15話 通常授業開始
町の小学校は九時から始まる。
今日は初めての寮からの初めての登校とのことで、女の子達は教師ロボットの送迎で登校し、教室に到着後そのまま朝の会へと移行した。
簡単な挨拶と連絡事項を終えて一時間目。
通常授業、第一回目は音楽である。
一棟三階の音楽室では、電子ピアノが教室の机のように並べられており、女の子達はそこの前で各々弾く練習を行う。
電子ピアノは普通のものではなく、楽譜を立て掛けるところにはモニタがついてあって、その画面ではリズムゲームのように音符のマークが流れていた。
女の子達は遊び感覚で楽しそうにピアノを弾いている。
「私、結構ゲーム好きなんだよね。これが練習ならずっとできちゃいそう」
智香が楽しそうにピアノを弾く。
智香はこれまでピアノは全く弾けなかったが、モニタの表示に従うことで、それなりに奏でることができていた。
今はただ、画面の音符を追っているだけでも、暫く続けていれば指や耳が慣れて普通に弾けるようになるのだ。
このようにゲーム感覚で学ぶことで、苦しむことなく楽しく技術を身に着けることができる。
だが、元々弾くことができていた麻衣は不満を漏らす。
「ピアノ弾けるようになるの滅茶苦茶大変だったのに、こんな簡単に練習できるなんて狡いわ」
これまで多くの時間をかけて練習していたことを思うと、弾ける子達は妬まざるを得たなかった。
そこで通りがかった教師ロボットが言う。
「他の楽器もやりますから、そんなことは気にしない方がいいですよ。音楽の授業では今後も様々な楽器に触れて貰うから、色んな楽器が弾けるようになるはずです」
町の学校は実技に力を入れる授業方針であった。
様々なことができるようになれば、人生が豊かになる。
女の子達に長い人生を謳歌してもらえるよう、多くの技術を身に付けさせるつもりであった。
それが将来、趣味が高じて、商品や見世物にできる程になってくれるかもしれない。
女の子達が自らの手で娯楽を提供できれば、町の発展にも貢献される。
町では特に書籍や映像メディアなどの情報系の物は、悪影響を避ける為、非常に厳しく選別していたので、充実させるには女の子達が自らの手で作らなければならない。
女の子達の手によって、町独自の文化が発展してくれることを優奈は密かに期待していた。
二時間目は算数。
教師ロボットの講義により、基礎からおさらいする。
授業を受けている女の子達は、先程とは打って変わって退屈そうな様子であった。
高度な人工知能によって面白く分かり易い授業を行うことができるが、今日は基礎の基礎をおさらいしているので、それにも限度がある。
前の授業との落差もあって、女の子達はつまらなく感じていた。
だが、人生を豊かにする為、そして生きる為には基礎学習は必要である。
いくらつまらなくても最低限はやってもらわなくてはならない。
三時間目は社会。
「気付いてる子もいるでしょうか。この町に人間以外の動物や虫はいません。これは衛生上の観点から、受け入れない方針を取っているのです。みんなは地上がどれだけ汚いか知ってますか? 一見、綺麗に見えても、よく見ると微生物や菌で一杯だったりするんですよ。例えば、これを見てください」
教師ロボットが指し棒を黒板に指すと、そこにみんなと同じくらいの女の子が、朝食のパンを食べている映像が映し出される。
「女の子が朝ご飯を食べていますよね。この子は食べる前にちゃんと手を洗いました。でも、この子の手には……」
パンを持つ手の部分が拡大される。
何千倍にもアップされ、画面に多くの微生物が映し出された。
「ひっ」
女の子達が顔を引きつらせる。
映し出された微生物は、悍ましく気色悪い芋虫のような容姿をしていた。
微生物の拡大写真は現代でも珍しくない為、大体のことは予想していた女の子達であったが、あまりに鮮明でリアルに映し出された微生物に度肝を抜かれていた。
現代の一般的な拡大写真とは、気持ち悪さが段違いである。
「勿論、食べ物にも付着してます」
次に、映像の女の子が食べているパンを拡大する。
すると、パンの上にも大量のリアルな微生物が映っていた。
