23話 レクリエーション2
校舎一棟一階。
職員室横の倉庫から優奈と智香の二人が出てくる。
二人の手には沢山のビー玉が握られており、服のポケットも大きく膨らんでいた。
「一杯見つかったね。どれだけ隠してあるんだろう?」
沢山手に入り、智香はホクホク顔であった。
あれから二人は校舎内を散策しながら、多くのビー玉を探し当てていた。
初めは優奈が主導して見つけていたが、智香も途中で面白くなってきたようで積極的に探しに行っている。
「まだまだ沢山あると思うよ。もっと一杯見つけて麻衣ちゃんを喜ばせよう」
優奈は麻衣の為に積極的に回収しに行っていた。
欲しがっていた物をプレゼントすることで好感度を上げる算段である。
見つけた分、隠してあるビー玉の数は減るが、少なくなったら清掃ロボットが秘密裏に補充を行うので、他の子達の牌を奪うことにはならない。
「でも、これだけ簡単に見つかるなら、麻衣ちゃんも沢山見つけてるんじゃない?」
「……確かに、その可能性もあるね。まぁ、他に欲しい子いるかもしれないし、その時は分けてあげるってことで」
「うん、それがいいね」
二人が喋っていると、そのすぐ横の窓の外から突然、人影が降ってくる。
「とうっ」
降ってきた美咲は、全身で衝撃を緩和するように着地する。
そして中庭を突っ切るよう走って行った。
「……凄いな」
優奈はそれを見て感心するように呟いた。
「今、上から飛び降りたの? そんなことしてもいいの?」
「禁止はされてないよ。気を付ける必要はあるけど」
階段から飛び降りたり、廊下を走るなどの危険行為は、自分のみならず他の子にも危険が及ぶ可能性がある。
地上の学校では禁止されており、町でも好ましい行いではなかったが、ここでは怪我が簡単に治せることから、ある程度は大目に見られていた。
「そうなんだ。私は怖くてできないなぁ」
「私、昔やったことあるけど、相当痛いよ。やった後、暫くは真面に歩けなかった。上手く着地できれば、さっきの美咲ちゃんみたいにすぐに動けるけど、なかなか難しいんだな、これが」
「優奈ちゃんって結構やんちゃだったんだね……」
「いやぁ、あはは。若気の至りと言いますか……っていうか本当に凄いな」
中庭を突っ切り、校舎二棟へと着いた美咲は、竪樋に足をかけて二階へとよじ登っていた。
女の子達の運動神経は向上しているが、このようなことをするには一定の度胸と覚悟が必要であった。
二人が感心して美咲の姿を見ていると、近くの階段から真琴が降りてくる。
「おーい、さっき美咲がこっちに……って、めっちゃ見つけてるじゃん!」
真琴は二人の持っていたビー玉を見て驚く。
「分けようか?」
「いや、もういくつか見つけたからいいよ」
真琴がポケットから取り出したビー玉を見せる。
その手には四つのビー玉があった。
全種類揃ってはいなかったが、真琴はそのビー玉自体にあまり興味がない為、貰うほどではなかった。
「そう?」
優奈はビー玉を見せるように出していた手を引っ込める。
「ところで、美咲見なかった? こっちの方に来たはずだけど」
「ああ、見たよ。今さっきあっちに走ってって外壁から二階に上ってった」
「おぅ、マジか……。アクロバティック過ぎんだろ」
それはただのかくれんぼでは有り得ない、型破りな行動であった。
美咲の動向を聞いた真琴は溜息をつく。
「はぁ……一緒に宝探ししようって言った癖に滅茶苦茶な行動するから、もう大変だよ」
「苦労してるねぇ」
「それはそれで楽しいけどな。じゃ、あたしは美咲と合流しないといけないから行くわ。教えてくれてありがとな。あ、先生二階にいるから気を付けた方がいいよ」
真琴はそれだけ言って二棟の方へと走って行った。
再び二人だけとなる。
「先生、上にいるだって。ここも危なそうだから、他のところで探そっか」
「ビー玉はもう十分見つけたから、そろそろ隠れた方がいいんじゃない?」
「ん、じゃあ隠れることにしよう」
二人はビー玉探しを終わらせ、隠れることにした。
身を潜める場所を見つけるべく、一先ず近くの保健室へと入る。
すると、そこには先客が居た。
女の子が一人、お尻を突き出して棚を漁っている。
スカートだった為、真っ白なパンツが丸見えであったが、その子はそんなことを気にしている余裕もないくらい必死でビー玉探しをしていた。
服装から二人はその子が麻衣であることに気付く。
「あ、麻衣ちゃん」
優奈が呼びかけると、頭を上げようとした麻衣が棚の天井に頭を打つ。
「あたっ」
そして痛みを抑えながらゆっくり頭を出して二人の方に顔を向ける。
「あら、二人もここに来たのね」
「成果はどう? 沢山見つかった?」
