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32話 三人の日常

 休日前の夜。

 商店街の一角にある食料品店に、麻衣の姿はあった。


 ドリンク棚の前で手に持ったメモと商品を見比べて確認する。


「これ、お酒じゃない。智香ってばもー」


 誰もいない店内で、麻衣は文句を言いつつも、その商品を手に取る。

 今日はいつものメンバーで女子会をやっていたが、摘まむお菓子が切れた為、じゃんけんに負けた麻衣が買い出しに来ていた。



 麻衣は手早く買い物を済ませ、食料品店を出る。

 夜の商店街は、各店舗の明かりで溢れて、煌びやかであった。

 薄らと穏やかな音楽がかかっていて、心なしか閉店時間間際のショッピングモールのような切なさを感じさせられる。


 先日まで忙しなく行われていた工事作業も今では鳴りを潜め、落ち着きを取り戻していた。

 取り急ぎ一通りのお店を揃えることに注力して突貫工事をしていた為、粗方完成した今、後回しにしていた細部の補強などを見えないところで行っている。


 麻衣が歩いていると、向かいから美咲と真琴の二人が歩いて来ていた。

 麻衣に気付いた美咲が手を振る。


「あ、麻衣ー。こんな夜に買い物?」

「女子会でお菓子なくなったから買い出し。二人は?」

「ボウリングー」「美咲が急にボウリングで勝負しろって言い出したんだよ」


 美咲が言うと、続いて真琴が補足する様に言った。


「あら、楽しそうね」

「麻衣達も来る?」

「んー、今回は遠慮しておくわ。一人、外に出せない状態になりそうな子がいるから」

「? そっかー。じゃ、またね」


 麻衣は二人と別れ、寮に向けて歩き出す。

 女の子達も町での生活に大分慣れたようで、夜でも遊ぶ子が多く見られるようになっていた。

 ここでは悪人や不審者がいない為、子供でも安全に夜道を歩くことができる。


 女の子達の楽園であった。




 寮へと戻った麻衣は、今日の溜まり場である自分の部屋へと直行した。

 部屋の扉を開けて中へと入る。


「ただいまー。ちょっと智香ぁ、お酒なんか買わせて、またこの前みたいに……」


 部屋に入った麻衣は、そこの光景を見て固まる。


「ん……優奈ちゃんまだ?」

「まだだよ。もうちょっと……」


 そこでは智香と優奈が抱き合って、キスをしていた。


「なっ、ななな、何してるの。あんた達」


 驚きで一瞬止まっていた麻衣は、すぐに二人に問いただした。

 その声で麻衣の存在に気付いた智香は、慌てて優奈の身体を押して離れる。


「麻衣ちゃん早かったねっ」

「早かったね、じゃなくて、他人の部屋で何してんのよ。また酔っぱらってるの?」

「酔ってない酔ってない。まだお酒飲んでないから」


 智香は即座に否定する。

 麻衣は智香が自分の部屋から酒を持ってきて飲んでいるのではと疑ったが、智香は完全に素面であった。


「じゃあ、まさか智香までそっちの趣味に目覚めたの?」

「ち、違うよ。趣味じゃなくて、お金稼ぎでしてただけ」

「お金稼ぎって……智香、あんたお金貰う為に自分からしたの?」

「一回で千円はお得かなーって……」


 智香は照れくさそうに笑う。

 この前のように酔ってしていたのではなく、お金を貰う為に自らの意志でしていた。

 最初は否定的だった智香だが、一度やってしまったことで抵抗が薄くなっていたのである。


 それを知った麻衣は呆れ果てる。


「信じられない。優奈は変人だけど、智香も大概変わってるわ」


 その言葉に、智香はショックを受けた顔をする。


「え……私、結構普通だよ? 真面目とかいい子とはよく言われてたけど、変わってるなんて言われたことないし」

「そりゃその人達が知らなかっただけでしょ。酒乱で朝方までゲームしてるような、だらしない小学生なんて、他に居ないってぐらい変わってるわよ」

「でも、優奈ちゃんに比べたら全然普通でしょ」

「どっちもどっちだわ」


 智香は自分が優奈と同等の変わり者だと言われ、大きなショックを受ける。

 優奈のことは非常に変わった子であると認識していた為、そこまで自分が変だとは思っていなかった。


 その考えがあからさまに顔に出ていた智香に、優奈が言う。


「それでショックを受けるのは、失礼すぎやしませんかね」

「ち、違うの。別に優奈ちゃんと同じなのが嫌とかじゃなくて、私はそこまで変じゃないと思ってたっていうか……あ、優奈ちゃんのこと変わってるって思ってた訳じゃないよ。ちょっと何か……あの、えっと……」


 必死に言い訳をしようとする智香を見て、優奈は笑う。


「別に変わってるって言われても怒らないよ。自分でも自覚あるから」

「ご、ごめんね。私も同じみたいだから……」

「そんな変わってるとか変わってないとか、気にする必要なんかないよ。みんなどこかしら変わってるんだ。麻衣ちゃんも、真琴ちゃんも、美咲ちゃんも、みんな。普通なんてものは、人々の多数決した共通部分を言っているに過ぎない。時代や地域が変われば、定義も変わってしまうような曖昧なものだから、気にするだけ損だよ」

「変わっててもいいんだ?」

「うん。どんなに変わってても、ここでは平等にみんなが幸せに暮らすことができるから、何も憚ることはない。ありのままの自分で、自由に楽しく生きればいいんだよ」


 優奈の言葉で、智香は目の前が開けたかのように表情が和らいでいく。

 しかし、そこで麻衣が言う。


「いい感じに締めてるけど、他人の部屋でキスするのは間違ってるからね」


 麻衣の指摘に、二人はバツの悪そうな顔をするのだった。

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