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31話 励まし

 そして日が暮れ、夜になる。

 入浴や夕食を済ませた女の子達は、寮で各々自由な時間を過ごしていた。


 だがそんな中、智香は一人自室に閉じ籠る。

 いつもやっているテレビゲームもやらず、ただ俯いたまま座り込んでいた。


 理由は言わずもながら、教師ロボットに指導を受けたことである。

 これまで品行方正に過ごしてきた智香は、義理の両親から理不尽な怒りをぶつけられたことはあっても、正当な理由で注意を受けたことは初めてであった。

 その為、不甲斐なさや恥ずかしさで、ここまで落ち込んでしまっていたのである。



 何もやる気に慣れず、塞ぎ込む智香。

 ただただ、じっとしていると、部屋の扉がノックされる。

 訪問者であった。


 まだこの町に来て日は浅く、交友関係は広くない為、智香は訪問者が優奈か麻衣であろうと察する。

 だが、今はとても会える状態ではなかったので、悪いとは思いつつも無視をすることにした。


「智香ー。いないのー?」

「智香ちゃーん?」


 麻衣と優奈の声が部屋の中まで響く。

 しかし智香は動かない。

 そのまま無視を続けていると、やがて声が止んだ。


 智香は罪悪感と共に安堵を感じるが、その直後ドアノブを回される音がする。

 部屋の扉に鍵はついてない。

 二人が勝手に部屋に入ってくるのは、よくあることだった。


 智香がそれに気付いた時には時既に遅し。

 玄関の扉は開けられ、二人が部屋へと入ってきていた。

 そして智香のいる部屋に顔を覗かせる。


「いるじゃない」

「あっ、ごめん。今はちょっと……」

「分かってるわ。こんな時に来て悪いわね。でも優奈がね……」


 そこで優奈が智香に飛びつく。


「ごめんね。怖かったよね。大丈夫だった?」


 優奈は智香に抱き付いて頬ずりをする。

 いきなりそんなことをされて困惑する智香に麻衣が説明する。


「智香、放課後怒られたでしょ。優奈がそのことをずっと心配してて」

「そうだったんだ……」


 智香は怒られたことが二人にばれていたと知り、恥ずかしさが込み上げてくる。

 だが、そんな智香に抱き付いていた優奈が言う。


「智香ちゃん元気出して。私、智香ちゃんが元気になってくれるなら、何でもするよ。添い寝でもク○ニでも、望むならゲームソフトだっていくらでも買ってあげるし」

「だから、それは止めなさいって。……今、どさくさに紛れて、とんでもないこと言わなかった?」

「え?」


 優奈は恍けた顔を返した。


 麻衣は聞き間違いだったことにして、智香に話を続ける。


「智香は夕食まだよね? お弁当買ってきたから、とりあえず一緒に食べましょうよ」


 手にかけていた袋を見せるように智香の前に上げた。



 智香は食欲がなかったが、二人は有無を言わさずテーブルに弁当を広げ始める。


 食堂で提供されている弁当やお茶の他に、二人が商店街で買ってきたドーナッツやシェイクなどで、テーブルの上が彩られていく。

 それだけのものを用意してくれてきたのを見てしまっては、智香は要らないとは言えず、諦めて食べることにした。


 準備を終え、三人は一緒に食べ始める。

 食欲がない智香は、とりあえず飲み物であるシェイクを口にする。


「……甘い」


 シェイクを一口、口に含んだ智香は、思っていた以上の甘さを感じて声を漏らした。


「でしょ。落ち込んだ時は甘い物が一番。甘いの沢山食べて元気出してよ」

「……」


 優奈が勧めてくるが、智香はその尋常ではない甘さに、再度口をつけることを躊躇する。


 続いて麻衣もシェイクに口をつけた。


「ぶはっ、あっまっ」


 一口飲んだ麻衣は思わず吹き出す。


「何これ、甘過ぎでしょ。優奈、あんた何買ってきたのよ」

