エピローグ
文化祭が終わり、町では女の子達が変わらぬ日常を送っていた。
そんな中、麻衣は買い出しで一人、商店街を歩く。
普段、何気なく利用していた商店街だが、真相を知った後では色んなところが目につく。
高品質低価格の商品やサービス、便利で利用し易い店舗。
細かいところを見ても、利用者のことを第一に考えて作られていることが分かる。
愛があるからこその拘りようだった。
(寮のお風呂を大浴場にしたのは、単に裸が見たいだけだと思うけど)
所々に下心も見えるが、全体的に見れば非常に良い町だった。
「あ、可愛い」
通り掛かったお店で、麻衣は美しいデザインの宝石入れを発見した。
だが、値札を見て固まる。
町の商品にしては、かなり高い。
宝石の原石は自然公園の山にタダで落ちているものだったが、ある程度の大きさになると、趣向品として高価な設定で販売されていた。
その宝石を入れる物であるので、値段もそれ相応の価格がつけられている。
(欲しい……)
しかし、万年金欠の麻衣にとっては厳しい金額である。
優奈にお願いすればタダで手に入るという考えが頭に浮かぶが、麻衣は必死に掻き消す。
(ズルはダメだわ。買うなら自分で貯めた、お金じゃないと)
裏の支配者である優奈にお願いすれば、いくらでも融通してくれる。
だが、曲がったことは嫌いな麻衣は甘えることは出来なかった。
麻衣は宝石入れを諦めて先へ進む。
すると、先にある本屋の前に人だかりが出来ていた。
下級生達が来たとは言え、人口密度の低いこの町では珍しい光景である。
何かと思った麻衣が覗いてみると、そこには優奈のCDやポスター、写真集などが積まれて販売されていた。
麻衣は原因がわかり、ゲンナリする。
今日は優奈の出すグッズの発売日だった。
文化祭でファッションショーやライブに参加し、注目を浴びた優奈。
歌も上手く、その完璧に設計された造形から憧れる子も出てきた。
それに気を良くした優奈は調子に乗って、自分の写真集やカバー曲を出すことにしたのである。
普通なら黒歴史になるが、ズバ抜けた美貌と町の編集力のおかげで、どれも完成度の高いものとなっていた。
(いくら美人でも、よくあんなのを売り出せるわね……)
何とも言えない気持ちで眺めていると、同じような顔をしてグッズを見ている未久と結衣を見つける。
隣には希海も居た。
「あ、どうも」
麻衣の姿に気付いた未久達は会釈をする。
町の真相を知ってから、四人の間に妙な連帯感が生まれていた。
「二人とも、ずっと迷ってるんだよ。欲しかったら買えばいいのに」
希海が痺れを切らしたように、麻衣に報告してくる。
「えっ、あれ欲しいの?」
「いえ……町に住んでるなら、買った方がいいのかなって思いまして」
優奈は町の支配者であり、ある意味、王とも言える。
だから、そこに属する二人は住民として買うべきかと悩んでいた。
「あたしは優奈姉ちゃんのことは好きだけど、こういうのには興味ないから買わない」
何も知らない希海は呑気に言う。
真相を知ってから、二人は優奈への対応に困っていた。
「それが正しいわ。いらないなら買わなくていいのよ。優奈を喜ばせても、何の為にもならないわ」
「……じゃあ、止めます」
軽い助言で二人はあっさりと買うのを止め、麻衣は、この場に優奈が居たらショック受けてただろうなと笑う。
「そうよ。好きに生きればいいわ。それがあの子の望みでもあるんだから」
裏の顔を知ったことで、より優奈への理解が深まっていた。
麻衣が寮の前まで戻ってくると、そこには美咲と真琴の姿があった。
「ほっ」
寮の壁に向かっていた美咲は壁を蹴り、バク宙をした。
「凄いことやってるわね……」
「やってみたら出来た」
美咲は、あっけらかんと言う。
「あたしはコンクリートの上でやる勇気はないけど、ボールプールとかの前でなら似たようなの出来るぜ」
薬のおかげで運動神経が上がっていたが、その中でも運動が得意な二人が突出して効果を出せていた。
「私は出来そうにないわ」
