104話 優奈を尾行
優奈のことを調べる為、麻衣と智香は一度小学校へと戻る。
体育館を覗くと、そこでは文化祭の出し物で体育館を使う子達が、それぞれ準備や練習をしていた。
二人はその中に理沙グループの子達とお喋りしている優奈の姿を見つける。
「本当にファッションショーやる気なのね……。よくやるわ」
優奈は学園祭の出し物としてファッションショーをやる予定だった。
体育館のステージを独占してでの一人ファッションショー。
あまりにもナルシストじみている為、麻衣は止めたのだが、優奈の意思は固く、止めることは出来なかった。
二人が眺めていると、何やら話をしていた優奈と理沙が突然腕を組む。
「頑張ろうね!」
優奈達は仲良さそうに盛り上がっていた。
「優奈って地味に陽キャなのよね。女子限定なんだろうけど、知らない子でも平気で話しかけるし」
「麻衣ちゃんが寂しいって言ってなかったら、もっと色んな子と遊んでたんだろうね」
「わ、私は寂しいだなんてっ……。似たようなことは言ったかもしれないけど」
麻衣は思い出して恥ずかしがる。
深く考えての言葉ではなかったが、寂しがっていると取られても当然の言い方だった為、麻衣の中では完全に失言だったと考えていた。
「今思うと、言って良かったのか悪かったのか……」
おかげで三人は今でも仲良しであったが、優奈の交友関係を狭めてしまったことも事実である。
あの言葉で人間関係の方向性を変えてしまった為、優奈にとってあれで本当に良かったのか、麻衣には分からなかった。
暫く監視を続けていると、優奈は手続きを終えて、体育館の外へと出てくる。
「ヤバっ」
麻衣と智香は慌てて柱の影に隠れる。
優奈が気付かずに通り過ぎると、二人が柱の影から顔を出した。
「よし、後をつけましょ」
二人はそのまま優奈の尾行を開始した。
優奈は校舎を出て、運動場へと出る。
運動場端の遊具では、美咲達施設組と真琴が遊んでいた。
季節は秋であるにも拘わらず、多くの子が薄着で、美咲などはスポーツブラとパンツの下着姿であった。
「涼しくなってきたのに、何て恰好してるのよ」
「美咲ちゃん、冬でも半袖って言ってたから、暑がりなのかな?」
「あぁ、居たわね。そういう子。雪降ってても薄着だから、見てて不安だったわ」
二人が喋りながら監視していると、優奈は吸い寄せられるように美咲達の方へと寄ってく。
「あんな格好してるから」
明らかに下着姿に引き寄せられて向かっていた為、麻衣は呆れた目で見ていた。
「でも私、優奈ちゃんの気持ち分かる気がする」
「えっ」
――――
美咲達と一頻り、じゃれて遊んだ優奈は別れて学校を後にする。
麻衣と智香は引き続き尾行を行い、優奈の後をつけた。
小学校の敷地から出た優奈は、正面の寮には入らず、商店街へと入って行く。
「何処へ行くのかしら」
優奈に続き、二人も商店街へと入る。
少し歩いたところで、優奈は商店街の公衆トイレへと入って行った。
「何で態々、商店街のトイレに……怪しくない?」
「うん。怪しいかも」
トイレは小学校にもあったので、ここを敢えて使うという行動は怪しく見えた。
「入るわよ」
優奈を追って、二人の公衆トイレへと入る。
優奈が入ったと思われる閉まっていた個室の隣に、二人は入り込んだ。
そして壁に耳をつけて、聞き耳を立てる。
すると、ゴソゴソと布が擦れる音がして、程なくするとチョロチョロと水が落ちる音がしてきた。
「「……」」
麻衣と智香は気まずそうに頬を赤らめ、チラチラと視線を交わす。
聴こえてきたのは、明らかに放尿する音だった。
二人は商店街のトイレに入ったことを怪しんでいたが、普通にトイレに入っただけだった。
友達の放尿音を聴いてしまった麻衣と智香は居た堪れない気持ちになる。
予想外のことで、どうしていいのか分からずにいると、放尿音が止まり、今度はトイレットペーパーで拭く音がしてきた。
その音が消えると、水が流れる音がして、扉が開く音が続いた。
「……」
