35話 プールの授業
小学校、体育館地下にある室内プール。
「ひゃっほーい!」
プールサイドから、美咲と真琴が空中で回転してプールに飛び込む。
今日はプール開きの日であった。
プールは体育館の地下という閉鎖的な場所に作られてはいるが、広々としていて、窮屈さを感じさせられない。
広いプールの中、女の子達はそれぞれ泳いだり遊んだりしていた。
初回であるので、今回は自由に遊んでいいことになっている。
飛び込みを繰り返す美咲と真琴から少し離れたプールサイドの前。
麻衣と智香、優奈の三人が水を掛け合いながらお喋りをしていた。
「プールの水、滅茶苦茶綺麗じゃない? ほら、何処見てもゴミ一つ入ってない」
「綺麗だよね。私が前行ってた学校のプール、外にあったから凄く汚かったよ」
「私のところもよ。虫とか浮いてたから嫌で仕方なかったわ」
「カマキリの死体とか浮いてたりしてね。何故か浮かびながら自分の方に近づいてくるの」
「やだ、想像させないでよ」
麻衣は身体を震わせ、鳥肌を立たせる。
学校のプールは多くが室外にある為、日本の子供達は汚い水に入らざるを得なかった。
町自体が極めて清潔なこの場所では、室内室外関係なくプールにゴミや死骸が混入することはなく、水も寮の大浴場と同じく循環されているので、常に清潔な状態を保っている。
塩素などの薬品も入っておらず、飲料水として飲めるくらいであるが、雰囲気を出す為に室内には薄らと塩素の匂いを漂わせていた。
「もうこのプールのことだけでも、この町に来て良かったって思うわ。綺麗だし広いし帽子も被らなくていいし。水着はちょっと変だけど」
「えっ、変なの?」
麻衣の言葉に、優奈が驚く。
「変じゃない? 似た感じのは知ってるけど、これは初めて見るわ。ねぇ?」
「下のところが、ちょっと変わってるよね」
智香も麻衣に同調する。
女の子達が着ていたのは旧式のスクール水着だった。
これは優奈がその世代で思い入れがあった為、町のスクール水着として指定したのである。
(旧スク、有名だと思ってたけど、最近の子達は知らないのかぁ)
学校指定としては使われていないことは流石に優奈も知っていたが、成人向けの本やビデオでは未だ使われているので、知名度はあると思っていたのだ。
当然、小学生の子がそんなものを見るはずもなく、女の子達にとっては初めて目にする水着であった。
「別に嫌って訳じゃないけどね。ただ、こういう露出の多い水着は殆ど着ないから少し恥ずかしいのよ」
「露出が多い? どこが?」
「多いでしょ。思いっきり足見えちゃってるし、上もタンクトップみたいじゃない」
「ちょ、ちょっと待って。いつもどんなの着てるの?」
「えっとね。上下服みたいになってて、下が太腿くらいの……」
麻衣が説明するそれは、高速水着のことであった。
その説明で、水着の形を理解した優奈は思わず声を上げる。
「あんなの着てたの!? 嘘でしょ!?」
優奈は高速水着のことを認知はしていたものの、それはオリンピック選手くらいしか着ないものだと思っていた。
「何でそんなに驚くのよ。普通でしょ?」
麻衣は智香に同意を求める。
「うん、私のとこもそうだったよ」
智香が通っていた学校も、麻衣と同様に高速水着を学校指定とされていた。
「有り得ない……。あんな変なのが指定の水着だなんて……」
高速水着は優奈が大人になってから登場したものである。
その従来のものとはかけ離れた形に、優奈は変な水着としか思えず、色物枠として分類していた。
逆に麻衣や智香にとっては物心つく前から存在していたものであるので、数ある水着の一種として普通に受け入れていた。
優奈の大げさにも思える反応を見て麻衣が言う。
「全然、変じゃないと思うけど……」
「流石にあれはないでしょ。糞ダサい。レスラーの服みたいじゃん」
「それ言うなら、この水着はパンツ丸出しのスカートみたいじゃない」
「えっ。そんな風に見える?」
優奈は思いもよらない意見に、意表を突かれる。
それは自分とは全く違う観点からの比喩表現だった。
これまで優奈がジェネレーションギャップを感じることは多々あったが、今回はかなり強烈であった。
優奈の美的感覚から、女の子が身に着けるものとしては絶対に認められなかったこともあって、その衝撃は大きい。
優奈が内心ひっそりとショックを受けていると、三人の近くに向かって美咲がダイブしてくる。
「ぃやっふー!」
全身が水面に打ち当てられ、大量の水飛沫が三人に降りかかる。
「きゃっ」「うわっぷっ」
頭から水を被り、三人はびしょ濡れとなった。
そこに真琴が慌てて近寄ってくる。
「ちょっ、美咲。何やってんだよ。悪い、大丈夫か?」
「……鼻に水入ったわ」
麻衣は鼻を押さえながら被害を訴える。
「マジで、すまんっ。ほら、美咲も謝れよ」
「あはは、めんごめんご。優奈達と遊ぼうと思って来たんだけど、ちょっと激しすぎる登場だったかな」
真琴に促され、美咲は笑いながら謝罪する。
全く悪びれていない様子であった。
「普通に来なさいよ、もぉー」
麻衣は呆れて文句を言うが、幸い本気で怒っている子はいなかった。
「ねぇねぇ、みんなで競争しようよ。端から端までで誰が一番速く泳げるか」
美咲が泳ぎで競争しようと言い出した。
「おっ、いいな」
真琴が即座にその提案に乗る。
「ただ競争するだけじゃつまらないから罰ゲームも入れて。この前できなかったから、一番早かった人が他の人に何でも一つ命令できるってことでいいかな?」
それを聞いた優奈は待ってましたと言わんばかりに手を叩いて言う。
「いいね! やろやろ!」
身を乗り出さんほどの食いつきっぷりだった。
前回、ゲームセンターで美咲達と出会った時、勝負の提案があったがタイミングが悪く流れてしまっていた。
そのことを密かに悔やんでいた優奈としては乗らざるを得ない。
だが、そんな過剰な反応をすれば、優奈のことをよく知っている麻衣と智香の二人が、その思惑を察することは必然である。
「私は止めておくわ」「私も」
二人は当然の如く不参加を表明した。
「「えー、やらないの?」」
美咲と優奈の声が重なった。
同じ言葉でも、一緒に遊びたかったと思う純粋な気持ちと邪な下心、相反するものであった。
「負けたら何されるか分からないもの。そもそも泳ぐのそんな得意じゃないし」
「そんなー」
美咲は人数が減って残念がる。
そして下心がバレていた優奈は閉口するしかなかった。