身体の性能的には出来ることでも、麻衣は自分では全くできそうになかった。
やる勇気もさることながら、身体の使い方にも差があった為、運動が得意でもない普通の子にとっては敷居が高いことである。
そこで麻衣は、真琴が手に持つ袋に気付く。
その袋からは丸まったポスターが飛び出ていた。
「それって……」
「これ? 優奈の」
真琴は袋を開いて、中の写真集やCDを麻衣に見せる。
「買ったの!?」
優奈のグッズ、それも発売した三種全てがあった。
「優奈は友達だから買ってやらないとな」
友達が出したからと、真琴は応援の為に購入していた。
「ケチなのに意外だよねー」
「友達のは別だろ。頑張って出したのなら買ってやらないと」
友達想いの良い子だった。
「う……そんなこと言われたら、買わないのが悪い気がしてくるわ」
「麻衣は買ってねーの? あたしらより仲いいのに」
「智香は買うみたいだけどね。私は近いからこそ要らないというか買い辛いというか」
「そういうもんか」
「じゃ、私は戻るわ」
あまり優奈のグッズについて喋ることはない為、麻衣は話を切り上げる。
「おう、またな」
「バイバーイ」
麻衣は二人と別れ、寮の中へと入った。
平然とした態度で歩くが、二人と離れたところで息をつく。
「……真琴に優奈のことバレたらヤバいわ」
真琴との会話中、管理者を信奉していたことを思い出し、麻衣は内心ドキドキだった。
管理者を操っていたのが優奈だと知られたら、信奉の対象が移るのは明らかである。
そうなったら、どうなるか。
詳しくは想像できずとも、大変なことになる予感しか麻衣はしなかった。
「絶対に知られないようにしなきゃ」
麻衣は改めて気を付けようと、心に刻んだ。
エレベータで上がり、智香の部屋へと戻って来る。
「おまたせーって、何してんの?」
部屋に入った麻衣が見たのは、おしゃぶりをした優奈を抱きかかえる智香の姿だった。
「ばぶばぶ」
優奈は喋らず、手を動かして赤ちゃんの真似をしている。
「赤ちゃんごっこだって。優奈ちゃん、まだ生後半年だから、本来ならこうやって、お世話しないといけないんだよ」
智香が説明すると、優奈がおしゃぶりをしゃぶりながら麻衣に言う。
「麻衣ママも抱っこしてー」
「誰がママじゃ。大体、優奈は普通の赤ちゃんとは全然違うでしょーが」
「それでも赤ちゃんであることには変わりないよ」
「おっさんでもあるでしょ」
「はうっ」
優奈はショックを受ける。
「はいはい、優奈ちゃんは女の子だよ」
ショックで固まる優奈を智香は優しく頭を撫でる。
「智香ママー」
慰めてもらった優奈は手を伸ばして甘える。
その手は智香の胸をガッツリと揉んでいた。
それを麻衣は呆れた目で見ている。
「男なのか女のか、大人なのか子供なのか赤ちゃんなのか、訳の分からない存在だわ」
「当の本人も分かってないという」
「ほんと、難解な存在だわ」
優奈の立ち位置が確定できなくて、麻衣は頭を抱える。
「でも良かった。麻衣ちゃんと智香ちゃんが、あの二人みたいに、どう接していいのか分からなくなってたら、どうしようかと思ってた」
「いや、分からないわよ。分からな過ぎて、これまで通りに接するしかないだけ」
「えぇ……」
年齢性別が分からない上に、町の権力者でもある。
いくら考えても分からない為、二人は考えるのを諦めて、普通に接することにしていた。
「私も分かんないけど、優奈ちゃんは優奈ちゃんだから。何であったとしても、私は優奈ちゃんの友達だよ」
「そうね。ここまで付き合ったら、友達であることには変わりないわ」
どんな存在であっても、二人は友達として優奈を受け入れてくれていた。
二人の想いを受け、優奈は感極まる。
「二人とも……。でも、出来たら友達から一歩踏み出して、恋人になってくれると嬉しいな」
「つけ上がるんじゃないの」
欲を出した優奈が麻衣に一刀両断される。
「あはは」
そしてそれを見た智香が笑う。
仲が良い三人だった。
これからも平和で幸せな楽園の日常は続いて行く。