100話 喧嘩
翌日。
麻衣が教室から出ようとした時、丁度中に入って来た智香と鉢合わせする。
「「ふん!」
二人はそっぽ向いて、それぞれの方向へと去って行った。
それをオロオロしながら見ていた優奈。
誤解から拗れたことであったが、監視カメラのことなど言えない為、誤解を解けずにいた。
そこに真琴がやってくる。
「あの二人、喧嘩したのか?」
「うん。かなり不味い状況。二人とも、めっちゃ怒ってる」
「マジ切れ? ヤベーじゃん……」
智香が本気で怒っていると知ると、真琴は自分のことではないのに顔を青くさせる。
「どうするんだよ?」
「どうすればいい?」
「……分かんねぇ」
二人で話していると、智香が寄って来る。
「優奈ちゃん、放課後、暇? 良かったら一緒に遊ぼ」
優奈に腕を絡ませ、身体を寄せながら訊いてきた。
密着された優奈は鼻の下を伸ばしながら答える。
「いいよ」
おねだりするような訊き方をされては、優奈も断れなかった。
すると、教室に戻って来た麻衣がそれを見て、真琴へと話しかける。
「ねぇ、真琴。放課後は私と遊びましょうよ。美咲も誘って」
「お、おう」
智香と麻衣は二人を自分の物のように掴んで、睨み合う。
それはまるで派閥争いをしているようだった。
放課後。
優奈は智香と二人で商店街へと、やって来る。
智香は優奈の腕を抱きかかえるように組んで、恋人みたいに、べったりとしながら歩いていた。
「もうバレちゃってるよね。でも、恋人になりたいとか言わないよ。優奈ちゃんは皆が好きって分かってるから」
優奈のことを理解し、過剰なくらい配慮してくれる。
あまりの寛容さに優奈が困惑するほどであった。
「恋人じゃないけど、何ていうんだっけ? 愛人? 好きな子の一人として、私も愛してほしいな」
智香からの愛人の申し出。
普段なら飛び上がるほど嬉しいことだったが、優奈は素直に喜べなかった。
「あのね、智香ちゃん。麻衣ちゃんのことだけど」
「その話はしたくない」
「でも……」
「何処行く? 好きなところ付き合うよ」
智香は麻衣の話を取り合わず、デートを続けようとする。
「分かったよ。その話はしない」
優奈が諦めると、智香は安堵する。
しかし、優奈は続けて言う。
「今日は、もう帰ろう」
「何で? いいじゃん。二人だけで楽しめば」
「楽しむなんて無理だよ。私のこと理解してくれてるなら分かるよね?」
「……」
麻衣を仲間外れのような形にして、二人で楽しむことなど、優奈には出来なかった。
「無理に仲良くしろとは言えないけど辛いんだ。今日のところは休んで冷静になったら一度、考えてみて欲しいんだ。今後、私達がどうあるべきか」
押し黙った智香はコクリと俯く。
今日は、これでお終いとして解散し、智香を帰らせた。
智香と別れた優奈は一人、商店街を歩いていた。
(どうにかして仲直りさせないと。未久ちゃんの時みたいに犠牲を厭わなければ、手段はあるけど……)
どうすれば関係が修復できるか優奈が考えていると、真琴と麻衣の二人に遭遇する。
「おっ、いいところに。優奈、あたし用事があるから後は任せた」
そう言って、真琴は返事も待たず走り去って行った。
「あ、逃げた」
去って行った真琴を見て、麻衣が呟いた。
「何してたの?」
「商店街歩きながら、お喋りしてただけよ」
「……」
優奈がジト目で見ると、麻衣は観念したように言う。
「愚痴よ、愚痴。智香と縁が切れて清々するって」
愚痴ばかり聞かされては、真琴が逃げるのも当然である。
優奈は押し付けられたのだった。
(美咲ちゃんは即逃げしたんだろうな……)
学校では三人で遊ぶと言っていた為、既にいないということは、そういうことだった。
苦笑いをする優奈を余所に、麻衣は喋り始める。
「思い返したら、あの子には迷惑ばかりかけられたわ。酒乱でズボラで被害妄想。あんなのと関わるべきじゃなかったのよ、最初から」
「……仲直りする気はないの?」
「はっ。ある訳ないじゃない。先生も最初、合わない人と無理に仲よくしなくていいって言ってたから、もう関わらないわ」
麻衣に関係を修復する意思は一切なかった。
智香の方も突っ撥ねており、自然修復が絶望的だと分かった優奈は悲しそうに顔を俯かせる。
「ここまで拗れるなんて……」
「泣かないで。私と智香の縁は切れたけど、優奈とはずっと友達だから」
「そんなの嫌だよ」
「ごめんね。もう無理なのよ……」
智香と仲違いすることは、女の子が大好きな優奈にとって非常に辛いことであると、麻衣も分かっていた。
しかし、いくら優奈が悲しもうとも、仲直りをすることは出来なかった。
「あと優奈に謝らないといけないことがあるの。今まで優奈の趣味のこと、色々悪く言っちゃってたでしょ? 優奈がどう思うか考えが足りてなかったわ。ごめんなさい」
「そんなのいいよ。全然、気にしてなかったから」
「ううん。酷いこと言ってたことには変わりないわ。自己満足になるかもしれないけど、いくらでも責めてくれて結構よ」
麻衣は真摯に謝罪する姿勢だった。
智香に指摘されて気付いたことで、本気で反省していた。
「責めないよ。でも悪いと思うなら、智香ちゃんと仲直りしてくれると嬉しいな」
「それだけは無理。違うお詫びならいくらでもしてあげるから、違うことにして」
「じゃあ、キス」
「うっ!」
「私とキスしてよ」
智香の件や謝罪することで頭が一杯になっていた麻衣は、優奈にお詫びの内容を求めたら、どんな要求をされるかを失念していた。
しかし、詫びなければならないのは事実である。
「……わ、分かったわ」
麻衣は覚悟を決めて、ギュッと目を閉じた。
その姿は以前、優奈が偽装ロボットで遊んだ時に見た状態そのものだった。
優奈はそんな麻衣の額を指で弾く。
「あいたっ。なぁにー?」
デコピンされた麻衣は額を押さえて痛がる。
「冗談だよ。私は嫌がる子にはしない主義だから」
「……優奈って何だかんだで優しいわね。智香が好きになるのも分かるわ」
言ってから麻衣はハッとして、気まずそうに黙った。
(二人とも本当に良い子達だ。私なんかの為に喧嘩別れしたままでいいはずがない)
そう思った優奈は決意する。
「よし! 覚悟決めた。麻衣ちゃん、一旦部屋に戻って待ってて。準備したら行くから」
「?」
優奈は意味の分かっていない麻衣を強引に帰らせ、準備を始めた。