去って行く足音が消えたところで、智香が口を開く。
「違ってたね」
「ええ……」
意図せずともトイレの盗聴をしてしまい、二人は罪悪感で一杯だった。
しかし、それで尾行を止めることはしなかった。
二人は気を取り直して、優奈の後を追う。
引き続き尾行していると到着したのはカラオケボックスであった。
二人はトイレの時と同じように、優奈が入った部屋の隣を取り、中で聞き耳を立てる。
だが、そこからは何も聞こえてこなかった。
「……何も聴こえないわね」
「防音されてるんじゃない?」
「流石、町の施設。防音しっかりしてるわね。って、これだけ消せるならトイレも防音しときなさいよっ」
「確か、うんちやおならの音は聴こえないようになってるって説明なかった? あと臭いも」
「何で、おしっこだけ省いたのよっ。聴こえても、そこまで恥ずかしくないから? 態々、一部だけ消すより、全部まとめて防音すればいいのに」
放尿音を省いたのは優奈の趣味であったが、完全に遮断してしまうと、個室の外から声もかけられなくなってしまうので、一部排泄音だけ消すという手段を取った。
「で、どうする? 中で何してるか分かんないけど」
「待つしかないんじゃないかな。多分、普通にカラオケしてるだけだし」
「やっぱり、それしかないわよね……。何だか無駄なことしてる気がしてきたわ」
長時間ここで足止めされることが予想され、二人はゲンナリする。
しかし、諦める訳にはいかなかったので、結局二人はカラオケをやりながら外を監視し、優奈が終えるのを待ったのだった。
優奈が部屋から出てきたのは、日が暮れてからであった。
二人も後を追い、カラオケボックスを後にする。
尾行を続けていると、次に優奈が入ったのはハンバーガー屋であった。
お店がガラス張りだった為、二人は外の物陰から監視をする。
「あ、シェイク頼んでる……。いいな」
「私もお腹空いてきたわ」
夕食時だったので、二人とも丁度お腹が空いていた。
しかし離れる訳にはいかなかった為、二人が我慢して見ていると、ガラス越しに店内の優奈と目が合う。
「げっ」
二人は不味いと思ったが、優奈は笑顔で手を振って来た。
「……どうする?」
「見つかっちゃったから行くしかないよ」
「そうね。怪しんでることを悟られないよう、気を付けながら行きましょ」
二人は作り笑顔をして、店内へと入った行った。
麻衣と智香も食べ物を注文し、優奈と共にテーブルを囲む。
「二人とも何してたの?」
「何も。暇だったから適当にブラブラとね。優奈は?」
「カラオケだよ。文化祭で理沙ちゃん達のバンドに少しだけ参加させてもらうことになったから、歌の練習してたの」
「歌まで歌うの? あんた、メンタル凄過ぎだわ」
「参加者少ないから、私が出来る限り盛り上げていかないとね」
ファッションショー以外にもバンドも兼任しようとしていた優奈。
文化祭では生徒達が自主的に出し物を出せるシステムとなっている。
だが、四年生以下の下級生達は移住して間もないうえに、年齢も低い子が多い為、ほぼ参加できる子がいなかった。
残りの五年生も自主的なイベント故に希望者の数は振るわない。
だから優奈は出来得る限り多くの出し物に参加し、盛り上げようとしていた。
「二人は本当に何も出し物やらないの?」
「何回聞かれても、やる気ないわよ。人前で披露できるようなものないし、そもそも面倒だから。というか、もう締め切ってるんじゃない?」
参加しても粗品が貰える程度だったので、披露することに自体に魅力を感じていない子達にとっては旨味は少なかった。
「麻衣ちゃんも地味に、ぐーたらだよね。お小遣い稼ぎもやろうとして毎回投げ出してるし」
「うっさいわね。ここで真面な方法で稼ぐことが、どれだけ難しいかは優奈も分かってるでしょ。挑戦してるだけ褒めて欲しいわ」
「仕事を選ぶからだよ。キスやヌード・パンチラ写真なら簡単に稼げるのに」
「それは仕事じゃありませんー」
