103話 気付いてしまった違和感
小学校の四年生教室では、もうじき開催される文化祭についての説明が、教師ロボットによって行われていた。
「また、文化祭は小学生みんなのお祭りでもあるから、各個人が出し物を出すこともできます。難しい分からないと思うかもしれないけど、ロボット達が全力でサポートして出来るようにするから、
気軽に申し出てね」
詳細の説明が記されたプリントが配られ、帰りの会が終わる。
「ねね、出し物、何かやる?」
終わってすぐ、希海が未久と結衣の二人に訊いてきた。
「私は見るだけでいいよ。やりたいことないし」
「私も。やるとしたら展示物だけど」
結衣が参加の可能性を示したことが意外だった為、二人は驚く。
「できるの?」
「絵描ける。あんまり上手くないけど」
「見せて見せて。何か描いてよ」
希海がプリントを裏返して鉛筆を結衣に渡す。
いきなり描けと言われた結衣だが、断りはせずサラサラと描いた。
出来上がったのはデフォルメされた、ゆるキャラのような犬の絵。
「おー、上手じゃん。可愛い」
「結衣ちゃん、絵の才能あったんだ。これだけ上手いなら、展示物やった方がいいよ」
「そうそう、絶対やった方がいい」
二人が勧めると、結衣は気恥ずかしそうにしながらも頷き、参加することを決める。
「うーん……わたしはどうしよっかな。美咲姉ちゃんに聞いてこよっと」
そう言って、希海は教室から飛び出して行った。
取り残された二人だったが、展示物を出すなら準備をしないといけないので、続いて教室を出る。
プリントの案内に従い、六年生教室へと行くと、そこに展示物の担当をしている教師ロボットが居た為、未久は結衣を引き渡して外に出た。
特に用事もなく、二人が終わるまで適当に歩いて時間を潰す。
「あら、未久ちゃん。何してるの?」
未久がブラブラと歩いていると、麻衣が声を掛けてきた。
「あ、こんにちは。結衣ちゃんが文化祭の出し物で絵の展示をやるんで、その説明が終わるの待ってるんです」
「結衣ちゃん、絵描けるんだ?」
「はい、上手ですよ」
「へぇ、凄いわね。羨ましいわ」
結衣はまだ町に来て間もなく、町での指導を真面に受けていない状態である。
元から描けるということは、指導を受ければ更に飛躍的に伸びる可能性が高く、絵で小遣い稼ぎできる見込みは十分あった。
麻衣はつい羨んでしまうが、声を掛けた目的を思い出し、話を始める。
「あのね。優奈のことなんだけど」
すると未久は眉を顰め、あからさまに警戒した態度を取った。
優奈への好感度の低さをその身に感じるが、麻衣はめげずに言葉を続ける。
「悪い子ではないのよ? 変ではあるけど思いやりあって。この前のことも、未久ちゃんの為なら自分が嫌われてもって心痛めてたのよ」
「……あの人って、よく先生とか管理者の手伝いしたりしてるんですか?」
麻衣が優奈のことをフォローをしたのだが、未久はスルーして質問をぶつけた。
「? してないわよ。案内の時だけじゃないかしら?」
その返事を聞いた未久は難しい顔をする。
「麻衣さんは、あの人と、どういった関係なんです?」
「友達だけど?」
「いつから?」
「ここに来た初日から……いえ。町に来る前に一度会ってたわね。その時に友達になったんだけど、それがどうかしたの?」
質問の意図が分からず不思議そうな顔で麻衣が尋ねると、未久は重々しい口調で言う。
「実は私も会ったことあるんです。あの時は声だけでしたが……」
未久は足を治してもらった時のことを麻衣に説明した。
「その妖精と名乗った声が優奈だったと?」
「はい。聞き間違いという可能性がゼロではないですけど……でも、町で話した時、私が自動車事故に遭ったことを知ったような感じでした。あと私が他人を信用してなかったことも」
「それはロボットに訊いたんじゃないの?」
「そんなこと言います? 仮にも大人の代わりとして動いてるロボットなのに」
麻衣は考え込む。
(優奈が? どういうこと?)
妖精と名乗って未久の治療を行い、知り得ない情報を知っていたという。
知らぬところで優奈がそんなことをしていたのだと知り、麻衣は訳が分からなかった。
「あの人、色々おかしくないですか?」
考え込んでいた麻衣だが、友達をおかしいと言われたことでハッとする。
「きっと勘違いよ。声のことも多分、管理者さんが似た声を使っただけだと思うわ」
「そう、ですか……」
信じてもらえなかった未久は落胆する。
「じゃ、帰るわね」
麻衣は逃げるように、その場から立ち去った。
しかし、その表情は思わしくない。
麻衣の心の中には疑念が渦巻いていた。
(思えば色々変だった)
異常なほど精通している町の知識
ズレた感性に、特殊な性癖。
これまでの偶然やタイミング。
おかしな点はいくつもあったが、友達だからと無意識的に気付かない振りをしていた。
しかし一度疑念を持ってしまったら溢れるように出てくる。
次々と沸き上がる疑念に、麻衣は友達を疑うことを止められなかった。
後日。
悶々とした気持ちに耐えられなくなった麻衣は、智香の部屋を訪ねた。
「あ、麻衣ちゃん、いらっしゃーい」
いつものようにテレビゲームをしていた智香は、振り向いて麻衣が来たのを知ると歓迎する。
麻衣は智香の隣に座ると、神妙な表情で口を開く。
「智香、ちょっと真面目な話があるの」
「んー?」
返事をした智香はテレビから目を離さずにゲームを続けていたが、麻衣は構わず話を始める。
「怒らずに聞いてね。智香は優奈のこと、おかしいと思わない?」
「おかしーよ。私もおかしいし、麻衣ちゃんもおかしい。皆おかしい。変でもいいって、前にそれで話がついたじゃん」
「そういう話じゃなくて……。何か隠してるというか不審な点が多くないかってこと。
優奈は知りたいことはロボットに聞いてるって言ってるけど、町のこと訊いたら、ほぼ全部答えが返って来るなんて異常でしょ?
それから、移住する前に優奈と会ったことがあるのが、私と希海ちゃん、結衣ちゃん、あと未久ちゃんもみたいなの。
他にもまだいるかもしれないけど、みんな住んでたところバラバラなのに、おかしすぎない?」
話を聞いた智香はゲームを一時停止させて考え込む。
麻衣と共に、優奈と長く付き合ってきた智香。
智香もまた、麻衣と同様に優奈の不審なところを見てきていた。
「私も前から不思議に思ってたことがあるんだけど、私って優奈ちゃんとキスして、お小遣い稼ぎしてたでしょ? 優奈ちゃん、あんまりお金使わないけど、ご飯行ったり遊びに使った金額から私にくれた分、差し引くと足りない気がする」
「小遣いで貰っている分以上のお金を? あんた、どんだけしたのよ?」
「……二万くらい」
「二万って……やり過ぎよ。そりゃ、おかしくなるのも当然だわ」
数にすると二十回。
想像を絶する回数だった為、麻衣は呆れ果てる。
「今までで貰ったお小遣い、二万五千円だから変だよね?」
智香に渡した分、二万円を差し引くと、五千円になる。
優奈は外食や遊びの他、下級生組に遊園地の入場料を奢ったりしていたので、詳細まで分からずとも足りないのは明白だった。
「知らないところで稼いでる可能性もあるから一概には言えないけど、やっぱりおかしいわよね……。一度、しっかり優奈のこと調べてしましょ」
「う、うん」
このままでは収まりがつかなかったので、麻衣達は徹底的に調べることにした。