優奈はビー玉探しの進捗を尋ねた。
すると、麻衣はポケットからビー玉二つを取り出して、それを自慢げに見せる。
「二つ見つけたわ。どうよ。綺麗でしょ」
「あ、うん。そうだね」
たった二つを自信満々に見せてくるその姿に、優奈と智香は何とも言えないような表情になる。
「二人は? 一つくらい見つけられた?」
「えっと……これだけ」
優奈と智香は躊躇いがちに、ポケットに詰め込まれていたビー玉を見せた。
「えー! うそー!? 何でそんなに持ってるのー?」
「いやぁ、隠してありそうなところを予測して探してたら、こんな感じに。コツが分かれば結構簡単に見つかるよ」
麻衣が沢山見つけていた可能性を考えていた二人であったが、実際は二つだけと、成果は芳しくなかった。
隠してある数は多くても、宝探しとしてしっかり隠されていたので、隠し場所を知っていなければ普通この程度である。
「うぐぐ、私も結構考えて探してたんだけどなぁ。二人ともやるわね」
「沢山見つけすぎちゃったから分けてあげるよ」
「え!? うーん……遠慮しておくわ」
「何で!?」
あれだけ欲しがっていたにも拘わらず、麻衣は優奈の申し出を断った。
喜ぶと思い込んでいた優奈にとって、その反応は予想外であった。
麻衣は一人で探すと言った手前、別行動をとらせた二人から恵んでもらうような恥ずべきことはできなかったのだ。
だが、そんなプライドを曝け出すことはできない麻衣は適当な理由を取ってつけて言う。
「それは二人が見つけたのだから、二人のものよ。やっぱり、こういうのは自分で見つけないと、愛着も沸かないでしょ?」
「そっかー」
優奈には尤もな理由に聞こえた為、素直に引き下がった。
ビー玉をしまう際、麻衣は僅かに物欲しそうな顔を見せるが、すぐに表情を引き締める。
「じゃあ、私も頑張って沢山見つけてくるから、もう行くわね」
「うん、頑張って。五年クラスの周辺が意外に穴場だと思うよ。ワークスペースの窓のサッシとか」
「分かったわ」
アドバイスを受け取り、麻衣は保健室から出た。
だが、廊下で一瞬止まったと思ったら、飛び退くように保健室内へと戻ってくる。
振り向いた麻衣の顔は涙目で青褪めていた。
「ど、どうしよう。見つかっちゃった……」
保健室から出た際、麻衣は廊下の先にいた教師ロボットと目が合ったのだった。
見つかれば身柄は拘束される上に、見つけたビー玉は没収である。
拘束されても一定時間の経過で解放されるが、今の時刻からでは終了時間までに間に合わない。
つまり、今捕まればお終いであった。
優奈は即座に訊く。
「どこに居た?」
「反対側の端だけど、すぐに来ちゃう」
廊下の長さは結構あったが、捕捉した教師ロボットの速度ならば十数秒もかからなかった。
すぐに隠れなければならないが、麻衣が保健室にいることは教師ロボットに知られている為、この部屋に隠れることは極めて危険である。
しかし、だからと言って部屋から出ることはできない。
今まさに教師ロボットは急速に迫ってきている為、廊下に出ればあっという間に捕まってしまうであろう。
ルールから運動場へ出ることはできない為、外への扉は使えない。
保健室倉庫への扉もあるが、そこは出入口が一つしかないので、保健室内と危険度は変わらなかった。
移動することはできず、隠れても危険。
麻衣は完全に詰んでいた。
絶体絶命の危機に麻衣は絶望的するが、優奈は頭を働かせ、即座に対応する。
「麻衣ちゃん、手出して」
「へ? 手?」
「早くっ」
優奈に急かされるが、麻衣は突然のことですぐには反応できなかった。
まごついていた為、優奈は自分のポケットに入っていたビー玉を鷲掴みして、麻衣のポケットへと強引に突っ込む。
「私が囮になるから、二人はそのうちに逃げて」
「え、でも……」
「いいから。じゃ」
優奈は返事も聞かず、保健室から飛び出した。
すると、廊下を走って迫ってきていた教師ロボットが優奈を前に急停止する。
「優奈さん、見つけました」
指をさされ、優奈は宣言を受けた。
これでアウトである。
飛び出した勢いですぐには止まれなかった優奈は、勢いを緩めながら保健室斜め前の階段前まで足を進めてから止まった。
それを追って教師ロボットは優奈の前へと移動する。
「じゃあビー玉を持ってたら没収するから確認するね」
続けて、優奈への身体検査を始める。
身体検査を行う教師ロボットは、保健室に背を向ける形となっていた。
保健室の扉の影から様子を伺う二人に、優奈は目で行くよう合図を送る。
二人はそれを受け、優奈が身体検査をされている隙に、保健室から玄関方面へと脱出したのだった。