30話 遅刻
飲酒の有無に関わらず夜更かしをする智香。
友人の麻衣と優奈が軽く注意するも改めることはなく、それからも時間ギリギリに登校する日々を続けていた。
そして遂に仕出かすこととなる。
平日の朝。
小学校で朝の会が始まるチャイムが鳴る。
教室でお喋りなどをしていた女の子達が一斉に自分の席へと着いた。
しかし、その中で一つだけ空いている席があった。
それは智香の席である。
智香はまだ学校に登校していなかった。
チャイムが鳴り終わるのと同時に、教師ロボットが教室に入ってくる。
智香の遅刻が確定した瞬間であった。
麻衣と優奈はとうとうやってしまったと言わんばかりの表情で互いに視線を交わす。
何れこうなることは二人とも予感していた。
教師ロボットが教卓の前に立つ。
「みんな、おはよう。それでは朝の会を始めますね。あら? 智香さんは……」
その時、けたたましく走る音が廊下から聞こえてくる。
その音はどんどん近づいてきて、教室の扉が開け放たれた。
「すみませんっ。遅れました」
息を切らせた智香が教室に入ってくる。
「智香さん遅刻ですよ。初回ですから見逃しますけど、次からは気を付けてください」
「はい、気を付けます」
智香は軽く頭を下げて自分の席へと向かう。
「皆さんも慣れない新生活で、生活のペースを掴むのが大変だとは思いますが、気を付けるようにしてくださいね」
「「はーい」」
教師ロボットが話をする中、自分の席に着いた智香は椅子に座る。
麻衣が後ろを向いて一言だけ言う。
「だから言ったのに」
「ごめんねー」
智香は誤魔化すように笑って謝った。
麻衣が前を向くと、続けて優奈に向けて言う。
「遅刻しちゃったけど、怒られなくて良かった」
ヘラヘラしていて、遅刻したことを全く反省していない様子であった。
そんな態度を見て、優奈は思う。
(このまま放置するのは問題かな。一度、ちゃんと指導させた方が良さそう)
仕出かしたにも拘わらず、反省の色が見られない。
しかもそれは友人の忠告を無視したうえでのことである。
これまでは学校生活に支障が出ていなかった為、優奈は大目に見ていたが、遅刻してしまうようなら改めせなければならなかった。
(まさか一番最初に呼び出しを食らわせるのが智香ちゃんになるとは……。住民候補の選別をした時は一番真面目だったのになぁ)
優奈は智香の横顔を見ながら、そう思うのだった。
その放課後。
帰りの会が終わり、女の子達はそれぞれ帰って行ったり、留まって雑談をしたりなどしていた。
優奈、智香、麻衣の三人は寮に帰ろうと廊下に出る。
いつものように喋りながら歩いていると、教師ロボットが見計らったかのように声を掛けてきた。
「智香さん、ちょっといいですか?」
「あ、はい」
「用事があるので、ついてきてください。時間はそれほどかからないと思います」
「分かりました。ちょっと行ってくるね」
突然の呼び出しだったが、智香は疑問も持たずに承諾した。
そして教師ロボットに連れられ、去っていく。
「何の用事かしら?」
麻衣は呼び出しを受けたことに対して疑問に思う。
ここでは係の仕事も家庭の事情もないので、個別で呼び出される理由が思い浮かばなかったのである。
「あぁ、うん、何だろうね」
話を振られた優奈は白々しい反応を示した。
「優奈、知ってるの?」
「知ってるというか……大凡の予想はついてる。智香ちゃん、朝、やらかしちゃったでしょ」
「遅刻のことで? 一度目だから、見逃してもらったんじゃないの?」
「皆の前だったからね。それに遅刻のことは置いておくとしても、その原因になったこと、連日夜まで遊び呆けてることは問題じゃない? 注意されるのは当然だと思うよ」
「あー、確かに。あの生活態度じゃ呼び出されても仕方ないわね。智香、ご愁傷様」
麻衣は連れられて行った方に向けて手を合わせ、怒られるであろう智香を憂う。
それに合わせて、優奈も同じように手を合わせる。