女の子は微生物付きのパンを次々と食べていく。
その様子に教室の所々から悲鳴が上がった。
「気持ち悪いですよね。でも、安心してください。さっき、町には人間以外の動物や虫がいないと言いましたが、それはこのような細かな生き物も含めて一切いないということですから。清掃ロボット達が頑張ってくれてるおかげで、この町はどこでも常に清潔。トイレの床から便器さえも、地上でみんなが使ってたお皿より、ずっと綺麗なんですよ」
教師ロボットの話を聞き、女の子達はほっと胸を撫で下ろす。
実際には体内の常在菌などは残っていたが、清潔さを強調させる為に今回は敢えて伏せていた。
地上への未練を失くさせる為、ダメ押しでこのような授業も行う。
そして昼食の時間。
学校が始まる時間が普通より遅い為、午前の授業は三時間のみである。
女の子達は机をくっつけて皆で給食を食べる。
前の授業は食欲が減退するような内容であったが、そのような素振りも見せず楽しそうに食事を摂っていた。
否、給食はみんな楽しみにしていたので、考えないようにしていたのだ。
麻衣は幸せそうな表情で、サラダを摘まむ。
「はぁー……これが一番の楽しみだわ。全部美味し過ぎて嫌いな食べ物でも食べれちゃう」
「見た目は普通の給食なのに凄く美味しいよね。あと、飲み物が牛乳じゃなくて良かった」
智香がそう言いながら、お茶を飲む。
「あぁ、牛乳はご飯には合わないわよね」
一般的な給食であったが、飲み物はお茶となっていた。
日本食と牛乳との相性はあまりよろしくない。
給食の牛乳は全国的に見ても不評の声は少なくなかったが、栄養の為に日本ではこれまでずっと続けられてきた。
町の人工食材に栄養バランスは関係ないので、無理に組み合わせの悪いものをつける必要がないのだ。
「味もいいけど、こうやって机くっつけて食べるのも斬新でいいわね。お喋りしながら食べてもいいなんて凄いわ」
麻衣の言葉に智香は首を傾げる。
「給食で机くっつけるの普通じゃない?」
「え? 私、くっつけたことなんて一度もなかったわよ」
「えぇ!? そうなの?」
そこで麻衣の向かいで食べていた子が話に入ってくる。
「あたしのとこもくっつけてなかったよ」
「うちはくっつけてたー」「私は……」
周りの子達が次々に言う。
みんなの意見はバラバラであった。
「学校によって違うのかな」
「そうみたいね」
みんな違う学校から来ていたので、それぞれの方針の違いが出ていた。
盛り上がっていると、教師ロボットがみんなに向けて言う。
「はいはい。喋るのはいいけど、口開けっ放しで噛むのはダメですからね。あ、そこ、お箸で器を寄せたらダメですよ。下が傷つきますし、こぼれることもあるから」
給食はマナーの指導も兼ねていた。
そのマナーは厳格なものではなく、人に迷惑を掛けたり、悪影響があることだけを制限するもので、他の意味のないマナーは無視していいことにしている。
昼休みを挟んで四時間目の体育。
体育館で半袖短パンの体操服に身を包んだ女の子達がバドミントンを行っていた。
「よっ……ほっ……」
優奈が打つと、智香が打ち返してくる。
それぞれ席が隣りの子同士で組んで、シャトルを打ち合っていた。
運動は健康な体を作るのに必要不可欠なことである。
健康の為、町の学校では実技も兼ねて、体育の時間を一般的な学校よりも多めにとっていた。
打ち合いをする中、教師ロボットが話す。
「遺伝子欠損を修復する薬には、運動神経を改善させる効果もあります。薬は先日投与したばかりですが、早い子はもう実感できるかもしれません」
教師ロボットの話を聞いた智香が優奈に訊く。
「運動神経、変わった感じする?」
「私? んー……ちょっと分からないかな」
「だよね」
運動神経の改善は優奈が追加したものではなく、欠損治療の効果である。
欠損を修復したことで健康で強靭な身体となるのだ。
現代の日本人の運動能力からすると、身体能力も若干上がっていた。
しかし運動神経は感覚によるものが大きい為、なかなか実感し辛いことであった。
尤も、優奈は今の身体で激しい運動を行うのはこれが初めてであるので、実感も何もなかったが。