27話 酔っ払い智香
深夜の寮。
優奈と麻衣は部屋の前の廊下で落ち合う。
「めっちゃ夜中じゃん。ちょっと遅すぎじゃない?」
時刻は深夜の二時を迎えていた。
「このくらいの時間に言った方が説得力あるでしょ。平日の夜更かしだけは、きっちり止めさせないと」
麻衣は現場を押さえて、その場で就寝させようとしていた。
事前に注意するよりも、実際に夜更かししているのを止めさせた方が効果があると考えたのだ。
「説得力かぁ。私もこのくらいまで起きてることよくあるから、あんまり他人に言えないんだけど」
「優奈も寝るの遅いのね。そんな遅くまで何してるの?」
「え!? それは、あの……色々と、ね」
優奈は慌てた様子で言葉を濁した。
その姿を見た麻衣は訝しむ。
「まさか、優奈も変なことやってるんじゃないでしょうね」
「……勿論、そんなこと、してませんよ?」
優奈は視線を逸らしながら言った。
「あからさまに怪しいんだけど……」
「まぁまぁ、いいじゃん。仮に何かやってたとしても学校生活に影響なければ。それよりも今は智香ちゃんのことでしょ」
「そうだったわ。今は智香を何とかしないと。私もう結構眠いから早いとこ突入しちゃいましょ」
二人は話を切り上げ、智香の部屋に突入することにした。
智香の部屋の前に来た二人は息を潜め、音を立てないようゆっくりとドアノブを回す。
扉が開かれると、短い廊下の先に部屋が見える。
部屋は明かりがついており、テレビゲームの音が鳴っていた。
玄関から上がった二人は忍び足で部屋へと侵入する。
部屋に足を踏み入れると、中の様子が二人の目に入った。
「Oh……」
部屋の様を見た二人は唖然とする。
部屋の床には酒の缶や瓶、お菓子の袋などが散在しており、その中で智香は寝転がってテレビゲームをプレイしていた。
そして智香の格好は上がパジャマで、下はパンツだけという姿であった。
「な、なんて格好してるのよ……」
想像以上のだらけっぷりに麻衣も動揺を隠し切れなかった。
麻衣の声で智香が振り向く。
「あ! 麻衣ちゃんと優奈ちゃんだ。いらっしゃーい」
智香は無断で入ってきた二人を咎めもせず歓迎する。
「いらっしゃーい、じゃなくて、何で下履いてないのよ」
「んんー? あー、これー? これねー、トイレの時、脱ぐの面倒だから履いてないの。ほら、これだとパンツずらすだけでできるでしょー」
智香はパンツのクロッチの部分を摘まみ上げてみせる。
そのあまりの、はしたなさに麻衣は絶句した。
そしてその姿は、バーでの記憶が確かであった優奈にとっても衝撃的であった。
(これは……マジかぁ……)
普段の真面目な智香とは、あまりにもかけ離れた姿である。
バーではまだ羽目を外していた程度であったが、今の智香は品性の欠片も残っていなかった。
二人が唖然としていると、智香が唐突に立ち上がって優奈の方を向く。
「優奈ちゃん。最近、色々買い過ぎてお金なくなってきちゃったんだ」
「でしょうね……」
優奈は散在された酒の缶やお菓子の袋に視線を向ける。
「だからね」
そう言った直後、智香はいきなり優奈に飛びつき、唇に吸い付く。
「なぁ!?」
突然の行動に麻衣は仰天して固まる。
優奈も驚きで目を見開いて固まっていた。
そんな二人のことは気にせず、智香は唇の接触を続ける。
突然のことで驚いた優奈だったが、すぐに受け入れ、歓喜の表情で身を委ねた。
しかし、ワンテンポ遅れたところでハッとした麻衣が慌てて止めに入る。
「智香、何しちゃってるの!? 離れなさいっ」
くっついている二人を麻衣は慌てて引き剥がす。
力づくで剥がされ、二人の唇は離れた。
無理矢理キスを終わらされた優奈が口を尖らせる。
「ちょっと、邪魔しないでよ」
「邪魔ってなによ。同性でキスするなんてダメよ」
