41話 大和村
商店街の隣に新設された地下への階段。
五年生クラスの子達は教師ロボットの引率され、ワイワイと喋りながら下へと降りていく。
今日は課外授業で、本日開通した駅へとやってきていた。
駅の内装は一般的な地下駅と同様に小奇麗で小ざっぱりとした様子であった。
中も地下駅と同じで、ちょっとした売店の他、軽食店なども設置されている。
町はまだ小さく、態々電車を使って移動するほどではない。
これは町の外へ移動する為のものであった。
外と言っても地上のことではなく、町があるシェルターの隣に掘削された区画のことである。
優奈はシェルターの外に、また新たにシェルターを作ったのだ。
町を広げるよりも、新たに作る方が手間は圧倒的にかかるが、それは景観の為であった。
外のシェルターに作るのは、特色の強い施設や地形のものである。
それらを一つの町に入れると、文化や地域が違う見た目のものが混在し、景観が著しく損なわれてしまう為、隔離して建造することにしたのだった。
教師ロボットの後に続いて、女の子達は改札口を通り、駅のホームへと移動する。
行き先はホーム別に分かれており、途中で停まる駅は今のところない。
乗り換えなどで混乱させないよう、極力利用しやすい仕様にすることを目指していた。
運賃は基本的に無料なので切符は廃止されている。
ただし一部有料の行き先には、出口の改札で往復の運賃を支払う仕組みとなっていた。
とはいえ、開通しているのはまだ一本しかなく、有料の行き先が実装されるのは当分先である。
ホームに来た女の子達が停まっていた電車に乗り込むと、その電車はすぐに発車した。
電車は加速するや否や、一分もしないうちに減速を始める。
そしてゆっくりと停止し、目的地の駅へと到着した。
町のすぐ隣であったので、着くのもあっという間であった。
女の子達もそのことに驚いたようで、「え、もう?」や「早っ」などという声が所々から聴こえてくる。
電車から降りた女の子達は教師ロボットに連れられ、駅の外に出る。
駅を出てすぐ、彼女達の目の前に広がったのは、味のある木造建築が立ち並び、青々とした自然が見られる古めかしい旧日本的な風景だった。
駅の正面には歓楽街があり、奥には神社や遠くには大きなお城も見える。
興味津々に周りを見回す女の子達に、教師ロボットが説明を始める。
「ここは大和村です。町は皆が暮らしやすいよう現代に近い街並みにしていますが、この場所は一昔前の日本を再現しています。皆が古き良き日本の文化や伝統を忘れないように作られました」
説明を聞いた女の子の一人が呟く。
「どっかの観光地みたい」
「そうですね。観光地と思ってもらって構いません。今日は課外授業ですが、遠足感覚で楽しんでください。では簡単に周ってみましょう」
教師ロボットの案内を受けながら、女の子達は大和村の各所を巡る。
大和村は大きく分けて三つの区から成る。
お店が並ぶ歓楽街、宿泊ができる温泉街、様々な用途で利用できる多目的施設代わりのお城。
村ということで悠楽町ほど広くはないが、それでも観光地として十分な広さがあった。
例の如くまだ完全には完成しておらず、温泉街や歓楽街の一部は工事中で利用できるのは暫く先である。
簡単な説明を受けながら各所を周り、女の子達は歓楽街の奥にある神社へと移動する。
正面には鳥居が建てられており、潜った先には二つの石像、その奥には社があった。
御神籤やお守りを販売するお店もあったが、比較的こじんまりとした神社である。
「ここは見ての通り神社です。神社はみんながお参りや願掛けなどをするところですね。一般的にそれらは神様に対して行うものですが、この神社では神様は祀っていません。しかし、別のものは祀られています。普段は閉じられていますが、今日は許可を貰っていますので、特別にお見せしましょう」
教師ロボットは社の前に行き、その扉を開ける。
そして見えたその中は、がらんとした部屋に木彫りの玉が一つ置いてあるだけだった。
「これは管理者を模った御神体です」
教師ロボットが説明するが、女の子達はぽかんとした顔で御神体を見ていた。
そこで美咲が声を上げる。
「あ! これ、管理者さんの像だったんだ」
美咲が見ていたのは鳥居の前にある二つの石像であった。
