絶対攻略されません!!
初投稿です。
こんなの読みたいなあという思いだけで書きました。
拙い文章ですがよろしくお願いします。
その日、双子の姉弟である黒羽千咲と黒羽千颯は気がついた。この世界が恋愛シュミレーションゲームの世界だと…
そして、自分達が攻略対象のキャラクターだと…!!
(ま、まさか…ここが…ゲームの世界だなんて…)
彼女、双子の姉である黒羽千咲は突然の情報に困惑していた。
目の前で不思議そうな顔をしている少年を見た瞬間、ビビッと、天啓のように理解したのだ。
この世界が恋愛シュミレーションゲーム、彩る世界に日常を~青春の1ページ~なのだと…!!
日常に彩る世界を~青春の1ページ~は、先程も述べたように、恋愛シュミレーションゲームだ。ゲームの舞台は私立彩鳥学園。この場所を中心にストーリーが進行していく。
このゲームの特徴は、攻略キャラとの恋愛だけでなく、主人公の育成が楽しめることだ。その育成、プレイヤーの選択肢によって主人公の性格が変わり、ストーリーに影響していく。
自分の手によって大きく変わるストーリー、自由度の高いゲームは多くのプレイヤーを魅了した。三十万部以上を売り上げた人気のゲームだ。
そして、目の前に立つ男、彼はこのゲームの主人公だ。
デフォルトネームは白咲紡。ふわふわした茶髪にぱっちりした二重、大きな瞳が千咲を見つめてくる。転校初日だからか、緊張した様子だ。
(彼を目にした瞬間に気づくなんて…)
思わず頭を抱えたくなる。
千咲はこのクラスの委員長だ。だから、担任教員である灰原に学校案内をするように頼まれた。
そして、彼女はその事を快く引き受けたのだ。
(もし、事前に気づいていたら拒否をしていたのに…)
彼女が彼と関わりたくない理由はひとつ。主人公は育成、選択肢によって大きく性格が変わる。
つまり…ルートによってはとんでもないクズ男になるのだ!!
浮気、ハーレムは当たり前、複数の女の子と付き合うかもしれない男に攻略されるなんて絶対にゴメンだ。恋愛に興味のない千咲だが、自分一人を愛してくれる人と付き合いたいとは思う。
それに、自分が攻略キャラなんて嫌だ。ゲーム通りの展開なんて御免こうむる。
(誰が、ツンデレ委員長よ…!!)
唐突にゲームの紹介文を思い出して、余計にイラッとする。誰がツンデレだ!!他に書くことがあるだろう!!
「く、黒羽くーん?」
千咲から溢れ出る、怒りのオーラを感じ取ったのだろう。担任の灰原が戸惑ったように声をかけてくる。口角を上げ、笑っているが、その表情は引きつっている。
彼女はそんな担任を一瞥して、白咲紡に視線を向けた。
「初めまして、私は黒羽千咲。二年C組の委員長よ。これから1年間よろしく」
そう言って、にこやかに手を差し出す。
一見すると普通の自己紹介。しかし、彼女の視線は普通ではない。まるで親の仇を見るような目だ。
「うん。よろしく黒羽さん」
そんな千咲の視線に動じず、紡は差し出された手を握る。
どうやら、ギャルゲーの主人公らしく、鈍感らしい。
「じゃあ、今から教室の案内をしていくわね」
そんな彼にイライラを募らせながらも、千咲は学校案内を始めたのだった。
ー方その頃、彼、双子の弟である、黒羽千颯は彼女を目にした瞬間青ざめ、理解した。
日常に彩る世界を~青春の1ページ~の攻略対象なのだと…!!
先程も説明したこのゲーム。実は育成意外にも特色がある。
それは、同時発売された同じタイトルのギャルゲームと乙女ゲーム。この二つは同じ舞台で繰り広げられる。
そう。二つのゲームは対になっているのだ。そんな珍しさもあり、このゲームは有名になり、人気を博したのだ。
(最悪…!!なんで僕なんかが攻略対象なのさ…!!製作スタッフの目は腐ってたの!?)
