25話 移住の後処理
休日の朝。
優奈の部屋の扉がノックされる。
「優奈ー。遊びに行きましょ」
麻衣と智香の二人が遊びの誘いに来ていた。
二人が待っていると、程なくして優奈が扉の間から顔だけ出す。
「ごめーん。超行きたいけど、今日はちょっと忙しくて無理」
「忙しい? 何してるの?」
町の学校では授業外の仕事や宿題が出されることはない。
家族がいない為、家庭の用事も起こり得ないので、麻衣は忙しくなる理由が分からなかった。
「ちょっとね。ほんと悪いけど、また今度誘って。埋め合わせは絶対にするから」
「分かったわ。またね」
優奈は詳しい理由を言わなかったが、麻衣はそれ以上の追及はしないで引き下がった。
二人が去った後、優奈は扉を閉めて部屋に戻る。
「ほんと残念だけど、今はそれどころじゃないんだよー」
心から残念がるように息をついてから、居間に戻る。
そしてそのまま突き当りの壁から、隠し部屋へと入った。
隠し部屋の椅子に座った優奈はモニタに目を移す。
モニタには駅前でビラ配りをする人達が映し出されていた。
「宜しくお願いしまーす。宜しくお願いしまーす。見かけたら情報提供下さーい」
彼女らは智香の義母とボランティアの人々であった。
配っているビラには、智香の写真と行方不明になった旨のことが記載されていた。
智香のことを疎んでいた親戚夫婦は智香が家出したことで、最初は喜んでいた。
だが、家事の殆どを担わされていた智香がいなくなれば、その家事を誰かがやらなければならない。
すぐに働き手がいなくなったことに気付き、慌てて探し始めたのだった。
捜索願は既に出されている。
その上、家を出る際に残していった置手紙を親戚夫婦が隠蔽した為、警察は事件性があるとみて捜査を始めていた。
優奈にとってそれは危惧していたことであり、非常に困る事態であった。
騒ぎが大きくなればなる程、今後勧誘する女の子の耳に入る恐れが高くなる。
そこから通じて本人に伝わってしまうと、不必要に心をかき乱すことになりかねない。
智香の件は、このまま放置していれば全国ニュースになってしまう可能性も否定できない。
一刻も早く止めなければならなかった。
その時、モニタの端にマークが表示される。
「やっと到着したか」
優奈はモニタの前に座って操作を始めた。
――――
智香の親戚夫婦自宅、最寄りの警察署。
ロビーの入口から一人の少女が入ってくる。
その姿は智香そのものであった。
彼女は智香の姿を模した偽装ロボットである。
事態の収拾を行う為、取り急ぎ派遣したものであった。
入ってきた智香の偽装ロボットは一直線に受付へと行く。
近づいたところで、受付に居た婦警が気付いて先に声を掛けてきた。
「ん? どうしたの?」
「あの……ちょっと前から家出してたんですけど、何か知らないうちに騒ぎになってたみたいで、私どうしていいのか分からなくて……」
智香の偽装ロボットはそう言いながらビラを取り出して婦警に見せた。
すると、優しげに話していた婦警の顔が真面目な表情に切り替わる。
「ちょっと奥でお話しましょうか」
婦警はすぐに受付から出て来て、智香の偽装ロボットの肩に手を置いて身柄を確保する。
そしてそのまま奥の部屋へと連れて行った。
小部屋にて、事情聴取が行われる。
智香の偽装ロボットは予め決めていた設定に従い、事情を話した。
家出した理由は事実をそのまま、家での扱いに不満を覚えたことであると話す。
家出してからのことは、友人の家を転々としながら生活していたということにした。
事情聴取をしている途中、警察側も捜索願が出されていたことが分かり、そこから長々と調書をとることとなった。
同じことを何度も聞かれ、智香の偽装ロボットは繰り返し同じ受け答えをする。
何度目かの時、小部屋の扉が開く。
そこから入ってきたのは警察官と智香の義母であった。
「智香っ。心配したのよ」
智香の義母は大げさに心配した素振りを見せながら、智香に駆け寄って抱き寄せる。
養子で酷い扱いを受けていると婦警には話していたものの、それは一方的な意見だった為、義母からの話やその様子から隔離する必要はないと判断された。
抱きしめられた智香の偽装ロボットは強い力で義母を突き放す。
