると杖の先に魔法陣が浮かび上がり、そこから稲妻が放たれた。
「おぉー、凄い凄いー」
美咲は大興奮して杖を振り始めた。
それを見て他の子達も杖を振る。
麻衣の杖からは炎が、智香の杖からは水流が、真琴の杖からは小さな竜巻が、優奈の杖からは小岩が出てきた。
「振り方によって出てくる魔法のパターンも変わります。今回はお試し簡易版とのことで視覚効果のみですが、他人に向けてはやらないように。ただ、宙にやるだけではつまらないでしょうから、モンスターをお出ししましょう」
直後、前方に巨大な丸っこい物体が現れる。
その物体は半透明なゼリー状をしており、所謂スライムのモンスターであった。
モンスターが出てくるとすぐに美咲はそこへ向けて杖を振る。
「よーし、やっちゃうよー。えいやー」
杖から稲妻が走り、モンスターを貫く。
攻撃を受けたモンスターは激しく揺れ動く反応を見せた。
「わぁー」
その反応に美咲は目を輝かせ、モンスターに向かって次々と魔法を放ち始めた。
麻衣や智香、優奈も後に続いて魔法を放ち出す。
だがそんな中、真琴だけは浮かない顔をして動かずにいた。
そこにヴァルサが声を掛ける。
「これもダメでしたか?」
「あっ、だ、大丈夫です」
一瞬ビクッとした真琴は取り繕うようにして言った。
「気に入らないものを無理にやる必要はありませんよ」
「いえっ、気に入らないって訳では……」
「これは任意でやってもらっていることですから、見学でも全然構いません。今回は皆が楽しめるようデータ収集を目的としていますので、素直な反応をしてくれた方が私としても助かります」
「……じゃ、じゃあ、見学します」
「すみませんね。次があるかはまだ分かりませんが、あれば今度は真琴さんも楽しめるものにできるよう努力いたします」
「いえいえいえっ、悪いのはあたしなんで」
そのやり取りが耳に入った美咲が声を上げる。
「えー、真琴やらないの?」
「遊びにも好みがありますからね。仕方ありません」
「悪いな。あたしに気にせず楽しんでてよ」
ヴァルサと真琴がそう言うが、美咲は不満そうな表情をしていた。
「では、私が居ては気兼ねなく遊べないでしょうから、これで下がらせてもらいます。人がいなくなると終了するようになっていますので、飽きましたらそのまま帰って構いません。あと最後に、今回テスターをやってもらうのは貴方達だけですから、ここでのことは他の子には内緒でお願いしますね」
それだけ言ってヴァルサは体育館から去って行った。
ヴァルサが居なくなったところで美咲がぼやく。
「こんなチャンス滅多にないんだから、真琴もやればいいのに」
「まぁ管理者も言ってたように趣味は人それぞれだからね。無理にさせる事ないよ」
美咲は相変わらず不満そうな顔するが、諦めたのか遊びに戻っていく。
優奈も遊びに戻ろうとしたところで、麻衣に視線が向く。
麻衣はさりげなくポーズを決めながら、とても楽しそうに杖を振っていた。
優奈はそんな麻衣に近づいて声を掛ける。
「何だかんだ言ってノリノリじゃん」
すると顔をニヤつかせていた麻衣はすっと表情を消す。
「え? 何言ってるの? 普通よ普通」
「またまたぁ、思いっきり楽しんでたじゃん。ポーズまでとって」
「見間違いじゃない? 私はただ普通にやってただけよ」
麻衣は平然とした顔で恍ける。
しかし、先程楽しんでいた姿は優奈の記憶にはっきりと残っていた。
「ふーん。データ取るって言ってたから、今度管理者に会ったらどんな様子だったか教えてもらおうかな」
「う……。分かったわよ。幼稚園児ぐらいの時にこういうのになりたいって思ってたことあったから、思い出してちょっと燥いじゃっただけっ。悪い?」
言い逃れできないと悟った麻衣は吹っ切れたように白状した。
「ううん。可愛い」
「くぅ……」
馬鹿にされること覚悟だったのに可愛いと返され、麻衣は怒ることもできず赤面するしかなかった。
「麻衣ちゃん、今日もカメラ持ってきてるよね? せっかくだからその姿、写真に撮らせてよ」
「絶対に嫌だわ。私の黒歴史増やす気でしょ」
「黒歴史なんかじゃないよ。麻衣ちゃんのその姿、凄く可愛い」
「そんな言葉には騙されないわ。撮りたいなら自分の姿でも撮ってなさい」
そんなことを喋っていると、少し離れたところから美咲が呼び声をかけてくる。
「優奈ー、麻衣ー、見て見て。立ちション」
美咲は智香と交換した水の杖を股に挟み、それを振って激しく放水させていた。
その下品な姿を見た麻衣は呆れ返る。
「下品極まりないわね……」
呆れつつもその顔には笑みが浮かんでいた。
麻衣はポケットからデジカメを取り出し、美咲の方へと向ける。
「撮るべきなのはこっちね」
立ちションポーズで放水する美咲の姿をレンズに収め、シャッターを押した。
そして撮れた写真を見て笑う。
「これは酷いわ。後で見せてやりましょ」
写真を撮られたことには気付かず燥いでいる美咲を横目で見ながら、麻衣はほくそ笑んでいた。
「美咲ちゃん、智香ちゃんと杖交換したんだね。私達も交換する?」
「優奈のはいいわ。言っちゃ悪いけど、それ石投げてるだけじゃない」
優奈の杖は小岩が出てくるだけであったので、非常に地味であった。
「これは適当に振ってただけだから。ちゃんと振れば凄いの出ると思うよ。例えば下に溜めて……」
優奈は杖を下に構え、溜めのポーズをとる。
そして下から上へと振り上げた。
すると、それに合わせて巨大スライムの真下の地面が鋭く隆起して、その身体を貫く。
「続けてー」
優奈は杖を上げた状態で溜めのポーズをとり、下へと振り下ろす。
すると今度は、空から大きな隕石が出現して、巨大スライムの頭上に降り注いだ。
その魔法を見た美咲と智香が驚いて優奈達のところに寄ってくる。
「凄ーい! 何それー!?」「今のどうやるの?」
「溜めて振るとできるよ。こうやって構えた状態で少し間を置いてから、こう」
優奈が説明しながらまた同じ動作をすると、再び隆起した地面が巨大スライムを貫いた。
隆起した地面はすぐに砕けて消滅する。
「おー!」
美咲が真似して溜めの動作をつけて杖を振る。
すると、魔法陣から大量の水が発生し、津波となって巨大スライムに襲い掛かった。
波はあっという間に通り過ぎ、消えていく。
「できたー」
美咲は喜び、色んな振り方を溜め付きの動作で試し始める。
智香も同じようにやり始めた。
「優奈、やり方知ってたの?」
初めてやる遊びで然も当然のように出した優奈を、麻衣が疑問に思って尋ねた。
「適当に大技っぽいやり方やってみたらできただけ。まぐれじゃなくて大体こういうのって、そんな感じで強いの出るじゃん。ゲームとかで」
「へー、そういうものなのね。じゃ、私もやってみよっと」
麻衣は自分も早くやってみたかった為か、あっさり納得して、溜め技で遊び始める。
派手な演出に、麻衣達はより一層テンションが上がっていた。