内心、少年は不満の声を上げ、製作陣に当たる。
(しかも、ヒロインと同じクラス、しかも隣の席なんて…もう、無理、オワタ)
そう。転校生の少女、乙女ゲームのヒロインは隣の席に座っているのだ。
彼女をチラリと横目で見る。
デフォルトネームは白咲結衣。肩まで伸びるウェーブのかかった茶髪。白い肌に長い睫毛、つぶらな瞳をもつ可愛らしい少女だ。
彼女のように可憐な少女が転校し、隣の席になってくれたら普通の男子は狂喜乱舞するだろう。
(てか、隣の席が女子ってだけで無理!!怖い!!ヒロインとか関係なく、緊張する!!本当に最悪…)
しかし、千颯は全くといって言うほど嬉しくなかった。女耐性のない彼は隣の席が女子という時点で苦痛だった。
(.本当に、なんで僕が攻略対象なのさ…こんなコミュ障でオタクな陰キャ野郎なんて、女の子は嫌いでしょ)
自身の姉である、千咲が攻略キャラなのは分かる。彼女は身内贔屓があったとしても十人中十人が美しいと言う、一級品の美少女だ。陶器のような白い肌。艶やかに揺れる長い黒髪。スっと通った鼻筋、猫目を縁取るカールした長い睫毛、薄い桜色の唇。文武両道の優等生なことも加えて、高嶺の花として学園中で人気だ。
まあ、姉の性格を知り尽くしている千颯からしてみれば、皆、あの猫かぶりに綺麗に騙されているなぁ。と思うのだが…。
それに比べて、自身にはこれといった取り柄はない。あえて言うならゲームが得意なことくらいだ。
(まあ…ヒロインも僕じゃなくて、ちゃんとしたイケメンを攻略しに行くか…。隣の席だけど極力話さないようにすれば大丈夫でしょ…)
そう思い直して、机に突っ伏す。
そんな彼をヒロインが見つめていることには気がつかないまま。
(…おかしい)
千咲が内心で呟く。白咲紡が転校してきて、一週間が経った。
彼と関わらないことは出来なかったが極力冷たく対応してきたつもりだ。攻略されないように。
…そのはずなのに。
「黒羽さん!これからお昼?俺も一緒に食べていい?」
教室を出て、食堂に行こうとした千咲に紡が声をかけてきた。
(どうして私に懐いているのよー!!!!)
心の中で絶叫をしながら、壊れたロボットのようにぎこちなく振り返る。
「…白咲くん。あなたも転校してきて一週間。クラス内に友達も出来たでしょう?彼らと一緒に食べたら?」
「うん!黒羽さんが良くしてくれたおかげでクラスの皆と仲良くなってきたよ。でも…まだ不安なこともあるから黒羽さんが一緒だと安心するんだけど…ダメ?」
そう言って彼は首を傾げて、子犬のような目をする。
(うっ!!その目をやめなさい!!そんな目で見たって無駄なんだから!!)
千咲は彼が見せる子犬のような目に弱かった。しかし、今日こそは、拒否してみせると気合いを入れる。
「本当にダメ…?」
「…わ、分かったわ!一緒に食べるから!!そんな表情をしないでちょうだい!!」
散歩をお預けにされ、落ち込んだ犬のような表情をする紡に折れたのは千咲の方だった。
「本当!?ありがとう黒羽さん!」
悲しそうな顔から一変。紡がキラキラとした笑顔を見せる。
「はぁ…。それじゃあ行くわよ」
深くため息をついた千咲が歩きだし、紡がそれを追いかける。
こうして、千咲は今日も主人公である彼と一緒に食堂へ向かうのだった。
同時刻。二年D組の教室。
(おかしい…)
双子の弟である千颯は姉の千咲と同じようなことを思っていた。
「黒羽くん!今日も教室で食べるの?私も一緒にいいかな?」
自席に座る千颯に、にこやかに話しかけてくるのはヒロイン、白咲結衣。
(なんで、こんなにヒロインが話しかけてくるの!!??)
引きつった顔をしながら目の前に立つ彼女に視線を向ける。
「い、いや、僕なんかじゃなくて他の人と食べたら…?」
どもりながらも返答する千颯。
「うん!じゃあ、好きなところで食べるね!」
そう言って、彼女は隣の席に座った。
(違う!!僕が言ったのそういうことじゃないんだけど!!他の奴と食べてこいよって言ったんだけど!!)
