16話 夜遊び
四時間目が終わったら簡単な連絡事項だけの帰りの会を行い、学校の一日の日程が終了した。
放課後となり、女の子達はそれぞれ自由に余暇時間を過ごし始める。
寮の麻衣の部屋。
そこで優奈、麻衣、智香の三人がお喋りをして遊んでいた。
「あの映像見た時、ぞわーって全身に鳥肌が立ったわ」
「私は虫そんな苦手じゃなかったけど、あんなの見ちゃうとね……」
麻衣と智香は授業のことを思い出して、身体を震わせている。
微生物の拡大映像は女の子達に効果覿面であった。
「はぁ……もうあの記憶消し去りたいわ。先生に言ったら消してくれないかしら」
麻衣は喋りながらふと時計を見る。
「あら、まだ三時前なのね。ねぇ、学校の時間凄く短く感じなかった? 一限しか違わないのに」
「え? 一二三四……ほんとだ。午前授業の感覚だった」
一般的に五年生の平日授業は五時間である。
町の小学校では、一時間減って四時間の授業であった。
授業数はたった一つしか違わないが、掃除や配膳作業の時間がなく、寮が学校の真ん前で下校時間がほぼかからないこともあって、拘束時間が大分時間短縮されていた。
また、実技の授業が多くてあまり退屈しないことから、感覚的にも短く感じているのであろう。
「これで普通授業なのよね? 毎週水曜も休みだし、休み多くて最高だわ」
「でしょでしょ。この町、最高だよね」
麻衣のベッドに寝転んでいた優奈が賛同する。
祝日はないが、代わりに毎週水曜日休みと、登校日数も短縮されていた。
町は受験や就職など競争社会とは無縁な為、無駄に勉強する必要はない。
理解度を確認するテストはあるものの、得点によって優劣を競うものはなく、宿題もなかった。
学校で適度に楽しく学びつつ、たっぷりある余暇時間で、のびのびと生きることができるのだ。
「でも、休みが多過ぎて暇になっちゃいそう。スマホないし、テレビだってほら、チャンネル二つしかない」
麻衣がリモコンで、部屋のテレビのチャンネルをかちかちと切り替える。
映る映像は、この町のお店や商品を紹介する番組と天気予報の二つだけだった。
地上からの電波は届かない為、町のオリジナル番組しか観ることができない。
「番組はそのうち増えるんじゃない? アニメとか。あとは自分達でも作れるって聞いたから、みんなの頑張り次第ではかなり増えると思うよ」
「へー。自分達で作るってネット配信みたいに?」
「そうそう、申請すると放送枠を貰えるから、そこで自分が撮影した映像を流すんだ。まぁでも、流石に簡単にとはいかないから、できるのは当分先になると思うけど」
優奈はテレビも女の子達の力で発展させていこうとしていた。
現代ではネットでの個人配信が普及しているので、敷居は高く感じないであろう。
「ふぅん。自分で出たいとは思わないけど、ネット動画の代わり見れるのは楽しみだわ。優奈は何か作るの?」
「私は今のところ作るつもりはないけど、やる子が少ないようだったらやろうかと」
「優奈の作る番組ちょっと気になるわね」
「んー、作るとしたらファッションかモデル系かな」
「それはちょっと……止めておいた方がいいわよ」
「えっ、何で?」
「優奈のセンス、微妙にずれてるじゃない。それにナルシストっぽい番組になりそう」
「う……確かにそうかもしれないけどー」
優奈はぶーたれながらベッドの上を転がる。
的確な分析であった為、優奈も自分で納得してしまった。
その時、ベッドの上でゴロゴロする優奈を見ていた智香が苦言を呈す。
「優奈ちゃん、他人のベッドで転がるのあんまり良くないよ」
「あ、ごめんっ」
注意された優奈はすぐに転がるのを止める。
「別にいいわよ。そのくらい。どうせ寝れば皺着くんだから。あ、今日はうちに泊まる?」
「おー、賛成ー」
麻衣からの泊まりの誘いに、優奈は即賛成した。
しかし、智香の方は昨日と同じように不安げな顔になる。
「そんな連続で泊まっちゃってもいいの?」
「私はいいわよ。夜までお喋りできて楽しいし」
「……でも、遊んでばかりだと何だか不安になる」
「えー、どんな不安よ」
ここに来るまで智香は夜遊びなどしたことなく、ずっと真面目に生きてきた。
それが当たり前であり、普通の生活だと思っていたのである。
だから突然遊べる時間が増えたことで、逆に不安を感じてしまっていた。
だが、それは周りには理解され辛いことである。
今この場で理解していたのは、事情を知っていた優奈だけだった。
智香の様子を見ていた優奈が声を張り上げて言う。
「よし、今日は夜遊びしよう!」
――――
その夜。
優奈は麻衣と智香を連れ、商店街の一角にあるバーへとやってきた。
淡い灯りに照らされた店内には、重厚感のある木製のテーブルと椅子が設置されており、バーテンダーロボットのいるカウンターの後ろには、お酒の瓶が多く立ち並んでいる。