「甘さの限界に挑戦した濃厚な甘さの塊、激甘スペシャルバニラシェイクだよ。これを飲めば、どんな甘党でも即ノックダウンのイカれたドリンクさ」


 優奈は智香を元気づける為、インパクトのあるものをと、自分で甘過ぎるドリンクを用意した。

 それは砂糖の結晶を舐めるよりも甘いという狂気の飲み物である。


「馬鹿じゃないの。こんなの飲み切れないわよ」

「余ったら飲んであげるよ」


 優奈は麻衣のシェイクに刺さるストローを見ながら言った。

 その視線から間接キスを狙っていることに麻衣は気付く。


「……自分で全部飲むわ」

「残念」


 麻衣は普段、間接キスなど特に気にしない性質であったが、相手が優奈では気にせざるを得なかった。


 間接キスをされる口実を与えないよう、麻衣は無理して激甘シェイクを飲む。

 ストローから飲んでいくが、痛みにも似た耐え難い甘さが口の中に広がる。

 それは苦痛以外に感じられなかった。


 長々とは飲んでいられないと思った麻衣は、一気に飲んでしまおうとカップの蓋を外す。

 すると優奈が声を漏らす。


「あ……」

「?」


 優奈はそれ以上特には何も言わなかった為、麻衣は気にせずストローごと蓋を置き、カップに口をつける。

 一口飲んだところで、麻衣は軽く驚いて口を離した。


「あれ? 甘くなくなってる」

「チッ」


 優奈は残念そうに舌打ちした。


「これ、甘いのストローのせいだったの?」

「あーあ、もうバレちゃった。早いよ」

「こんなのどこで見つけたのよ……。逆に感心するわ」


 変なジョークグッズを見つけてきた優奈に、麻衣は怒る気も失せて感心する。


 強い甘さを感じたのはストローにされた細工の為で、カップの中のシェイクは普通のものであった。

 甘さの切り替えもできる為、優奈は麻衣がギブアップしたら、そのストローで甘さを普通にして、間接キスを堪能する魂胆だったのである。


 先程から二人のやり取りをずっと見ていた智香だったが、そこで不意に口を開く。


「……二人ともごめんね」


 優奈と麻衣は謝罪を始めた智香に顔を向ける。


「夜更かしのこと何度も注意してくれたのに、私、二人の言うこと聞かずに無視して」


 思いつめた様子で智香が謝罪する。

 友達の忠告を無視したことは生活リズムの乱れと同じくらい強く注意されたことだった。


「そんな改まって謝らなくてもいいわよ。別に気にしてないし。ねぇ?」

「うんうん、全然気にしてない」


 二人は智香を励ますように明るく言った。

 だが、智香の顔色は変わらない。


「ううん、私が悪いの。先生にもそのことで凄く怒られて……」

「そう……。なら、これから気を付ければいいわ」

「うん、絶対に気を付けるよ」


 智香は決意するように力強く頷く。

 今回の指導で智香は自分の身を振り返り、大いに反省した。

 もう平日に夜更かしすることや、友達の意見を聞き流すことはしないであろう。


「あ、でも、優奈の言うことは真に受けちゃダメよ。言うこと聞いてたら、キスだけじゃ済まなくなるから」


 冗談っぽく言う麻衣に優奈が反応する。


「否定はしないけど、嫌がることはしないから安心して」

「いや、そこは否定しなさいよ。私も怖いから」


 麻衣が優奈に突っ込みを入れた。

 そのやり取りを見て智香は小さく笑い、固かった表情が柔らかくなる。



「ねぇ、聞いてよ。先生、怒ると滅茶苦茶恐いんだよ」

「え、ほんと? 授業では凄く優しいけど、怒鳴ったりしてくるの?」

「逆。全く声を荒げずに、何処がどう悪かったのかを淡々と指摘してくるの」

「うわ、そりゃ怖いわ」

「狭い部屋で向き合ってされるから、もう恐くて恐くて……」

「……同情するわ」


 恐怖体験を語る智香であるが、その表情は穏やかであった。

 いつも通りの変わらない二人のおかげで、落ち込んでいた智香の心はすっかり晴れていた。

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