101話 仲直り
寮の智香の部屋。
智香はテレビの前でゲームをプレイしていた。
「ふんふんふーん。あっ、こいつ! チッ」
ご機嫌で、時には悪態をつきながらもゲームを楽しんでいる。
その姿は仲の良かった友達と喧嘩中とは思えない様子だった。
「ブレないなぁ……」
休むように言われて帰ったのに、智香は思いっきり遊んでいた。
その声で、智香が振り向く。
「あ、優奈ちゃん。一緒にやる?」
「それもいいけど、ちょっと来て欲しいところがあるんだ。今からいいかな?」
「いいよ。セーブしてから待ってて」
智香が手早くセーブを済ませると、ゲーム機の電源を落として、二人は部屋を出た。
優奈は智香の手を引いて廊下を歩く。
進んで手を繋がれた智香は、少し照れた様子で頬を染めていた。
だが、行く先が麻衣の部屋であることに気付くと抵抗を始める。
「嫌! 行きたくない!」
「すぐに済むからっ。ちょっとだけだから来て」
優奈は嫌がる智香の手を離さず、強引に引っ張る。
「ちょっとでも嫌! 絶対行かない!」
「麻衣ちゃんは言ってないんだってっ。これから、その誤解を解くから。もしかしたら私のことを嫌いになるかもしれないけど、それでも……!」
「えっ?」
優奈の顔は深刻そうな表情をしていた。
普通ではない様子に、戸惑った智香は抵抗を緩め、躊躇いながらも連れて行かれた。
麻衣の部屋。
そこでは麻衣がテレビを観ながら、優奈が来るのを待っていた。
玄関の扉が開いた音で、来たことに気付く。
「来たわね」
扉の方に目を向けていると、少しして居間の扉が開く。
扉の先から現れたのは優奈ともう一人、智香であった。
「!?」
思いもよらぬ訪問者に麻衣はギョッとする。
無理矢理連れて来られた智香は、そっぽ向いてツーンとしていた。
「優奈。そんなの連れて来ないでよ」
「まぁまぁ、ちょっと我慢してよ」
「もしかして余計なことしようとしてる?」
「いんや。ただ誤解を解きに来ただけだよ。まず事実として麻衣ちゃんは智香ちゃんのことバラしてない。でしょ?」
「そうだけど……」
優奈はしゃがんで、ソファーの下をゴソゴソと探る。
「態度がおかしかったから、何かあったんだろうな、とは思ったけど、それくらい。知ったのは、これ」
ソファーの下から引っ張り出した優奈の手には、黒く平ぺったい四角形の物体が握られていた。
「盗聴器。これで聴いたんだ」
「はぁ!? いつから、そんなものを……」
「最初から。皆の私生活が気になって。勿論、智香ちゃんの部屋にも仕掛けてあるよ。あの話、聴いたのは、そっちでだっけ?」
盗聴器を仕掛けられていたと知った二人は唖然とする。
「優奈……流石に、それは許されないことよ」
麻衣は、わなわなと震える。
部屋に勝手に入ることには何とも思っていなかったが、盗聴器を仕掛けるというのは、それとは訳が違っていた。
「いいじゃん。別に減るもんじゃあるまいし。これまで気付かなかったくらいだから、支障ないでしょ」
「支障ない訳ないわ! あんた本気で言ってるの?」
「本気も本気。私は聴きたいから聴いただけ。それの何が悪いの?」
優奈は悪びれなく言う。
「……最低。ただの犯罪者じゃない。自分がそんなこと平気でしてたから、盗撮されても何とも思わなかったのね」
全く反省の色のない態度に、麻衣は怒りを通り越して失望していた。
だが、そこで智香が声を上げる。
「嘘! 本当は仕掛けた振りしただけだよね? 優奈ちゃん、また未久ちゃんの時みたいに自分が泥を被るつもりでしょ」
その言葉で麻衣はハッとする。
「買い被り過ぎだよ。私が変態なの知ってるでしょ?」
「知ってるけど、そんなことはしないって信じてるよ。そもそも仕掛けたところで大した話、聴けないよね? 録ったの確認するだけでも、凄く時間かかるし。そんなことするくらいなら、直接エッチなことしたりするでしょ? 優奈ちゃんなら」
「むぐ……」
尤も過ぎる意見に、優奈は思わず口籠る。
実際、セクハラしまくっていたので、態々盗聴していたなどという主張を突き通すのには無理があった。
本当は盗聴器どころか監視カメラをつけている為、嘘ではないのだが、それを証明する為に全てを暴露することは、優奈には出来ない。
「今このタイミングで言うなんて、私達を仲直りさせる為以外ないじゃん。もう自分を犠牲にするのは止めてよ」
智香はとても悲しそうな顔で優奈を見つめて言う。
そんな顔で訴えかけられては、少女好きの優奈は白旗を上げざるを得ない。
「分かったよ。降参。智香ちゃんの言う通り、盗聴器は仕掛けてない。けど、二人の話を盗み聞きしたのは嘘じゃない。じゃないと知ることなんて出来ないでしょ」
「どうやって?」
「それはその……企業秘密。詳しくは言えないけど、調べる手段はあるんだ。ここの町って凄い技術の道具とか色々あるでしょ? あの日、麻衣ちゃんの様子がおかしいかったから、何かあったのかと思って調べたんだよ。それで知ったって訳」