ジャズの音楽が薄らと流れていて、シックで大人の雰囲気を醸し出していた。
本日オープンしたばかりであるが、業種的に子供が入るには敷居が高く、まだ夜に出歩く子自体が殆どいなかった為、優奈達以外の客はいなかった。
「わー、わー。私達まだ子供なのに、こんなとこ入っちゃっていいの?」
麻衣は興奮気味に、店内をきょろきょろ見回しながら燥ぐ。
「いいも何も、この町子供しかいないでしょ」
「そういえばそうねっ。こんなお店に入れるなんて思っても見なかったわ。何だか大人になった気分」
麻衣は始めてくる大人の店に、テンションが高くなっていた。
だが、対照的に智香は相変わらず不安そうな表情をしていた。
商店街には、女の子達が楽しめるよう様々なお店が作られていく。
大人向けの店も、教育上悪影響がないものは作ることにしていた。
女の子はずっと少女のままであるので、特別な問題がない限り年齢制限は設けていない。
テーブル席に着いた三人はメニューを見る。
そこには沢山の種類のお酒が載っていた。
メニューの殆どがお酒で占められている。
「どれが、どんな味か分かんないと思うから、飲み放題コースでいい?」
優奈がそう言いながら、端に置いてあるタッチパネルを持ってくる。
「えっ、お酒はまだ飲んじゃダメなんじゃ……」
驚いて言う智香に、優奈はメニューの端を指さす。
「ほら、ここ。全部ノンアルコール。子供でも飲めるやつだから大丈夫」
そこにはアルコールが入っていない為、未成年でも飲むことができる旨が記載されていた。
女の子達が利用するお店なので、アルコール類は出していない。
メニューにあるお酒は全てがノンアルコールであった。
だが、ジュースとも少し違い、アルコールの代わりに若干気分が昂揚する物質が入っていて、お酒に近いものとして再現されている。
近いものであるが、アルコールのように身体に負担がかかることはなく、味も初めての子でも受け入れやすいようにできていた。
今後、町でお酒と言ったら、この飲み物を指すことになるであろう。
三人は飲み放題コースを申し込み、注文するドリンクを選び始める。
「こんな夜に出歩いてお酒飲むのって、ちょっと悪いことしてるみたいでドキドキするわ」
「門限はないんだから、今日は存分に楽しもうよ。今日は花金だし、何ならオールナイトでもオッケーだよ」
町のお店は基本的に二十四時間営業なので、夜中でも利用することができる。
門限はなく、夜遊びしても大丈夫なように、学校が始まる時間も少し遅くなっていた。
明日は休みである為、今日は朝まで遊んでも何ら問題はない。
「花金? 何それ?」
「え、知らない? 花の金曜日。明日は休みだから羽目を外して遊べるってことだけど」
「初耳よ」
「もしかして死語になっちゃってる? あぁ、もう通じないのかぁ……」
当たり前に使っていた言葉が通じなくなり、優奈は歳の違いを思い知らされる。
女の子達を受け入れてまだ二日目であるが、優奈はこの短い期間で、もう何度もジェネレーションギャップを感じさせられていた。
「まぁ兎に角、今日は盛り上がろー」
「おー!」
盛り上がる優奈と麻衣。
だが、その横で智香は一人不安げに首を傾げていた。
「いいのかな……」
――――
「勉強も頑張って家のことも沢山手伝ったのに、全然私のこと見てくれないの。私、他の子より、ずっといい子にしてたんだよ」
「酷いわねー」
智香と麻衣はグラスを片手に弛んだ様子で喋る。
飲み始めて早一時間。
二人は完全に出来上がっていた。
特に智香は普段の控えめの感じとは打って変わって、ダムが決壊したように自分のことを饒舌に話していた。
姿も、捲れ上がったスカートを気にせず、大股を開いてパンツ丸出しで燥いでる。
「でも、この町に誘われて良かったじゃない。あのまま生活してたら、その父親に絶対に襲われてたわよ」
「えー、やだぁ」
智香は笑いながら麻衣の肩を軽く叩く。
麻衣の方も心なしか饒舌になっていた。
そんな二人の様子を、優奈はお酒をちびちびと飲みながら眺める。
(あわよくば気晴らしになればいいと思って誘ったけど、ここまで曝け出してきたのは予想外。それだけ抑圧されてたってことか……)
智香が飲んでいるお酒は然程強いものではなかった。
だが、気分が若干昂揚したことで、それまで抑えてきた気持ちを解放するきっかけとなったのである。
麻衣と喋っていた智香だったが、その時急に優奈の方を向いて言う。
「ねぇ、優奈ちゃん。今日は夜遊び誘ってくれてありがとう。夜遊び凄く楽しい」
優奈は突然話を振られて少し驚くが、笑顔になって答える。
「どういたしまして」
少々強引であったが、智香にとってはいい気晴らしになったようだった。
(でも、次は居酒屋の方がいいかな……)
パンツ丸出しでバーの雰囲気をぶち壊しにする智香の姿を見て、優奈はそう思った。