「まぁ、それは別にしても、人が増えてきたから、比較的楽に稼げる仕事も出てくると思うよ。例えば、園児の遊び相手とか」
「あら、いいわね。いつ頃から出来るようになるの?」
「園児達がこっちの生活に慣れたらだから、もうじきじゃない?」
そこで智香が尋ねる。
「それもロボットに訊いたの?」
「そうだよ」
「いつ?」
「んー、いつだったか……ちょっと前だと思うけど、何で?」
「いつの間に訊いたのかなと思って。優奈ちゃん、色々知ってるけど、訊いてるところあんまり見たことないし」
「基本、誰もいない時に、暇潰しで訊いてるだけだから」
智香と麻衣は、さり気なく視線を交わす。
話の筋は通っていた。
今のところ優奈の話に不審な点はない。
続けて麻衣が仕掛ける。
「そうそう、前から気になってたんだけど、優奈、偶に部屋で鍵かけて籠ってることあるじゃない。あれ何してるのか、いい加減教えなさいよ」
「それは秘密」
「どうせ良からぬこと企んでるんでしょ。何もなければスルーしてもいいんだけど、智香の件があったから不安なのよ」
「そういう系じゃないから安心してよ」
「ほんと? 一応、教えなさいよ」
「ダメー」
麻衣は食い下がるが、優奈は頑なに教えなかった。
「教えてくれないって訳ね。じゃあ、教えてくれたら今私が履いてるパンツあげるって言っても?」
「マジで!?」
「ええ、二言はないわ。何なら、智香のもつけるわよ」
勝手に智香のパンツもつけるが、智香は構わないと頷いた。
自分達の脱ぎたてパンツを餌に聞き出そうとする二人。
優奈は非常に物欲しそうな顔をするが、迷うことなく即答する。
「いやぁ、止めとくよ」
普段の優奈なら絶対に呑むはずであったが、迷いもなく断った。
それ程まで言えないことなのかと麻衣と智香は内心戦慄する。
しかし、優奈が続けて言う。
「だって一回貰ったら、それでお終いじゃん。それなら、お風呂入る時に脱いだの漁った方が、私が色々した後に履いてくれるしね」
「……まさか、やってるの?」
「あ」
優奈はしまったという顔をする。
「優奈ああああ!!!」
ハンバーガー屋の店内に、麻衣の怒声が響き渡った。
食事を終え、三人はハンバーガー屋から出てくる。
そこで優奈は用事があるからと、一人別れて去って行った。
「まだ続ける?」
「そりゃそうでしょ。まだ何も掴んでないもの。いらない秘密は知っちゃったけど」
二人は去って行く優奈の背を追いかけ、尾行を続ける。
暫く歩き、寮の前まで戻って来るが、優奈が向かったのは反対側の小学校の方だった。
明かりは消えており、真っ暗で生徒は誰も残っていない。
そんな学校の敷地へと優奈は入って行く。
二人も後をつけ、中へと入った。
「夜の学校、トラウマなんだけど……」
「肝試し思い出しちゃうよね」
「優奈は怖くないのかしら」
前を歩く優奈は平然と薄暗い中を歩いていた。
そのまま後をつけていると、優奈がやってきたのは体育館だった。
優奈が入ると体育館の明かりがつく。
二人はバレないように扉の影から中を覗き、優奈の様子を窺う。
優奈はステージの上に登っており、そこで確認したりする素振りを見せながら、うろうろしていた。
「文化祭の予行練習かな?」
「っぽいわね。でも、こんな夜にやること?」
二人が様子を窺っていると、優奈が誰に向けるでもなく声を発する。
「ヴァルサ」
すると、ステージの天井から黒い球体が降りてきた。
それは二人もよく知る、この町のトップ・管理者であった。
「「管理者さん!?」」
二人は思わず小声で声を上げる。
管理者が女の子達の前に出ることは滅多にない為、いること自体が、ただ事ではない状況であった。
「演出と構成の最適化お願い。一番魅力的に見えるように」
「衣装はどうしますか?」
「んー、そうだね……」
優奈は臆することなく、普通に管理者と喋っている。
日頃から神社に祀ったり、偉大な存在であると刷り込んでいた為、対等に接していること自体が二人にとって信じられないことであった。
「優奈、あんた一体なんなの……」