48話 アトラクションのテスター
寮の隠し部屋。
優奈はモニタを前に、次の受け入れについての計画を立てていた。
「受け入れてから一ヶ月ちょっと。特に支障を来すようなトラブルもなく、皆安定している。これなら今度はもっと多く入れても大丈夫そうかな」
以前の環境から、心に問題を抱えている子はいるものの、それが大きな問題に発展するようなことはなく、皆穏やかに暮らしていた。
喧嘩やイジメなどもなく、不満が燻っている様子もない。
極めて安定しており、町の生活環境に問題はないと判断するには十分であった。
「とはいえ、今は時期的にあんまりよくないから、受け入れは二学期以降か」
今は七月の初旬、夏休みまではもう間もない。
急いで準備を進めても、受け入れは夏休み真っ最中か直前になってしまう。
そうなると夏休み中に登校させることでもしない限り、町で暮らす最低限のルールや生活指導など、必要な指導を行う時間が取れないのである。
夏休みを延期、若しくは潰してしまうと、新しく来た女の子達の不満に繋がりかねないので、それはできなかった。
円滑に受け入れを完了させるには二学期以降にするのが必然である。
「時間に余裕もあることだし、次は下の年齢を揃えることにしようか。町としてやっていくなら、幅広い年齢の子達を管理できないといけないしね。人数は初回受け入れの五年生に合わせて、四年生以下の全年齢に二十人ずつ……は、ちょっと多いかな? 数を揃えておいた方が何かとやり易いんだけど……うーん、まぁいいや、とりあえず入れちゃおう。人手はいくらでも作れるから、問題が起こったらその都度対処させればいい」
優奈はモニタを操作して開発の指示を出す。
乳幼児も受け入れる為、専用の施設や育児サポートをするロボットが新たに必要であった。
とはいえ、それらを作ることは初めから決まっていたので、既に準備はほぼ済ませていた。
「で、問題なのは小さい子達についてなんだけど」
前回行った勧誘では、自分の意志で移住を決断することが受け入れの大前提であった。
未練を断ち切り、受け入れ後の不満を抑える為には重要なことである。
しかし次の受け入れは、前回受け入れた五年生の子達よりも年齢が下で物心がついていない子も含まれていた。
意思決定能力が不十分な子相手に、決断を求めることはできない。
回収時に嫌がる子は除外するにしても、厳格な意思確認はなしにするしかなかった。
「幼ければその分刷り込み易いから、物心がついていないような子は寧ろそっちの方が安定すると思うけど、中途半端な年齢の子が不安要素なんだよねぇ」
優奈が懸念していたのは、物心はついていてはいるが、はっきりとした意思決定能力を持つとまではいかない子達のことであった。
下手に自我がある為、後々に不満や後悔が出てくる恐れが他よりも高いと思われる。
「対策としては、地上へのネガティブキャンペーン授業の強化と、勧誘の際に姉妹友人を一緒に回収することで、移住の精神的負担を軽減して町に馴染み易くする。それでどれだけ防げるか……。最悪、帰してまた補充すればいいだけだけど、やっぱり一度来た子が帰っちゃうのは悲しいから、できるだけのことはしたい」
受け入れ後の対応や授業方針についても入念に練る。
次の受け入れも、まだ試験的なものであったが、入ってくる女の子にとっては人生に大きく関わる事であるので、優奈は女の子達の為にも最善を尽くすのだった。
そこで優奈は思い出したように声を上げる。
「あ、もう一つ別件でやることがあったんだった」
それは娯楽の技術レベルを上げることであった。
以前、町への要望の話で出ていたものの一つである。
未来の技術を謳っているのに出さないというのは、町への不満に繋がりかねないとのことで、優奈は前向きに検討していた。
「今いる子達の要望は、新しく入ってくる子達が何れ抱く要望でもあるから、後回しにはしておけないよね」
新しい子達の為にも環境を改善することは必要であった。
優奈がモニタを切り替えると、未来の娯楽のデータが出てくる。
「資料通りに作るのは簡単だけど……考えなしに作るのは、ちょっと拙いかな」
技術レベルを上げ過ぎると、今ある娯楽で満足できなくなるなる危険性がある。
それどころか下手すると、一昔前の雰囲気に作り上げたこの町自体に不満を抱いてしまうことにもなりかねない。
「実装するには調整や制限が必要だろうね。んー……ちょっと試して反応を見てみよっか」
――――
運動場の隅にあるバレーコート。
