屋上の縁で①
「あなた、これから死ぬの?」
最後の景色に感動を覚えていると、背後から声をかけられた。
「ほっといてくれ」
振り向かずに答えた。感動に水を差されて、少し不機嫌だ。
「…そう」
声の主はそういうと。
「え?!ちょっ!待って??来ないで?!」
柵を乗り越えて、俺の横に座った。
え?え?なんで?なんでなの?どういった気持ちなの?落ちちゃうよ?危ないよ?
「危ないから、はやく戻りなさい」
イッツクール。そう俺はクールだ。慌てるな。はやくこの子を安全な地へと戻すのだ。
そう考えながら、しっかりと声の主へと視線を向ける。
……視線を向けてびっくり。俺よりも若い10代くらいの女だった。
「戻らない」
「危ないから、戻りなさい」
「あなたもでしょ」
「俺は死ぬからいいんですよ」
「じゃあ、私も死ぬ」
「…はぁ??」
どうしよう。まったく会話にならない。
ってかさ、じゃあってなんですかね?!そんなに、簡単に死なれてたら、俺の心境ってなんなの??
痛いやつみたいじゃん??違う、それは違う、命はそんなに軽くない。
痛い思いをして、いろいろ考えて死ぬんだ。
それなのに、こんな女と来たら「じゃあ、私も死ぬ」ときたもんだ。
ふざけんな、死は平等だが。そんなにあっさり死ぬ宣言は、神が許しても、俺が許さん。
「そんな簡単に死ぬって言うんじゃない」
「あなただって言ってるじゃない」
「俺は悩んで、苦しんで、泣いて、枯れて、そうして決めたんだ。簡単には決めてない」
「私だってそうよ」
「……そんなに死にたいのか」
「私だって、ここに死にに来たの。それなのに貴方が先にここに座ってた。だから、声をかけたんじゃない。死ぬのはやめなさいじゃなくて。死ぬの?って」
…え?本気で死にたいの?
「…本気で死にたいの?」
思っていたことが、思わず口から出てしまった。
「そうよ。あなたは、本気なの?」
「俺はもう死ぬ、睡眠薬も飲んでるし、ほら」
首にかけられている、縄を見せる。
「…ビルの屋上なのに、首吊りなの?」
「ほっとけ」
「飛び降りたら、すぐよ?」
「痛いのは嫌いなの」
「…死ぬのに?」
「死ぬのに」
「…あなた変わり者ね」
なんで、変わり者扱いをされたのかさっぱり分からん!!
え?痛いの嫌じゃん?だって痛いじゃん?
「そんな、しかめっ面して黙らないでよ」
「いやだって、痛いじゃん?」
「だけど、死んだら感じないわよ」
「そんなの、分からないだろ。死んだことないんだから」
「…それもそうだけど」
屋上の縁では、死ぬ前の人間とは思えない会話が繰り広げられていた。