44話 着付け授業
歓楽街にある駄菓子屋横の空地から、竹とんぼが舞い上がる。
「ふわっふー」
その下から竹とんぼを飛ばした美咲と真琴見上げる。
二人の横では優奈達三人がけん玉やヨーヨーで遊んでいた。
「ループ・ザ・ループ!」
優奈はヨーヨーを大きく二度回して手元に戻した。
それを見ていた麻衣と智香が感心して拍手する。
「凄い」
「ふっふっふ。ヨーヨーにはちょっと自信あるんだ」
初めは乗り気でなかった麻衣と智香も何だかんだで楽しんでいた。
その時、村の各所に設置されているスピーカーから教師ロボットの声が流れる。
「集合時間になりました。五年生のみんなは歓楽街北出口に集合してください」
自由時間の終わりを告げる放送が鳴り、女の子達は集合場所へと集まる。
集合場所に全員が集まると、次に教師ロボットは女の子達を連れ、村で一番大きな建物である大和城へと移動した。
村のどこからでも見ることができるそのお城は、村のシンボルとも言える。
外装は木造の日本式の城に見えるが、内部は公的施設のような綺麗な造りとなっており、様々な行事に使える多目的ホールとなっていた。
古来の木造建築を忠実に再現しても、使い道に困ることが目に見えていた為、課外授業や催し用として、このような造りにしたのだった。
城の中へと入った女の子達は、数ある大部屋の一つへと連れて来られる。
そこで本日五時間目の授業である浴衣の着付けが始まった。
教師からの指導を受けた後、部屋の正面モニタに映し出されている着付けの映像を見本に、各自覚えるまで繰り返し練習を行う。
私語は禁止されていないので、女の子達は楽しくお喋りをしながら練習をしていた。
「夏祭りだって。どんなお祭りになるのかしら」
「ここのお祭りだから凄そうだよね」
麻衣と智香が夏祭りについて話をする。
着付けの授業を始める際、夏休みに大和村にて夏祭りが開催されることを告知されていた。
参加の服装は強制ではないが、浴衣の着付け授業はその為のものである。
期待に胸を膨らませてお喋りする二人のその横で、優奈は慣れない着付けに四苦八苦していた。
「優奈、手間取ってるわね。着方分からないの?」
「何か、しっくりこなくて。浴衣とか着たことなかったからかな……」
優奈はこれまで女物の衣服を多く着てきたが、和装は初めてのことであった。
できるだろうと思って事前に練習はしなかったのだが、実際やってみると普段の衣装とは大分勝手が違っていた為、どうもいい具合に着ることができなかった。
「あぁ、浴衣ってあんまり着ないものね。私も着るの久しぶりだわ」
「麻衣ちゃんはお祭りで着たりとかしないんだ? それとも祭り自体行かない派?」
「着るし行くわよ。でも祭りって夏しかないじゃない」
「久しぶりって去年のことかよっ。全然最近じゃん」
思わず優奈は突っ込みを入れる。
優奈の感覚では一年前の事は久しぶりとは言わなかった。
「えー、去年って結構前じゃない」
「出たよ、若者特有の時間感覚。そのうち十年が今の三ヶ月より短く感じるようになるから覚悟しときなよ」
「優奈ってば、また年寄りみたいなこと言ってー」
身体の年齢は同じでも、時間的感覚の差は大きな隔たりがあった。
二人が和気藹々と喋っていると、横から真琴が入ってくる。
「何で祭りは浴衣着るんだろうな。別にいつもの服で行っても問題ないのに、こんなのに態々着替えて」
「そりゃ、雰囲気を楽しむ為によ。浴衣着ると、夏祭りって感じしない? ほら、まだ祭りじゃないけど、みんな浴衣着てるから、もう夏祭りっぽい」
「確かに祭りみたいな感じするな」
「それに浴衣可愛いしね。いつもとは違う恰好でお洒落できるから、私は好きよ」
その言葉で、真琴は先日された着せ替えを思い出して、少し嫌そうな顔をする。
「可愛い服はなぁ。あんまり好みじゃないから、やっぱりあたしはいつもの格好でいいや。動き難いし」
似合わないと言おうとした真琴だが、また優奈に熱弁されては堪らない為、好みじゃないという言い方にした。
そこで近くに居た美咲が、その言葉を聞いて言う。
「これ、足のところ開ければ、意外と動けるよ」