思わず、手に持っていたメロンパンに力が入り、形が変形する。
(はぁ…なんでこんなに懐かれたんだろう)
いや、一つだけ心当たりがある。
三日前、千颯としては早々に忘れ去りたい出来事があった。
それは、十分休憩の時間、教室移動で2階の階段を降りている時だった。
(あれ…?)
階段の突き当たりの窓からヒロイン、結衣の姿が見えたのだ。
(移動教室なのに何してんの?)
彼女がいるのは中庭だ。教室を移動するのに中庭には通らない。
気になって、窓から覗き込んでみる。
どうやら、中庭の木にハンカチが引っかかったらしい。そして、ハンカチをとるため、木に登ろうとしている。
(あー。なるほどね…)
千颯は理解した。これは、ゲームのメインヒーローである、黄神亮介との出会いイベントだと。
黄神亮介は乙女ゲームによくいる俺様キャラだ。ヒロインが大切にしているハンカチが風で木に引っかかり、それを木に登ってとろうとした時、たまたま黄神が通りかかる。それに驚いて、木から落ちた彼女を彼が助けるのだ。このイベントは二人が恋に落ちるきっかけになる。
(まあ、俗に言う俺様とおもしれー女イベントですな)
メインヒーローが助けに来てくれるなら大丈夫だろうと思いながらも木に登る彼女を見守る。
しかし、結衣が木に登り終えてもヒーローはやって来ない。
(いくらなんでも遅くない…?もし、来なかったら…)
木から落ちて、怪我でもされたら後味が悪い。
(まあ、一応近くに行こう…)
そう考えて、彼は階段を駆け下り、中庭を目指した。
中庭に着いた千颯は結衣を探した。
(見つけた…!)
「もう少し…」
結衣はそう言いながら、木にかかったハンカチに必死に手を伸ばしている。
ギリギリの距離なのだろう、腕がプルプルしていて見ていて不安になる体勢だ。
「取れた!!」
その瞬間、彼女を支えていた手が滑り、結衣が木から落ちる。
「キャアァァ!!」
(ああっ!!もうっ!!)
千颯が全力で結衣の元に走る。危ないことをするヒロインと助けにこないヒーローに怒りを向けながら。
「…あれ…?」
痛みに備えて目をギュッと瞑っていた結衣は訪れるはずの痛みがこないことを不思議に思い、恐る恐る目を開ける。
「ぐふっ…」
「だ、大丈夫ですか…!?」
結衣に潰され倒れている千颯がカエルがひしゃげたような声を上げる。
そう。彼女は千颯を下敷きにしていたため無事だったのだ。
急いで結衣が千颯から退き、彼を見つめる。
結衣にダメージが全く無い分、千颯は甚大なダメージを負っていた。
彼女を助けようにも、自分にお姫様抱っこなんて、筋力を使うことが出来るはずもない。
そう判断した千颯は結衣が地面に落ちる前に彼女の下へ倒れるようにして滑り込んだのだ。
一応、乙女ゲームの攻略キャラなのに格好悪いことこの上ない助け方だ。
「ご、ごめんなさい…!!本当になんて謝れば…」
申し訳なさそうに謝る結衣に千颯が身体を起こす。
「別にいいよ。僕が勝手にやった事だし。それより、木登りなんて馬鹿じゃないの!?」
「は、はい…すみません…」
痛みと苛立ちで怒声を上げる千颯に結衣の身体が小さくなる。
「大切なハンカチかも知らないけど、それで君が怪我したら元も子もないだろ!!もっと自分の体を大切にしろ!!」
「は、はい。ご、ごめんなさい…」
怒っているようで心配している彼の言い分は続く。
「せっかく可愛いんだからこれで怪我したら勿体ないだろ。全く…」
「えっ」
千颯の可愛いという一言に今まで俯いていた結衣の顔が上がった。
そして、千颯も自分の失言に気づく。
(し、しまったぁぁぁぁ!!!イライラして、つい変なことを言い過ぎたぁぁ!!!よく知らない男に可愛いなんて言われたらやっぱり不快!?これってセクハラ!?っていうよりこんな陰キャオタクに助けられたこと自体がアウトですよね。アッ、ハイ)
自分の失態を後悔し、ネガティブな考えが頭に巡った千颯はその場から立ち上がった。