そんな二人の姿を通りがかったクラスメイトの子達は、不思議そうに見ているのであった。
――――
それから十数分後。
指導を終えた智香が校舎から出てくる。
その顔は眉を下げ、非常に悲しげで暗い表情であった。
外に出た智香は空を仰ぎ、潤んだ目を拭う。
先程まで生徒指導室で、最近の生活態度や友人の忠告を無視したことなどについて、こってりと絞られていた。
智香が校庭に視線を向けると、そこでは真琴や美咲達がドッジボールをして遊んでいた。
とても他人に会わせられるような顔ではなかった智香は人目を避け、裏から周って学校から帰って行った。
智香が去った後、玄関裏の物陰から麻衣と優奈の二人が顔を出す。
「あちゃー、これは待ってなかった方が良かったわね」
二人は智香が終わるのを待っていたが、遠くから見えたその姿に異変を感じて慌てて隠れていた。
(やり過ぎちゃった? どどどどうしよう)
優奈は慌てふためく。
今回、智香に施したのは説教ではなく指導である。
あくまで指導であるので、怒鳴るようなことはなく言い聞かせることしかさせていなかった。
初回とのことで厳しい設定にもしていなかったが、智香は優奈の想定以上に精神的ショックを受けていた。
「麻衣ちゃん、どうしよう。智香ちゃん泣いちゃった」
「どうしようって言われても、どうしようもないんじゃない?」
「えぇー、何か励ましたり元気づけたりすることはできるんじゃないの?」
「うーん、下手に触れると逆効果のような気がするけど」
優奈は智香のフォローを行いたかったが、麻衣は気乗りしない反応を示した。
「あ、そうだ。智香ちゃんテレビゲーム好きだから、ゲームソフトをプレゼントしてあげれば元気になるんじゃないかな?」
「アホかっ。そんなのプレゼントされたら逆に困るわよ。優奈ってお金で何とかしようとする嫌いがあるわよね。良くないわよ。そういうの」
「じゃあ、どうすれば……」
「そっとしておいてあげましょ。何もしなくても、明日か明後日ぐらいになれば元気になってるわよ」
友達の立場から何とかフォローしたいとする優奈に対し、麻衣は静観することを主張した。
教師に怒られたことなど、普通友達には知られたくないことである。
それが分かっているからこそ、触れないでおくことが一番であると判断したのだ。
優奈も分かってはいたが、智香のことを想うと居ても立っても居られなかった。
「ほんとにそうするしかないの? 智香ちゃん悲しんでるのに何もできないなんて辛い」
「心配し過ぎじゃない? 言っちゃ悪いけど、たかが先生に怒られたくらいでしょ」
「それはそうだけど、理由は何であれ、悲しい想いはできるだけさせたくないんだ」
厳しい指導をしてしまった負い目がない訳ではなかったが、優奈の心は純粋に心配する気持ちが殆どであった。
「優しいわね」
「当然。みんなのことは大好きだから、大切想ってるよ」
ふざけた物言いであったが、麻衣はこれまで接してきたことから優奈が本気で言っていると分かった。
(優奈らしいわね……。でも、こんなに想ってくれる友達っていたかしら? ちょっと変なのかもしれないけど、嫌いじゃないわ)
麻衣は心の中で優奈のことを見直す。
変態的な趣向が混じってのことであることは分かっていたが、何であれ、ここまで友達のことを想ってくれる人は稀であり、その気持ちは尊重できるものであった。
「そんなに心配してくれるんだったら、直接励ましてあげてもいいかもしれないわね」
「え、いいの?」
「最初は嫌がると思うけど、自分の為に心配してくれる友達がいるのは嬉しいと思うわよ」
「そうなんだ。じゃあ行ってくる」
優奈は早速慰めに行こうとする。
だが、麻衣がその肩を掴んで止めた。
「待ちなさい。流石に泣いてる時に行くのは、止めておいた方がいいわ。少し時間をおいて夜辺りに行きましょ」
二人は落ち着くのを待ってから慰めに行くことにした。