26話 緩み始めた生活
夜。
麻衣の自室に鉛筆の書く鳴り響く。
部屋では麻衣が勉強机に向かって、草花の絵を描いていた。
集中している様子であったが、その表情からはイラつきが見て取れる。
イラつきを抑えながら描いていると、やがて指圧により色鉛筆の先が折れる。
そこで麻衣は色鉛筆を投げ出した。
「あーもうっ。売り物にできるレベルのやつなんて描けないわよー」
小遣いが物足りなかった麻衣は金を稼ごうと絵画の創作に挑戦していた。
だが、結果はこの通り。
ここでの授業のおかげで絵心のさわりの部分は理解していたものの、まだ習い始めたばかりであり、元々絵を描くことは得意ではなかった為、金銭を得られる作品を作ることなど到底できなかった。
「やっぱり、私は絵なんて描く柄じゃないわね。やーめたっと」
麻衣は絵で稼ぐのを諦め、息をつく。
「集中したらお腹空いてきちゃった。寝る前だけど、ちょっと食べちゃおうかしら」
時計の時刻は夜の十時半を指していた。
麻衣は少し悩んだが、小腹が空いていた為、軽食を買おうと売店に行くことにした。
部屋を出た麻衣はエレベーターに乗り、一階ロビーへと降りる。
寮のロビーにある売店。
ここでは日用品や文房具、軽食などが売られていた。
陳列されている商品のバリエーションは少ないものの、切れた時にすぐ欲しくなるものや、手軽に買えるものが多く揃えられている。
この場所も二十四時間利用可能となっていて、コンビニと同じような感覚で利用できるのだ。
売店に来た麻衣はスナック菓子が並ぶ棚の前へ移動する。
そこで何を買おうか選び始めたその時、寮の出入口が開いて智香が中に入ってきた。
それに気付いた麻衣は声を掛ける。
「あら、智香じゃない。こんな夜遅くにどこ行ってたの?」
「あ、麻衣ちゃーん。飲み物なくなったから買い出しー」
声絵を掛けられた智香はパタパタと麻衣のところへと駆け寄る。
その様子に麻衣は違和感を覚えた。
「態々、外に? 飲み物くらい売店やラウンジで買えるのに。何か変わったのでも買ってきたの?」
麻衣は智香が持つ買い物袋の中を覗く。
袋の間からは酒の瓶や缶がいくつも見えていた。
「ちょっ、これ全部お酒? お酒買ってきたの?」
「これが私の飲み物ー」
智香は見せつけるように袋を前に出した。
そこで麻衣は違和感の正体に気付く。
「智香、あんた酔っぱらってるじゃない。明日休みじゃないのよ。飲んで大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫、いつものことだから」
「いつもって……あ、もしかして最近ぎりぎりなの、そのせい?」
「んんー? 遅いのは寝るのが遅いからだよ。ゲームやってると、いつの間にか外が明るくなってるの」
「いや、それ酔ってるから余計に時間に気付かないんじゃない……。本物のお酒とは違うから飲むなとは言わないけど、平日に飲むのはあんまり良くないと思うわよ」
「私は思わなーい」
「えぇ……」
麻衣が咎めるが、智香は全く聞き入れなかった。
普段とは全く違う様子に麻衣は戸惑う。
「じゃ、部屋でゲームつけっぱなしだから、もう行くね。ばいばーい」
智香は話を切り上げ、エレベーターの方へと去って行く。
その背を麻衣は不安げな表情で見つめていた。
翌日。
学校では図工の授業で粘土細工を行っていた。
みんなが楽しくも真面目にやる中、智香はうつらうつらと船を漕ぐ。
遅くまで起きていた為、睡眠不足により強い眠気に襲われていた。
辛うじて寝てはいないものの、粘土を持つ手は動いておらず、首だけが上下に不規則に動いている。
傍から見ても如何にも眠そうな様子であった。
そんな様子を少し離れた位置から見ていた麻衣は、優奈に近寄って話しかける。
「ねぇ、ちょっと智香の様子、見てみてよ。どう思う?」
優奈は言われて智香の方を見る。
「可愛い」
「容姿の話じゃなくて……。智香、今すっごい眠たそうにしてるじゃない。最近、お酒飲んで夜更かししてるみたいなのよ」
「そうなんだ」
「そうなんだ。じゃ、ないわよ。平日の夜にお酒飲んでるのよ。それで夜更かしまでして。今朝も、さり気なく注意してみたけど分かってないみたいで、このままだと良くないわ」
「別に、そのくらい良いと思うけど」
「えぇ!? 何で? 普通にダメでしょ」
「だって、これまで智香ちゃんは義理の親の元で、ずっと気の張った生活を送ってきたんでしょ。お酒飲んだり夜更かしするってことは、それだけ気を抜くことができてる証だよ。いいことじゃん」
危機感を持った麻衣が訴えるが、優奈は特に問題視にはしなかった。
智香の以前の生活を詳しく知っていたからこそ、良い傾向だと捉えていたのだ。
麻衣も智香から大まかな身の上話を聞いていた為、優奈の言っていることが理解できた。
しかし、だからと言って今の智香の生活態度に問題がないと思うことにはできない。
「でも、ちょっと気を抜き過ぎだわ。登校してくるのもギリギリだし、そのうち絶対遅刻するわよ」
「まぁ、今のところは間に合ってるから、いいんじゃない?」
「そんな呑気なこと言って……。優奈は昨日の智香の姿を見てないから言えるのよ。あれをそのままにしてたら大変なことになるわ」
昨日の様子を見た麻衣は事態を重く捉えていた。
「そうかな?」
「優奈も見れば分かるわ。今晩、智香の部屋に乗り込んで説得するつもりだから、優奈も協力して」