102話 無知シチュ
後日。
「雨降って地固まる、だね」
寮の麻衣の部屋で優奈達三人はお喋りをしていた。
「その言葉って、前より良くなることでしょ。私達は元に戻っただけじゃない?」
「そだね」
智香も同意する。
仲直りしたからと言って、前より仲良くなった訳ではなかった。
「え、あ、そうなんだ……。実はまだ蟠り残ってるとか、ないよね?」
思いの外、冷めた反応だった為、不安になった優奈が二人に確認する。
「ないよー。逆に申し訳ないって思ってるくらい」
「私も。あの時の態度は反省してるわ」
二人とも心優しい子だった為、言われたことよりも相手を傷つけたことを後悔していた。
蟠りはなかったようで優奈は一安心する。
だが、麻衣が続けて言う。
「けど、一つ訂正しておきたいことがあるわ。あの時、智香、エッチなことされて喜んでたって言ってたじゃない」
「あ、あれは違うよっ。ほんとは、そんなこと思ってなくて……」
「いいわよ。言ったことに関しては。分かって欲しいのは、ちょっと触られたぐらいで、それ以上のことはされてないってこと。最後は危なかったけど、管理者さんが助けてくれて何もなかったわ。だから、ヤられたとかそういうのじゃないから。分かった?」
傷物だと思われるのは心外だったので、麻衣はそこだけは訂正したかった。
しかし智香はキョトンとする。
「返事は?」
「分かった」
返事をした智香だったが、全然分かっていないような様子だった。
「……本当に分かったんでしょうね?」
「ごめん。あんまり分かってない」
「馬鹿にしてるの!?」
またしても喧嘩になってしまいそうだった為、優奈が慌てて間に入る。
「待って待って。智香ちゃん、何が分からなかったの?」
「触られたのは分かったけど、それ以外。ヤられたって何を?」
「んん?」
「エッチなことなんだろうなってことは分かるけど」
話を聞いた優奈と麻衣は顔を見合わせる。
「薄々思ってたけど、智香ちゃんって性知識ないんじゃない?」
「嘘ぉ……」
麻衣がこれまでのことを思い返すと、智香は優奈のセクハラに対して、殆ど反応していなかった。
「あれって、意味分からず適当に言ったってこと!?」
喧嘩した際に智香が言った、悪戯されて喜んでいた旨の発言。
あれは日頃、麻衣が優奈のセクハラに過剰反応して怒っていた為、少しでも反撃になるかと思って言っただけのことだった。
そこで優奈が智香に訊く。
「はい、質問。赤ちゃんはどうやったら出来る?」
「結婚?」
「おぅ……」
間違えた答えを即答した為、二人は頭を抱える。
「違った? あ、そういえば、お義父さんとお義母さんは結婚しても暫く出来なかったんだ」
「学校で習わなかったの?」
「習うことなの? 習った覚えはないかな? 一日も休んでなかったはずだけど」
性教育は大体、五年生前後で行う学校が多い。
場所によっては中学になることもあるので、受けてなくてもおかしくなかった。
「まだなんじゃないの? 私のところも、まだだったし」
「……」
優奈は麻衣に視線を向ける。
「黙りなさい」
「まだ何も言ってないのにー」
麻衣が知識を得ていたスマートフォンも智香は持っていなかった。
持っていない子も友達との猥談で人伝に知ることが多いのだが、智香は家事が忙しくて友達との交流も薄かった為、そんな機会はなく、知らないまま、ここまで来たのだった。
「ねぇ、どうやって出来るの?」
質問しておいて一向に答えを教えてくれなかった為、智香は痺れを切らして訊いてきた。
「知らないままでいて。私、無知シチュ大好き」
「何しようとしてるのよ。止めなさいよ」
「いいでしょ。付き合うことになるかもしれないんだから」
「……それを言われると何も言えないわ」
二人は相思相愛の為、付き合う可能性は十分あった。
そうなると、どんな変態的なプレイをしても、それは二人の問題になるので、麻衣は口を挟めなかった。
「教えてくれないの?」
仲間外れにされたような気がした智香は悲し気な表情を見せる。
「知らない方がいいってこともあるんだ」
「二人は知ってるのに?」
「ごめん。これ、完全に私の好みの問題。例えるなら、勉強ばっかしてるガリ勉君と無邪気なスポーツ少年、どっちが好きかって話。人の好みに成績は関係ないでしょ? 私は何も知らない純粋な反応が好きだから、出来たら知らないでいて欲しいんだけど」
「優奈ちゃんは知らない方が好きなんだ。分かった。知らないままでいるね」
優奈の好みということで、智香はあっさりと納得して引き下がった。
「うへへ、楽しみだなぁ」
「犯罪臭しかしないわ……」
将来、できるであろうプレイのこをと想像して、優奈は厭らしい笑みを浮かべる。
麻衣が口出す権利はなかったが、犯罪チックな空気を感じ、不安で一杯だった。
「っていうか、もしかして性知識ない子、結構いるんじゃない? 最近の子は早熟だと思ってたけど、町の子達のこと思い返してみると、意外とそうでもない気がする」
「最近の子って……相変わらず年寄りみたいなこと言うわね。そっちの話するの、優奈くらいしかいないから分かんないわ」
「美咲ちゃんと真琴ちゃんは?」
「どうだろ? 真琴は知らないっぽいけど、美咲とか、しれーっと知ってそう」
