29話 智香の部屋で遊び
それから二人はラウンジを出て廊下を歩く。
「酷い目に遭ったわ」
「まぁまぁ、麻衣ちゃん可愛かったよ」
「変態って言われたじゃない。もう最悪よ……。優奈の言うことを真に受けた私が馬鹿だったわ」
「私もよく変態って言われるから変態仲間だね」
「全然反省してないわね……」
先程、麻衣が散々怒ったにも拘わらず、優奈は全く動じていなかった。
そんな態度であるが、これ以上怒っても同じな為、麻衣は半ば諦めている。
「智香ちゃん起きたかな?」
「どうだろう? 行ってみる?」
二人は智香の部屋に行くことにした。
廊下を歩いてすぐ、智香の部屋に到着する。
まだ寝ている可能性がある為、二人はノックをせずに昨日と同じように静かにドアノブを回す。
ドアを開けて中へと入ると、部屋の中はカーテンが閉まっていて薄暗くなっていた。
「まだ寝てるみたい」
二人は部屋へと入る。
ベッドでは智香が布団から足を放り出し、ひっくり返った状態で熟睡していた。
「こんな時間まで寝て、生活リズム大丈夫なのかしら」
「ちょっと心配だよね」
優奈はそう言いながら智香の寝るベッドに入り込む。
「自然に入るわね……」
呆れる麻衣だが、そこで初めて泊まった日の朝のことを思い出す。
「あ! もしかして最初に泊まった日、自分から私の布団に入ってきたの?」
「バレたか」
「……優奈と一緒にいると貞操の危機を感じるわ」
「へへへ」
ジト目を向ける麻衣を優奈は笑って流す。
麻衣は本気では言っておらず、優奈もそれが分かっていた。
まだ出会ってそれほど経っていないが、既に互いのことは結構分かり合っていた。
「それにしても酷い寝相ね」
麻衣は寝ている智香の姿を見て苦笑いをする。
その姿はプライベートで気が抜けただらしない智香そのものであった。
「これはこれで可愛いよ」
「そうね。普段はしっかりしてるのに、こんなにだらけちゃって。この間抜け面、写真に撮ってやろうかしら」
麻衣は携帯カメラを寝ている智香の顔に向けて構える。
「知ってる? このカメラ、真っ暗でも撮れちゃうのよ」
そう言いながら携帯カメラのシャッターを切った。
フラッシュもなく、写真が撮れる。
その撮れた画面を麻衣は優奈に見せた。
「ぷっ」
「くふふ、よく撮れてるでしょ」
画面を見て二人が笑う。
そこには半開きの口から涎を垂らして眠る、緩み切った智香の顔が写っていた。
二人で笑っていると、その声で智香が目を覚ます。
「んんんーっ」
「おはよ」
身体を伸ばして目を開けた智香に麻衣は朝の挨拶をした。
「あれ? 昨日、二人泊まってたっけ?」
「ううん。遅いから様子見に来ただけ」
「そうなんだ」
麻衣と優奈はカメラで撮った写真を見た笑いを堪えるように、非常に良い笑顔をしていた。
無断で入り込んだ二人であるが、智香は文句の一つも言わない。
勝手に入ってきたことに対しては何とも思っていなかった。
そんな智香の様子を優奈はさりげなく観察する。
(あまりそういうのを気にしない性質なのかな? でも、やる方の麻衣ちゃんも平気で入ってるし……寮の部屋だから自分のテリトリーという意識が薄い?)