「嘘! 心配する振りなんてしないでよ! 私のこといらないって言ってたでしょ!?」
以前の智香からは考えられない強い言葉をぶつけられ、義母は動揺する。
「そ、それは貴方の勘違いよ。私は智香を大切に想ってるわよ」
「証拠もあるのに、そんな嘘が通用すると思ってるの? どうせ手紙やDVDのこと他の人達には言ってないんでしょ。この人、私のこと邪魔だから、どっかに引き取らせたいって話してたんだよ。私、迷惑かけないように、ずっといい子にしてたのに!」
智香の偽装ロボットは周りの警察官に言い触らすように言った。
「何言ってるの、この子ったら。すみません、この子、反抗期みたいで」
智香の義母は智香の意見を封殺するように周りに向けて言う。
だが、その声に被せるように智香の偽装ロボットが即座に返す。
「そうやって誤魔化して! 戻ったら、また奴隷扱いするんでしょ!? もううんざり!」
狂乱するように言う智香の偽装ロボットを婦警が宥めようとする。
「智香ちゃん落ち着いて、話は聞くから」
「嘘! 酷い扱いされてるって言ったのに、この人連れてきたじゃん!」
「ごめんなさい。今度はちゃんと聞くから。智香ちゃんがどうしても戻りたくないって言うなら、施設や他の方法もあるから、何が一番いいのか一緒に考えましょ」
「ううん。私は一人で生きていく。もう誰も信用しない」
そう言うと、智香の偽装ロボットは突然飛び出すように扉へと走り出した。
警察官達が止める間もなく、部屋から出ていく。
「あっ、待って!」
ワンテンポ遅れて、警察官達が慌ててその後を追う。
智香の偽装ロボットは警察署の廊下を駆け抜ける。
偽装能力以外の機能も非常に高い為、大人でも追いつくことはできない。
速度を出しながらも不自然さを感じさせない絶妙なスピードであった。
そのまま走り抜け、ロビーに出る。
ロビーには警察官の他に、手続きや相談に来ていた地元住民の姿があった。
その中にはビラ配りを行っていたボランティアの人も居た。
智香の偽装ロボットは透かさず声を大にして言う。
「助けてー! 戻ったら、また虐待されるー! あの鬼婆、外面いいから誰も助けてくれないー!」
走る速度を一時的に落として、ボランティアの人が智香の顔をはっきりと確認させた。
そしてすぐに速度を戻し、出入口から警察署を出て行く。
警察署を出てすぐ物陰に入り、足を止めるのと同時に光学迷彩を発動させて姿を消した。
後ろから追いかけていた警察官が通り過ぎて去っていく。
――――
優奈の部屋の隠し部屋。
モニタの前で操作をしていた優奈は、智香の偽装ロボットに帰還命令を出して息をつく。
「これで事件性はなくなったから大丈夫かな。ビラ配り手伝っていた人にも知らしめることができたから、あいつらもこれ以上余計な行動はできないはず」
家出であることを警察に分からせた為、事件として捜査されることはなくなった。
軽くではあるが、虐待していることも触れ回ったので、被害者としての親戚夫婦の行動を封殺することもできたであろう。
これで智香の件は、一先ずの解決をしたと言える。
「やっぱり、この回収のやり方は無理があるのかも。でも、元の生活に戻れるようにするには、ああするぐらいしかなかったからなぁ」
死亡を偽装するなどすれば、騒ぎになる危険性を残さず移住させることはできた。
だが、それでは女の子が元の生活に戻ることを望んだ時、復帰させることはできない。
元に戻れる余地を残して失踪させるには、事件性のない行方不明扱いにさせるしかなかったのだ。
しかし今回のことで、智香が元の生活に戻ることはほぼ不可能となった。
本人は今のところ町での生活を気に入っている為、優奈はそのまま気が変わらないことを願うしかない。
「他の子のところも微妙に雲行きが怪しいところがあるし、やり方変えないといけないのかも。何かいい方法はないかな……。懸念要素を残さず、女の子達が満足してくれる形ような。いっそ、元に戻すことは諦めようか。うーん……考えないと」
ヴァルサをもってしても、優奈が満足する解決方法は出せなかった。
どうするかは優奈が自分で妥協できるラインを探すしかない。
それからも優奈は回収した女の子達の後処理について頭を悩ませた。