「お互いに合意の上でやってるんだからいいじゃん」
「智香、酔っぱらってるじゃない。そんなので合意とかなしよ」
そこで二人のやり取りを聞いていた智香が言う。
「麻衣ちゃんもしたいの? いいよ」
そう言ってすぐ、智香は麻衣に飛び掛かった。
「ちょまっ!?」
麻衣は慌てて智香の肩を押さえ、唇が接触するのを阻止する。
しかし、智香は勢いを止めることなく迫る。
「んー」
「と、智香、待って。これは流石に洒落にならないっ」
迫りくる智香に麻衣は必死に抵抗する。
「遠慮しないで、ほらー。ちゅーってするよー」
「してないっ。遠慮なんかしてないっ。ほんとにダメだってっ。優奈も見てないで何とかしてっ」
智香が止まる様子のない為、麻衣は優奈に助けを求める。
「一回くらいしてみたら? 私、二人がチューしてるところ超見たい」
優奈は目を輝かせて二人の様子を見ていた。
その姿で麻衣は一瞬で助ける気がないことを理解する。
優奈は助けてくれず、智香は尚も迫るのを止めない。
「あーもうっ、いい加減にしなさい!」
麻衣は智香を押し退け、自分のポケットから小さなプレート状のものを取り出す。
それを再び迫ろうとする智香の鼻の前で割った。
すると、智香が動きを止めた。
そこで優奈が残念そうに声を上げる。
「あーあ」
効果が表れたことを確認した麻衣は息をつく。
今、麻衣が使ったのは気付け薬であった。
意識系の症状全般に効き、酒の酔いを醒ます効果もある。
各個室の薬箱に常備されているもので、麻衣は酔いで話にならなかった時の為に持ってきていたのだった。
呆然としている智香に麻衣が声を掛ける。
「酔いは醒めたわね。記憶はちゃんと残ってる?」
「え……あっ」
麻衣に訊かれた智香は優奈の方を見て顔を赤らめる。
目が合った優奈は礼儀正しく頭を下げる。
「御馳走様でした。今は持ち合わせがないので、代金は後日お支払いいたします」
「不健全極まりないわね……。先生に知られたら怒られるんじゃない?」
麻衣は最早呆れていた。
そこで智香が恥ずかしそうにしながら尋ねる。
「あの……ところで、何で二人がここに?」
「注意しに来たのよ。酔ってる貴方、色々と酷かったわよ。記憶残ってるなら分かるでしょ?」
言われた智香はそこで、部屋の惨状や自分の恰好に気が付いた。
慌ててパジャマのズボンを履きながら返事をする。
「う、うん」
「これからはお酒控えた方がいいわ。でないと、またやらかすわよ」
麻衣は飲酒を控るよう忠告する。
だが、優奈がすぐさま異論を呈す。
「別にそんな控えるとかしなくてもいいと思うけどな。私は」
「優奈はまたキスしてもらいたいだけでしょ」
麻衣が指摘すると、優奈は目を逸らした。
優奈の魂胆は丸分かりであった。
そのあからさまな反応に、麻衣は軽く噴き出す。
「ぶふっ……ほら、こんなのもいるんだから飲むと危ないわよ」
「こんなのって、酷いなぁ。私はただ受け入れただけなのに」
「じゃあ、おかしな下心はないのね?」
麻衣が優奈に確認すると、今度は口を強く噤んで表情を固まらせる。
既に半笑いだった麻衣はそれを見て、思いっきり吹き出した。
「ぶはっ、あはは。ちょっと優奈、こんな時に笑わせに来ないでよ」
「え? 私は至って真面目ですけど?」
「その反応がもう面白いのよ」
変なツボにハマった麻衣は一人爆笑する。
夜遅くで眠気が強かったせいか、麻衣は少しおかしくなっていた。
そんな二人のやり取りに釣られて、智香の表情も和らぐ。
「ごめんね。沢山迷惑かけて」
そう二人に向けて言うと、爆笑していた麻衣が笑いを抑えながら答える。
「迷惑って程じゃないわよ。これから気を付けてくれたらいいから」
「……うん、気を付ける」
智香は忠告を受け取り、素直に反省したのだった。