美咲は帯を緩め、太腿が見えるくらい浴衣を広げた。
そして、その場で勢いよく逆立ちをする。
「ほっ」
床に手を突き、上手くバランスを保つ。
だが、そこで浴衣の裾が落ち、お腹まで捲れてパンツが丸見えになった。
そして捲れた布が美咲の顔まで下がり、前が隠れる。
「おおおおお……」
前が見えなくなって、美咲の身体がふらつく。
「ちょっ、危ない」
真琴が慌てて美咲の両足を掴んで支える。
そして腕を安定させたところで、ゆっくりと戻した。
「何やってんだよ。危ねーな」
「いやぁ、まさか前が見えなくなるとは。ははは」
「考えてやれよ。まったく……」
誤魔化し笑いをする美咲に、周りは呆れた様子であった。
その時、今しがたのことを見ていた智香が口を開く。
「そういえば、浴衣や着物着る時って、本当はパンツ履かないって聞いたことあるけど、ほんとかな?」
「えぇ……。どこ情報よ、それ」
突然、変なことを言い出した智香に、麻衣は若干引き気味に訊く。
だが、それに真琴が反応する。
「あたしもそれ聞いたことある。確か前の学校の先生からだったかな」
「え”、ほんとのことなの?」
同じ話を聞いたことがあり、しかもそれが教師からの情報であったことに麻衣は驚く。
最初は信じられない話だったが、一気に信憑性が深まっていた。
そこで優奈が解説する。
「半分正しくて半分間違ってるかな。江戸時代とかは今みたいな履く下着じゃなかったからね。布を腰に巻くだけだから、今の感覚で見ると、履いてないように見えるかも。それに必ず履かないといけないようなものでもなかったし。今でも下着だとラインがくっきり出るから、履かないって人もいるみたいだけど、衛生面を考えたら、つけておいた方がいいよ」
皆、感心した様子で優奈の説明に耳を傾ける。
優奈はすっかり解説キャラが定着していた。
「へー、昔はそんな感じだったんだ。着物で履いてないと、ちょっと変態っぽいよね」
美咲はそう言いながら、緩まっていた自分の浴衣の帯に手をかけて解く。
そして突然両手で前を全開に広げた。
「ばっ」
露出狂がコートを開くようにして、半裸の身体を見せる。
「ほら、こうやって脱ぐ時、履いてなかったら変態の人みたい」
「いや、それはパンツ履いてても十分変態っぽいわよ」
麻衣が冷静に突っ込みを入れた。
美咲は言われて下を向き、自分の姿を見て納得する。
「確かに変態だ。麻衣もこの前、ラウンジで似たようなことやってたよね」
「その話は言わないで……」
麻衣は頼み込むようにお願いする。
優奈に唆され、下着を見せたことは既に黒歴史となっていた。
その時、麻衣の肩がちょんちょんと軽く叩かれる。
麻衣が振り向くと、優奈が自分の浴衣の帯の端を差し出していた。
「ねね。これ引っ張ってみて」
「引っ張る?」
「そ。思いっきりぐいっと」
麻衣は訝しみつつも言われた通りに引っ張った。
すると、優奈は両手を上げ、その場でくるくると回る。
「あーれー」
そしてコマのように回り、倒れ込む。
「……何してんの?」
「知らない? このネタ、結構有名だと思ってたんだけど、最近はやらないのかぁ」
それを見ていた美咲と真琴が反応する。
「面白そう! あたしもやりたい」
「あたしも。美咲、交代でやろおぜ」
二人とも今ので帯回し興味を持った。
そして二人で優奈の真似をして帯回しを始める。
遊び始めた二人を見て麻衣は呆れた様子で優奈に言う。
「また変なこと教えてー」
「いやこれ、浴衣や着物の鉄板ネタだったんだよ。一昔前までは誰もが知ってるくらい」
「いつの時代よ。何でもいいけど、あんまり私に変なことさせないでよね」
文句を言う麻衣。
だが、そこに近づいてきた智香が遠慮気味に言う。
「私もちょっとやっていい?」
「……」
帯回しを知らなかった子達からすると、とても面白そうに見えたのだった。
美咲達のやっているところを見た他の子達も、次第に真似して遊び始め、瞬く間にクラス中へと広がる。
しかし、あくまでも今は授業中であった為、当然のことながら教師ロボットに怒られてしまい、すぐに収束したのだった。