「ふむ。これは探らないといけないね」
「何が目的よ。いや、言わなくていいわ……」
麻衣は訊かずとも察してしまい、げんなりする。
「この話止めましょ。知らない子の前で色々話すの、何か罪悪感があるわ」
「それも乙なものだよ」
「変なプレイに巻き込むんじゃないわよ」
変な方向に話が行きそうだったので、麻衣は話題を変える為に、棚の上に飾っていた小物のインテリアを見せる。
「見て見て、これ。綺麗でしょ」
それは小さな木の形をしたミニチュアだった。
北欧神話のユグドラシルを模しており、木の上段・中段・下段に大陸がくっついている。
「夏祭りで破産したばっかなのに買ったの? それ結構高かったでしょ」
「どうしても欲しくて、今月貰ったばっかのお小遣い、使っちゃったわ。おかげで金欠続行中」
「無駄遣いばかりするんだから」
「無駄じゃないわよ。欲しいのが、あり過ぎるの。お小遣い以外で稼げる方法あればいいんだけど」
「いい加減、諦めてキスすればいいのに。あ、智香ちゃんとしたら多めにあげるよ。二千円、ううん、出血大サービスで五千円」
「「五千円!?」」
金額の高さに二人は驚くが、麻衣はすぐに正気になる。
「引き込もうとするんじゃないってのっ。一瞬、揺らいだ自分が嫌になるわ」
「チッ、流されなかったか」
大金で釣って引き込もうと優奈は企んだが、麻衣にはバレバレだった。
「まったく。そんな使い方してるから部屋が殺風景なのよ」
「部屋の飾りつけは別にー。自分の部屋より、私は他の子の可愛らしいお部屋見る方が好き。
麻衣ちゃんの部屋は可愛いね」
小物雑貨が所々に置かれ、全体的に淡い色の多い、その部屋は女子小学生の部屋そのものだった。
「まぁね。そもそも二人の部屋がおかしいのよ。ごちゃごちゃのゲームだらけの部屋と殺風景な部屋。女子の部屋じゃないわよ」
指摘される優奈と智香だが、二人とも自覚があった為、苦笑いする。
ズボラで片付けられていない部屋と無頓着であまり手が付けられていない部屋。
どちらも一般的な女子小学生の部屋とはかけ離れていた。
「じゃあさ、参考の為に麻衣ちゃんの部屋、探索していい?」
「いいけど……」
ただ見たいだけだろうと麻衣は思ったが、断らずに許可を出した。
「ひゃっほう!」
すると、優奈は一直線に箪笥の前へと行った。
引き出しを引くと、白の布の数々。
麻衣のパンツであった。
「優奈なら、そうするわよね……」
あまりにも優奈らしい行動だったので、麻衣は怒るよりも呆れていた。
「止めないの?」
「勝手に見れば? 今更、見られても何とも思わないわ」
これまで散々見られていたので、麻衣は恥ずかしいという気持ちがなくなっていた。
所有者が許可を出した為、優奈は堂々と箪笥のパンツを手に取る。
広げると、クマのデフォルメキャラとチューリップの絵がプリントされた白の女児ショーツが露わとなった。
「智香ちゃん智香ちゃん、麻衣ちゃんこんなの履いてるんだって」
「見たことあるから知ってるよ」
「それは野暮な突っ込みだよ……」
優奈は二人でセクハラをしようとしたが、智香は乗ってくれなかった。
それを見て、麻衣は笑う。
「そっちの趣味には、なったのかもしれないけど、智香はそこまで変態じゃないわよ」
「なら、これから仕込んでみせるよ」
優奈は手招きで智香を近くに来させると、持っていた麻衣のパンツの中を開けて、クロッチの部分を見せる。
そこには薄っすらと一本のシミが出来ていた。
「ほら。ここ、よく見て。このシミ、麻衣ちゃんの、あそこが当たってた跡だよ」
そのシミを見せられた智香は、想像して思わず生唾を飲む。
「だああああああ!」
クロッチを眺めるのも束の間、麻衣がすぐさま立ち上がって、優奈の持っていたパンツを奪い取った。
「やっぱりなし。見るの禁止」
その顔は赤くなっていて、恥ずかしそうにしていた。
「えー、いいって言ったのに」
「ここまで変態的な目線で見るとは思ってなかったのよっ」
「理解が足りなかったようだね」
「理解したくないわ……」
理解しなければ、優奈の変態的な行動を未然に防ぐことはできないが、麻衣は心情的に理解したくない気持ちが勝っていた。
「とりあえず理解してもらうのは智香ちゃんが先だね。興奮できるポイントを色々教え込んであげよう」
「止めてよ。優奈みたいなのが二人になったら、もう私おかしくなっちゃうわ」
優奈一人でも麻衣は持て余していたので、智香まで変態になってしまっては、どうしようもなくなってしまう。
そこで智香が言う。
「麻衣ちゃんも、おかしくなっちゃえば楽になれるんじゃない?」
「遠慮しておくわ。っていうか、智香、完全にそっちの趣味になっちゃったの?」
「ううん。まだ分かんないから、優奈ちゃんに教えてもらえば分かるかなって」
「待って。それは悪手よ。まだ引き返せるかもしれないから、落ち着いて……」
麻衣が引き戻させようとした為、優奈が間に入る。
「邪魔はさせんぞ! 麻衣ちゃんも一緒に引き摺り込んでやる!」
「私は絶対に屈しないわ!」
二人はファイティングポーズを取り、プロレスを始めた。
麻衣も何だかんだで本気で止めようとはしておらず、半分おふざけの遊びとなっていた。