「じゃあ、僕これで行くから!! 」
「えっ、まっ、待って」
そして、彼女の制止の声を振り切って千颯は急いでその場を立ち去った。
その日からだ、彼女が隣の席の千颯に声をかけるようになったのは。
千颯にしてみれば情けない事だし、女子と話すのは苦手だから早く忘れて、他のキャラのところに行って欲しい。
しかし、彼女が他のキャラと関わっている様子はなさそうだった。
「はぁ…」
面倒なことになった。そうため息をつきながら、たいして美味しくもないメロンパンにかじりついた。
その頃双子の姉はというと。
「黒羽さんは何を頼んだの?」
「普通の塩サバ定食よ。白咲くんのは…一番高いやつじゃない!」
「えへへっ。せっかくだからスペシャル定食にしちゃった!ここの学食美味しいよねー」
白咲紡と共に空いている席を探していた。
会話をしながら、空いている机に食事を置き、向かい合わせで椅子に座る二人。
彩鳥学園の学食は四百円程のリーズナブル価格でありながらボリュームがあって美味しいことから人気だった。生徒の大多数は食堂を利用するため、大勢の生徒で賑わっている。ここに通わないのはお弁当派の人間か、人が集まる場所が苦手なうちの弟くらいだろう。
そんな学生に優しい食堂でも、高いメニューは存在する。紡が頼んだのは千七百円と、学生には厳しめの値段をしたスペシャル定食だった。
(二年間、学食に通い続けているけど初めて見たわ…スペシャルって言うだけあって、豪華ね。私には重そうだけど)
千咲がそう思うのも無理はなかった。彼の頼んだスペシャル定食はカレーにステーキとハンバーグ、カツにスパゲッティをのせた男が好きなメニュー全部のせと言わんばかりの内容だった。
そんな定食を紡は美味しそうに食べ進めている。細く見えるが意外に大食漢なのかもしれない。
(そういえば、主人公は元々、陸上をしていてかなり運動神経がいいんだっけ?)
ほとんど無個性に近い、ゲーム主人公の個性を思い出す。
運動をしているならよく食べるのも納得だ。
そんなことを思いながら鯖の塩焼きを食べ進める。
「…何、白咲くん」
じっとした視線を感じて、千咲が鯖から紡に目線を動かす。
「あっ、ううん。黒羽さんってすごく綺麗にご飯を食べるなぁって」
ふにゃりと、見ているこちらが気の抜けそうな笑顔で言った。
どうやら千咲の食事姿に見惚れていたらしい。
「別に、普通でしょう」
「ううん!そんなことないよ。俺、黒羽さんほど綺麗に食べる人見たことない」
淡白に返したら、力強い反論が帰ってくる。
「それに、黒羽さんは普段から所作が綺麗だから!美人な人はたくさんいるんだろうけど、黒羽さんみたいに見た目も中身も所作も全部美しい人って初めてだから!つい…見とれちゃった」
その発言に嚥下しようとしたご飯が誤嚥した。たまらず噎せてしまう。
「く、黒羽さん!?大丈夫?」
紡が差し出すお茶を飲み、落ち着いてから彼をキッと睨みつける。
「と、突然なんてこと言うのよ!!中身までって言うけど、あなた、私のこと全然知らないでしょう!!」
「えっ、そりゃあ知り合ってそこまで時間は経っていないけど…黒羽さんが優しいことくらいは分かるよ?」
「はぁ?」
よく、そんなことを言えるものだとさらに千咲の目尻が吊り上がる。
「だって、転校してきたばかりの俺に学校案内してくれたのも黒羽さんだし、クラスに馴染めるように皆に声をかけて、交流の機会を作ってくれたのも黒羽さんだ。そんな優しい黒羽さんだから皆に慕われていることもすぐわかったよ」
「ーー」
思わず呆けてしまう。だって、千咲にとっては優しくしているつもりなんて無かったのだ。学校案内も頼まれたから責任を果たしただけだし、クラスメイトに声をかけたのも、交流の機会を作ったのも、彼と関わらないようにするためだ。そんなことをする私が優しいわけがない。そんなふうに受け止められるはずがない!!
