屋上の縁で②
「なんで、死にたいんだよ」
俺は名前と知らない女に、自殺の要因を聞いてみる。
「…それってさ、自殺願望者には禁句じゃない?」
「まぁ、確かに。俺も遺書とか残してないし」
「私は残してきた」
「書くようなことあったのか?」
「あった。怨み辛み書き残してきたわ」
「そっか、大変だったんだな」
「大変だったわ」
「「……」」
お互い無言になる。そりゃ、お互い自殺願望があるのに、語ることもないか。
「あのさ、死ぬのは別の日にしてくれないか、俺もう睡眠薬も飲んでるしさ。1人で死にたいんだよ」
「私も今日死にたいの、勇気を出してここを登ってきたのよ。あなたこそ今日はやめなさい」
そうか。勇気を出して登ってきたのか。死ぬのは怖いのか。
「死ぬの怖いんだろ」
「…なんでよ」
「俺は痛いのは嫌いだけど、すごく死にたいんだ。楽になりたい。そう思ってたらビルの階段を登るのも勇気なんていらなかったよ」
「死ぬのが怖かったらいけないの?」
「いや、ビルを登る勇気があるなら、生きる勇気に回せばいいのにと思ってさ」
「……勇気があるうちに死にたかったの。私が私であるうちに。私の気持ちがあるうちに。あなたが言ってる、怖い気持ちがない、死にたいだけって、それは本来のあなたなの?」
すごく哲学的なことを言われた気がする。
確かに、今の俺は感情が正常ではないのだろう。だから、本来の俺ではないのかもしれない。
でも、よくよく考えたら、本来の俺は今の俺である。壊れてしまった俺が今の俺なのだ。
彼女が壊れる前の彼女まま死ねるのは、少々羨ましくもあるが、俺は別にそれでも構わない。
とにかく、この世に存在するのが耐えられない。死にたいんだ。
「んー、今の俺は今の俺だよ。本来の俺はいない。今ある俺が俺なんだから、今、死にたい俺が俺なんだ」
「…ややこしいことを言わないでよ」
「確かに君が言う、本来の自分が残ってるうちに死にたいってのは、すごく勇気がいることだ。人ってのは普通に生きてれば死ぬのが1番怖いと思うし。君は俺よりすごいんだな」
素直な感想だ。死ぬのが怖いまま自殺をしようとするなんて、俺の何倍もすごいんだ。俺なんて壊れてしまったまんま、生物としての本能も麻痺したまんま死ぬんだもんな。
死ぬのが怖かったら、俺はこんな場所には立てなかっただろう。
彼女はすごく強いんだ。強くてもこの世から溢れたら、苦しくて辛くて死にたくなるんだろうな。
だからこそ、すごくこの世の中は悲しい。この世の中が、万人に平等ではないと彼女のような人間がいることで証明してしまうからだ。
彼女ほど強くても、不平等に殺されるんだ。
でも、仕方のないことなのかもしれない。不平等が当たり前の世界で生き残れないのだから、それは受け入れなければいけないのかもしれない。
それでも、それを考えても。彼女ように勇気のある人間を殺す、世の中は腐っている。
みんなが一度に死ねば、平等なのにな。