「いくわよ! ヒロミー!」
「ヒロミって誰よっ」
優奈が打ったボールを麻衣が打ち返す。
休日の昼下がりに優奈達は五人でバレーをして遊んでいた。
小学校によっては授業でバレーボールをやらないところもあるので、経験が皆無の子もいたが、少しぎこちないながらも、そうは見えないくらいみんな上手にボールを繋げていた。
これも子供特有の適応力の高さと遺伝子修復による運動神経向上の成果と言える。
戻ってきたボールを智香が弾いて優奈へと飛ばす。
それを優奈はトスして真琴の頭上へ上げた。
「真琴ちゃん、やっちゃいな」
「おけ。くらえー」
真琴が相手側へとアタックする。
しかし、ボールの行く先に透かさず美咲が入り込む。
「よいしょぉー」
美咲は向かってきたボールをレシーブで上へと打ち上げた。
そのボールを麻衣がトスする。
「はいっ」
そして来たボールを前に、美咲が跳び上がる。
「はいぱぁー、アターック!」
美咲は全力でボールを打ち込んだ。
ボールは真琴と智香の間へと飛んでくる。
二人とも対応できる位置であったが、互いを見て躊躇してしまう。
その一瞬で、ボールはコートの中へと落ちた。
「「いえーい」」
点が入り、美咲と麻衣はハイタッチした。
「うわー、しくじった」
失点した真琴達は悔しがる。
真琴達の方が人数は多かったが、バスケットボールの時と同様に、連携ができていないせいで逆に不利になっていた。
麻衣は気分良さそうに笑みを見せながら手で自分を扇ぐ。
「暑いわね」
「暑かったら脱ぎなよ」
そう言う美咲は既に服を脱ぎ去り、パンツ一丁の姿をしていた。
真琴と優奈も上を脱いだりしている状態であった。
「そこまで女を捨てたくないわ」
麻衣はいくら暑くても外でそんな姿をするのは流石に抵抗があった。
智香も外では真面目である為、暑そうにしていても服は脱いでいない。
「ていうか、何でこの暑い中、バレーなんかしなくちゃいけないのよ。もう夏よ」
麻衣は言い出しっぺの優奈に文句を言った。
「夏だからこそ外で遊ぶじゃん。地上みたいに嫌な暑さじゃないからいいっしょ」
湿度も調整されているので、日本の夏特有のジメジメとした暑さではなかった。
「それでも暑いことには変わりないわ。こんな日に汗流して遊んでるの私達ぐらいよ」
「汗まみれだとボール滑って難易度上がるから、逆に面白いと思うよ? レッツ汗だくバレー」
「そんな暑苦しい遊び嫌よ」
文句を言い続ける麻衣に真琴が言う。
「なら、違う遊びに変えるか? あたしは別に違うのでもいいぞ」
「じゃあ違う遊びにしましょ。もう室内なら何でもいいわ」
遊びを変える流れになった為、優奈は慌てて諌める。
「まぁまぁ、まだ始めたばかりだから、もうちょっとくらいやろうよ」
そう言いながら優奈は屈んで脱ぎ捨てていた服をごそごそと弄る。
「ちょっとってどのくらいよ? まさか優奈、私に脱がせようとしてるんじゃないでしょうね」
「その手があったか! よし、是非続けよう」
「やーよ。そんなことならすぐに場所変えるわよ」
「冗談だって。別にそんな長くは……あ、あれ」
喋っていた優奈は突然何かを見つけたように指をさす。
その先にはこの町の管理者・ヴァルサが居た。
それを見た他の子達は一斉に驚く。
「え、あれ管理者さん!?」
「嘘!?」
優奈以外の子達にとって、ヴァルサと会うのは初日以来のことである。
表には出てこないと言われていた為、現れたことに非常に驚いていた。
ヴァルサは優奈達の前へとやってくる。
「お久しぶりですね。皆さん楽しく過ごせていますか?」
声を掛けてきたヴァルサに、慌てて服を着た真琴が言う。
「はいっ、管理者さんのおかげで毎日とても楽しいです!」
姿勢を正し、とても緊張した面持ちであった。
その態度に影響され、他の子達も畏まる。
授業などで大統領や神のように教えてきた為、女の子達はヴァルサのことを偉大な存在と認識するようになっていた。
「それは何よりです。ところで皆さん。もしお暇でしたら、新規アトラクションのテスターをしてみませんか? 町に新しく未来の遊戯施設を作ろうと予定しているのですが、この時代の皆さんが楽しめるものなのか分からないので、実際の反応を見たいのです」
「未来の遊戯施設!? やるやる、やりたい」
美咲が凄い勢いで食いつく。
その後ろで他の子達も興味を示していた。
「ありがとうございます。では体育館で行いますので移動しましょうか」
テスターをやることにした優奈達はヴァルサに連れられ、体育館へと移動した。