「だから、俺、黒羽さんには凄く感謝しているんだ。最初は凄く睨まれて何かしたかなって思ったけど、黒羽さんはずっと優しい」
あまりにもストレートな発言に千咲の頬に熱が集まる。
「フン!私は別に優しくなんてないんだから!!あなたの目は曇っているんじゃないの?」
恥ずかしくて、悪態をつく。普段なら素直に好意を受け取って流すのに。
こんなことしないのに。
「黒羽さんもしかして、照れている?」
「そんな訳ないでしょ!!」
「ふーん」
そう言って、嬉しそうに目尻を下げて笑う彼が、千咲の頬に手を伸ばす。
「な、何よ」
咄嗟のことに手を振り払えず、固まってしまう。
「ううん、ただーー」
そうして、一言、
「すごく可愛いなって…」
爆弾のような言葉を落としてきた。
「ーーーっっ!!!!」
千咲の顔も爆発したかのように真っ赤になってしまう。
(もう!本当に!なんなのこの男!!!)
嫌でも頬が赤いことを、心臓が高鳴っていることを自覚する。
…本当に恐ろしい男だ!!
一方その頃、双子の弟は
「黒羽くんっていつもパンだけど、学食には行かないの?」
「い、いや、あんな陽キャの合戦場みたいなところはちょっと…」
白咲結衣に絡まれていた。
(もうやだァァ!!!めっちゃ話しかけてくるじゃん!!グイグイくるよこの子!!ヒロインって大人しい性格じゃなかったっけ!?すごく怖い!!)
ひたすらアタックしてくるヒロインに怯えまくる千颯。今だけでいいから鬼のような姉が来てくれないかなと思い始めていた。
しかし、ヒロインの猛攻は止まらない。
「そうなんだ!でも、パン一個だけじゃお腹空かない?実はもう一個お弁当があるんだけど…」
そうして、いそいそと二つ目のお弁当箱を取り出す。
「い、いや、僕、少食だし…これだけで足りるから、ちょっと…」
千颯がそう告げると結衣があからさまにショックを受けた。
「そ、そうだよね…ごめんね、突然…いきなりお弁当渡されても迷惑だよね…」
ヒロインの攻撃が止まった。
眉を下げて、悲しそうにする結衣に千颯が罪悪感を感じる。
(そういえば…お弁当作るのって大変なんだっけ…)
中学の時はお弁当だったのでうちで唯一料理ができる母親が作っていた。
ちなみに姉は料理が壊滅的に下手なのでキッチンに経つことを禁止されている。
ある日、お弁当の内容で母に文句を行ったら誰が朝早くに作っていると思っているんだい!!と、ものすごく怒られた記憶がある。
お弁当とは、母親の睡眠時間を犠牲にして作り上げているものだとその時に思い知ったのだ。
(もしかして、早起きして僕の分も作ったのかな…)
「食べるよ」
気がついたらそう告げていた。
「い、いいの?」
「ま、まあ、少しはお腹空いてるし…無駄になるともったいないから…」
暗い顔から一転、彼女は瞳を輝かせた。
「良かったぁ!!はい!どうぞ!」
千颯には眩しすぎるくらいの笑顔で結衣が水色の包みに入ったお弁当を手渡す。
それを受け取り、2段重ねのお弁当箱を開ける。
(うわぁ…すごい…)
1段目は梅干しののった白いご飯。2段目は綺麗な黄色い卵焼き、食欲を誘う匂いをした生姜焼きに唐揚げ。色取りにプチトマト、ブロッコリーが入っている。
一目見て、美味しそうだと分かるお弁当だ。
気合いを入れて作ってきたのが伝わってくる。
「じゃあ…いただきます」
ゴクリと結衣が固唾を飲み込む。
卵焼きを一口、口に含み、咀嚼する。
「美味しい…」
自然と声に出ていた。
少し甘めで、優しくてほっとする味。
「本当!?良かったぁ…他のおかずも食べてみてね」
その言葉を聞いた結衣は息をついて綻ぶ。