二人は個人部屋を一つの家の中の一室と捉えていた。
アパートやマンションの一室ではなく、寮という大きな家の中に割り当てられた個室と考えている為、勝手に入られても不法侵入などとは思わなかったのである。
(私の部屋でやられるのはちょっと困るけど、女の子同士の距離が近くなるのは大歓迎だから、まぁいっか)
本来の用途とは若干違うように捉えられていたが、それはそれでメリットのあることであった。
特に町に来る女の子は家族のいない一人きりの状態であるので、気軽に部屋に行き来できる状況は精神的な助けにもなる。
だから優奈にとって多少の不都合はあっても、訂正はしないことにした。
そこで寝起きでぽやぽやしていた智香が不意に思い出したように言う。
「あ、そうだ。昨日、みんなで遊べるゲーム買ったんだ。一緒にやろうよ」
そう言ってベッドから飛び起き、部屋のカーテンを開ける。
すると、日光により部屋が一気に明るくなった。
「いいわね。でもその前に支度済ませちゃいなさいよ。まだ朝ご飯も食べてないでしょ」
「うん」
――――
智香は取り急ぎ支度を済ませ、三人でテレビゲームを始めた。
「優奈ちゃん、奥の敵にMP吸い取られてるよ」
「えっ、嘘っ。ちょっとタンマ」
「タンマって何よ」
三人は和気藹々とテレビゲームを楽しむ。
今、三人がプレイしているのは協力して進むアクションRPGであった。
地上で販売されているものであるが、キャラの性別など、内容は一部変更してある。
地上から輸入した漫画やアニメ、ゲームなどの創作物に、大人の女性や男のキャラがいた場合、別のキャラに置き換えていた。
悠楽町には女の子しかおらず、これからも若い女の子以外の人間が入ることはない。
故に町の子達が大人や男を見る機会は今後一生ないだろう。
だが接することがなくなると、理想化される恐れがある。
特に創作物では良い面ばかりが目立つことが多い。
変に大人や男に夢を持たれては、それが町への不満や地上への羨望に変わりかねない。
だから優奈は大人や男の存在を消し去ろうとしていた。
「これ面白いわね」
「でしょ。一番面白そうなの選んだ」
「でも、お金大丈夫? カツカツって言ってたのに、こんなの買っちゃって」
「最近ちょっと臨時収入があったから」
「臨時? あぁ……」
言葉の意味を理解して、麻衣は何とも言えない表情になる。
先日申し出た通り、優奈はキスしてもらった代金として千円を智香に渡していた。
そのお金で智香は、このゲームソフトを購入したのだった。
テレビゲームを楽しんでいた麻衣は、これが友人同士のキスで買ったゲームであると思うと、楽しかった気持ちが萎えてくる。
「けど、使っちゃったから、またカツカツだよ」
「また、ちゅーする?」
「止めなさいって。もー」
再び誘おうとする優奈を麻衣が透かさず遮た。
そして智香に向けて言う。
「智香、ゲームするの好きならゲーム実況やったら?」
「ゲーム実況?」
「知らない? ゲームしながらお喋りしてるところを動画で流すの。人気な人は滅茶苦茶稼いでたから、ここでも結構稼げるんじゃない?」
「へぇー! 沢山稼げるなら、やってみたいかも」
稼げると聞き、智香は興味を持つ。
「おっ、やる? 機材とか必要だと思うけど、先生に言えば用意してくれるのかしら?」
「確かゲーム機にマイクと録画機能ついてたと思うよ」
「なら、もうできるじゃない。じゃあ、私黙ってるから始めちゃっていいわよ」
「え、何で? 麻衣ちゃん喋らないの?」
「私は……向いてないというか、前やろうとして懲りてるのよ。試しに撮ってみて、動画確認したらもう酷いこと酷いこと。あれは思い出したくもないわ。だから私は見学。やるとしても声なしの助っ人だけにしとく」
「そなんだ。じゃあしょうがないね。優奈ちゃん、二人でやる?」
「オッケー」
智香と優奈は二人でゲーム実況することにした。
智香はゲーム機のコントローラーを操作して、マイクと録画機能を起動させる。
収録が開始され、麻衣は口を噤んだ。
ゲームが進み始めると、智香と優奈はお互いにちらちらと相手を見る。
しかし、どちらも喋り出そうとはしない。
「……」
「……」
どちらが喋る訳でもなく、無言でゲームが進んで行く。
部屋ではゲーム音だけが流れていた。
「いや、喋りなさいよっ」
一向に始まらない実況に、麻衣は耐え切れず突っ込みを入れた。
「だって、何て喋っていいのか……」
「私もゲーム実況とか見たことないし」
実況動画を見たことがなかった二人は、どう喋ればいいのか分からなかった。
「好きなように喋ればいいわよ。まず自己紹介はしてもらって、それからはゲームについての感想とか、今進んでる内容とか、雑談でもいいと思うわ」
「うーん……」
麻衣がやり方を教えるが、説明が大雑把であった為、喋る内容が纏まるまでには至らなかった。
芳しくない反応をする二人を見て、麻衣が言う。
「分かんないかなぁ。例えばこんな感じよ。……こほん、はーい。まぁちゃんですっ。今日はこのゲームを実況してみたいと思ってます。今回のは初見なんですよー。手探りでやっていきたいと思いますので コメントでのネタバレはご遠慮くださいね。……って、こんなことやったら私が恥かくじゃない!」
手本を見せていた麻衣はコントローラーを投げ出した。
そして頭を抱える。
「あああ、過去のトラウマがぁー」
以前挑戦してみた時の記憶が蘇り、羞恥心から悶える。
麻衣はその時のことを黒歴史として心に仕舞っていた。
悶える麻衣に智香が声を掛ける。
「大丈夫、恥なんてかいてないよ。ちょっと変だったけど」
「ほら、変だったんじゃない。だから嫌だったのよー」
励まそうとしてかけた言葉は逆効果だった。
智香と優奈が困惑して見ていると、麻衣はベッドの上にあった布団を被り身を隠す。
「私は暫く再起不能だから、実況は二人で勝手にやってて」
そう言われた二人は顔を見合わす。
「……どうする?」
「止めとこっか」
「そだね」
麻衣の尋常ではない反応を見て臆した二人は、ゲーム実況をやるのを止めた。