二人は納得したという顔をする。
細かいところは暈していたが、二人は優奈の言うことを信じた。
「これで分かったでしょ。麻衣ちゃんはバラしてないって」
「あっ」
そこで智香は自分が勘違いで責めてしまったことに気付いた。
しかし、麻衣は冷ややかな目を向けて言う。
「いいわ。謝られても許す気はないから。私、許せないことあったら、切り捨てる性質なの」
誤解で責められた時に受けた侮辱。
それは麻衣が町に移住して来た理由に関してのことで、非常にデリケートなことだったので、いくら誤解であったとしても許せるものではなかった。
許さないと言われ、智香は俯く。
誤解は解けても仲直りにはならなかった。
「全部、私のせいだ……」
絶望した顔で呟いた優奈は、その場でジャンプ土下座をする。
「お願いします! 私のことは、いくらでも嫌っていいから二人は仲良くしてください!」
「ちょっ、止めてよ。優奈にそんなことされても困るだけだわ」
麻衣が困惑して止めようとしていると、智香が口を開く。
「そうだよ。それは私がやらないといけないことだから」
そう言い、智香もその場に土下座をする。
「ごめんなさい。勘違いで麻衣ちゃんに、ほんと酷いこと言ちゃった。許してほしいだなんて都合のいいことは言わない。許してもらう資格なんてないから、私は町を出るよ」
「「えっ」」
智香の衝撃発言に、土下座をしていた優奈、困惑していた麻衣までもが驚いて、智香を見る。
「ちょっと、何もそこまでしろだなんて……」
「ううん。こうでもしないと、自分が許せないから」
町を出る。
それは記憶を消され、二度と町に戻らないことを意味する。
町で快適な生活をしていた智香にとっては、これ以上にない罰であった。
「ダメ! 二人は何も悪くないのに!」
声を上げて立ち上がった優奈は、机の上にあった鋏を手に取る。
「これで許して!」
そして自分の長い髪の毛を手で束ねると、根元に鋏を差し込んだ。
切り込もうとした寸前、麻衣が手を押さえて止める。
「何しようとしてるの!?」
「私がケジメつけないと……」
「意味ないから止めなさい! そんな根元で切ったら洒落にならないわ」
「そうだよね……。髪なんか元に戻っちゃうから意味ないよね。なら……!」
優奈は勢いよく手を机に叩きつけて広げると、小指に鋏を入れた。
「優奈!?」「優奈ちゃん!?」
小指を切ろうとした優奈を、麻衣と智香は慌てて取り押さえる。
「落とし前を付けないと……!」
二人に手を剥されそうになるが、優奈は全力で抵抗しながら鋏を握る指に力を入れる。
安全装置が付いている鋏でも、力で無理矢理押し潰せば、ただでは済まない。
小指の皮膚が破れ、血が滲み出す。
優奈は本気で指を切り落とそうとしていた。
「止めなさい……! そんなことしたら取り返し付かないわよっ」
「そうだよ。お願いだから止めてっ」
麻衣と智香が必死になって止めようとする。
優奈は二人の言葉に耳を貸さず、全力で指に力を込めていたが、相手は二対一。
敢え無く鋏を持つ手を引き剥され、二人によって羽交い絞めにされて、身動きが取れないようにさせられた。
「うぅー、何で邪魔するの?」
「はぁはぁ……邪魔するに決まってるでしょ。誰もそんなこと求めてないんだから」
息を切らせながら取り押さえていた麻衣が、ふと視線を上げると、同じく息切れしながら取り押さえていた智香と目が合う。
「ふっ、意地を張ってもしょがないわね。智香、ごめん。私が強情だったわ」
「……許してくれるの?」
「酷いとは思ったけど、勘繰られるような態度取った私も悪いしね。お相子よ」
そのやり取りを観た優奈が訊く。
「これで仲直り?」
「ええ」
麻衣は含みなく、頷いた。
「良かったー」
二人が完全に和解したことで安堵した優奈は全身の力が抜ける。
その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「もう、泣き虫なんだから」
もう自傷する心配はないと感じた二人は、取り押さえるのを止めて優奈を解放する。
手が空いたところで、麻衣は智香に向けて手を差し出した。
「はい、仲直りの握手」
智香はその手を迷うことなく握る。
「ほんと、ごめんね」
「謝るの禁止。これからもまた、仲良くしましょ」
「うん!」
気持ちを確かめるように、しっかりと握手していると、優奈が言う。
「握手じゃなくてキスしてよ。仲直りのキス」
「はぁ? ふざけたこと言ってんじゃないわよ」
「割と真面目に言ってるけど? あれだけ激しく喧嘩したんだから、キスぐらいしてもらわないと」
「せっかく仲直りしたのに拗らせようとするんじゃないわよ。ねぇ?」
麻衣が智香に同意を求めると、智香は頬を赤らめる。
「麻衣ちゃんならいいよ」
「……」
麻衣は表情を硬くする。
レズが二人になって、麻衣は戦々恐々とした。