そして、無言で食べ進める千颯を見つめて、幸せそうに微笑んだ。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした。ありがとう黒羽くん!全部食べてくれて!」
お弁当を完食した千颯に結衣は鈴が鳴るような声で喜ぶ。
「別に…美味しかったし。こちらこそありがとう」
「本当!?また、明日も作ってくるね!!」
「は!?明日も作るの!?そんなことしなくていいよ!!」
ぶっきらぼうに返す千颯だったが予想外の結衣の発言に驚く。
「うん!これも助けてもらったお礼に作ってきたんだから!」
「お礼って…しなくていいって言ったでしょ」
そう。彼女は何度か千颯にお礼をしたいと声をかけたのだ。そして、その度に千颯は拒否をしたのだ。
「…でも、何かしたいと思ったから…やっぱり迷惑?」
「迷惑とかじゃなくて、僕なんかにこんなことするなんて時間の無駄だから辞めた方がーー」
「そんなことない!!」
いい。千颯がそう言い切る前に、結衣が割り込んできた。
そして、言葉を続ける。
「黒羽くんのためにお弁当を作ることは無駄なんかじゃない!!私を助けてくれた優しい黒羽くんだからお礼をしたいと思ったし、何かをしたいと思ったんだよ!それにーー」
彼女は頬を桃色に染めて、
「私は黒羽くんが好きだからお弁当を作ったんだよ」
特大の爆弾を投下してきた。
「へ…」
変な声が口から漏れる。脳がショートしたかのように動かない。彼女は一体何と言ったのだろうか。
「い、今なんて…」
思わず、聞き返す。
「だから…黒羽くんが好きって…」
「うわぁぁ!!やっぱり言わなくていい!!」
自分から聞いておいて止める千颯。そして、彼女を睨みつける。
「お、女の子が簡単に好きとか言ったら駄目だろ!!勘違いする男が出てくるぞ!!」
「…黒羽くんは勘違いしてくれないの?」
彼の言葉にたじろぎもせず、上目遣いで聞いてくる結衣。千颯にはその姿が悪魔のように見えた。
そう。人を弄び、ドキドキさせる天使のような悪魔に。
ああ、頬が熱いのが分かる。心臓が早鐘をうっている。
(ほ、本当に…なんて女の子なんだ…!!)
こんな、言葉ひとつで殺そうとしてくるなんて。
同時刻、別の場所で、この瞬間、双子の気持ちがひとつになった。
(私は白咲紡なんかにーー)
(僕は白咲結衣なんかにーー)
((絶対攻略されません!!))
人物紹介
黒羽千咲
ツンデレ、猫かぶり優等生な美少女。
ギャルゲーで言うなら紹介文が二番手くらいにあるキャラ。
本人にツンデレの自覚はない。
料理だけでなく家事全般が壊滅的。
面倒みのいい性格で男子だけでなく女子からも人気。
弟のことは陰気な奴と思っている。姉弟仲はいい。
黒羽千颯
コミュ障で陰キャなオタク。乙女ゲームでたまにいるマイナーなキャラ。
優秀な姉と比べられてきたため卑屈でネガティブ。
なんだかんだで姉のことは好き。
ちなみに家事は姉よりはできる。
姉に負けず劣らずツンデレでお人好し。
自覚がないだけで綺麗な顔立ちをしている。
白咲紡
ギャルゲー主人公。
話しかけやすくて、誰にでも優しく、人が良くみえる。
人付き合いは割と淡白でドライ。
最初は千咲に睨まれて戸惑っていたが彼女の人となりが分かってくると彼女のことが気になり始める。
千咲にだけワンコ系になっている男。
結衣は双子の妹。
白咲結衣
乙女ゲーム主人公。
大人しくて引っ込み思案だが、優しい女の子。
兄と同様、人付き合いは淡白でドライ。
最初、千颯を見つめていたのは綺麗な男の子だなぁと見惚れてたから。
千颯に助けられ、彼のことを好きになる。そのまま、押せ押せ、恋する乙女になる。
意外に小悪魔。