一見、四角柱に球が乗った何の意味もないオブジェに見えるが、改めて見ると、それは台座に乗ったヴァルサを表していたのだった。
すると、女の子達の中からくすくすと笑いの声が出てくる。
見た目はただの玉であるので、祀られている様子がシュールに見えたのだった。
「変に見えるかもしれませんが、管理者は祀られるに相応しい存在ですので、何もおかしくはありませんよ。私にとっては創造主、みなさんにとっては救い主ですよね? 存在しない神を祀るより、よっぽど敬えると思います」
教師ロボットがそう言うと、女の子達の多くは納得したようで笑いが収まっていく。
女の子達にとって、ヴァルサは辛い環境から救い出してくれた救世主である。
存在するか分からない神はそれまで何もしてくれなかったので、比べればどちらを敬うべきかは一目瞭然であった。
「実際、神とは違うので祈ったところで何かある訳ではありませんが、ここで感謝の気持ちを奉げるのも悪くないと思いますよ」
ヴァルサを神社の象徴として置いたのは、普段表には出ないので忘れられないようにする為であった。
また、神のような扱いをすることで威厳を維持することもできる。
「んー……じゃあ、感謝の気持ちを込めてお賽銭ー」
教師ロボットの話を聞いた美咲は財布から五円玉を取り出して賽銭箱へと投げ入れた。
「良いですね。美咲さんの感謝の気持ちは管理者に届きましたよ」
ヴァルサはシェルター内の全てを管理している為、賽銭箱に入れたこともしっかり認知してくれるのである。
美咲の行動を見ていた女の子達も続々と財布を取り出して後に続く。
後方では麻衣達も財布を取り出していた。
麻衣は開いた財布の中を覗く。
「お賽銭かぁ。五円でもちょっと勿体ないって思っちゃうのは貧乏性が過ぎるわね」
「ここだと普通にお菓子買えちゃうもんね」
麻衣の呟きに智香が共感する。
感謝を示すことに見返りはない。
町の物価が安く、たった五円でも色々なものが買える為、金欠の二人はそれだけでも惜しく思えてしまっていた。
そんな二人に優奈が言う。
「勿体ないなら、無理して入れなくてもいいんじゃない?」
「え、それはダメでしょ。みんなも入れてるのに」
「別に強制じゃないんだから、他の子に合わせる必要ないでしょ。私も入れる気ないし」
「ほんと? でも……」
その時、女の子達が集る賽銭箱の方から美咲の声が上がる。
「どひゃー! そんなに入れるの!?」
そこでは真琴が五千円を手に賽銭箱の方へと持って行こうとしていうとこであった。
「ああ、感謝の印だからな。これでも足りないくらい」
真琴は本気で五千円を入れようとしていた。
流石にそこまでの金額を入れるのは問題がある為、教師ロボットが口を挟む。
「そんなに入れるのは止めておいた方が……。金額で感謝の大きさを示すことはできますが、管理者にとっては貴方達が町で幸せに暮らすことが一番の喜びですから、懐の負担になる程の金額を入れられても嬉しくないと思います」
「そうなんですか……」
喜ぶと思ってやろうとしたことが間違いだと指摘され、真琴はしゅんとする。
「真琴さんがどれだけ感謝しているかは、もう管理者に伝わっていますよ。感謝の気持ちがあればいいですので、お賽銭はほんの気持ち程度で結構です。勿論、入れなくても全然構いません。みんなが幸せに暮らしているだけで十分なのですから」
教師ロボットは真琴をフォローしつつ言い聞かせた。
真琴は五千円を財布に仕舞い、代わりに五十円を出す。
「じゃあ五十円は?」
「まだちょっと多い気もしますが、真琴さんが入れたいと思うのでしたら止めません」
教師ロボットの許可を得た真琴は賽銭箱へと五十円を投げ入れた。
その様子を見ていた麻衣が言う。
「凄いわね。私も感謝はしてるけど、五千円なんて絶対出そうとは思えないわ」
「五円で悩むくらいだもんね」
智香が答えると、麻衣は言葉を詰まらせる。
「う……そうね。五円程度で気にしてた自分がみみっちく思えてきたわ」
「あはは、そうだね。いくら出す?」
「普通に五円にしましょ。先生も気持ち程度でいいって言ってたし」
麻衣は五円を取り出し、財布をしまった。
智香も同じように五円を出して、二人はお賽銭をした。