第13話 透けて見える裏
ヴィーたち吸血鬼や獣人は「郷に入っては郷に従え」という言葉をよく理解し、そして実践していた。
彼らは今までの言語と共にこの世界の人類の言語を覚え、いくつかの概念などをもたらすことで還元してくれた。
しかし、人々はそれを享受できるほどの余裕がなかった。
ダンジョンに由来する生物は吸血鬼や獣人であっても魔物と一律に呼称され、討伐を唱える者と共存を唱える者とに分かれていた。
エルフの美貌やカリスマが大きく影響していたように思う。
ともあれ、吸血鬼たち――私は落ち物と呼ぶことにした――とは異なる攻撃的な動物たちに対しては人類全体が討伐の意思を固めていた。
そんな社会の空気の中、ヴィーはよく私との散歩をせがんだ。
もとより、私は外に出て生き物を観察するのが好きな質だ。
ヴィーと共に異世界からやってきた新たな生物たちを追いかけ、観察し、時には襲われて情けなくもヴィーに助けられる。
散歩というには過激なそれを、私は……白状するとデートとして楽しんでいた。
ヴィーは美しく、奔放でありながら思慮深く、とても魅力的だったからだ。
多分、これを読んだ君は机を叩いて笑いをこらえるだろう。
ともあれ、そんなヴィーの協力もあって魔物の研究は進んだ。
私は生物学者として、ひとつの発見をする。いや、してしまう。
因果の根源ともいえる発見だった。
魔物に限らず、生物は魔力に固有の波長を持つ。そして、出身の世界によって特定の波長域がある。
この発見により、魔物を識別、半機械化してその他の魔物の駆除を行わせる魔機獣計画が立てられた。
私は、『対魔物戦線』の広告塔に祭り上げられることとなった。
魔機獣はその原理上、吸血鬼や獣人を魔物として識別してしまう。
欠陥兵器だ。
だが、私たちの文明は滅亡の瀬戸際にあり、もはや吸血鬼や獣人を個別に識別する仕組みを考案し組みこむことはできないと上層部は計画を推し進めた。
私は反対したが、広告塔に祭り上げられようとも実権はない。ただの一生物学者の言葉など、取り合ってはもらえなかった。
ヴィーも知っての通り、この一件は人々と吸血鬼たち落ち物との間に深い溝を作ることとなった。
もはや人類は理性を失っていた。
戦線を魔物から落ち物にまで広げる選択をしたのだ。
もはや、私の考えていた未来は訪れないのだと悟った。
「……ただいま。って、寝てるのか」
トールは宿の自室に入るなり、ベッドを占領している双子を見つけて苦笑する。
ストフィ・シティでは明暗の切り替えのせいで昼夜が分かりにくく、長時間潜っていると体内時計が狂ってくる。おかげで十数時間遺跡で戦った疲労はあっても眠気がないのが困りものだった。
「寝るなら自分たちの部屋のベッドを使えよってのは、野暮かねぇ」
トールを出迎えるつもりだったのだろう、用意されているタオルなどを見つけてしまえばベッドを占領する双子に文句は言えない。
「可愛い寝顔晒しちゃってまぁ……うん?」
この寝顔が拝める役得があったのだからと思えば――そう自分を納得させようとしたとき、双子の寝姿に些細な違和感があった。
なんだろうかとしばらく眺めて気が付く。
双子が背中を向けあって寝ていた。
魔機車などでは、双子はいつもはお互いに向き合って眠る。
些細な違いだ。しかし、トールの目には双子が互いに背を向けあう姿がどこか歪に見えた。
「……戦闘続きで神経が参ってんのかな」
椅子に座って腕を組み、外を見る。
月明かりに照らされた寂れた町並み。魔機の街灯すら整備されておらず、町中だというのに星座の並びが綺麗に見てとれた。
どこか遠くで楽器が奏でられる音がする。冒険者を当て込んだ酒場が客寄せに吟遊詩人でも招いたのだろう。
マッピングした地図の清書をしていると、ベッドから物音がした。
眠そうに眼をこするユーフィがトールを見て笑みを浮かべる。
「おかえりなさい」
「あぁ、ただいま。まだ夜だから、寝てていいぞ」
「いえ、報告があるので」
「報告?」
とりあえず眠気覚ましに紅茶でも飲むかと、ティーカップを用意する。
テーブルを挟んで座ったユーフィは礼を言ってカップを受け取った。
「報告ですが、まず、アセチレンランプの在庫の七割を売り切りました」
「早いな」
明細です、と渡されてトールはざっと目を通す。
遺跡でしか使うことのない光源だけあって価格は安く設定している。それでもすでに七割も売れるというのは他の冒険者たちもストフィ・シティの明暗切り替えにほとほと手を焼いているのだろう。
「ギルドに持ち込まれていない情報の提供と引き換えに販売価格を下げたり、冒険者さんたちの能力別に相性の好さそうな方たちを引き合わせたりもして、なかなか好評でしたよ」
「人材派遣か」
「似たようなものです」
平然としているが、この街に集まっているのはBランクやAランクの冒険者だ。すでにパーティを結成している場合がほとんどで、戦い方も確立しているベテランたちである。
相性がよさそうだからと引き合わせても変化を嫌ったり性格が合わないなどの理由で合同パーティの結成にはまず結びつかない。
双子の能力もあるのだろうが、それ以上にストフィ・シティの難易度が高すぎるため人数を増やすのが現実的な選択になっているのだろう。
そんな場所にソロで潜り込んでいるトールは自分の異質さを棚に上げる。
「得られた情報というのは?」
「タレットの種類と配置について規則性があることが分かりました。Aランクパーティ、楕円からの情報です」
差し出された資料を見て、トールは小さく口笛を吹いた。
ストフィ・シティの全体の内、魔機獣の休息場所である牧場などを線で結び、それと平行な直線を引いた交点にタレットが存在すること。タレットの種類は階層ごとに定められた代数と交点の座標から計算予測できることなどが分かりやすく書かれていた。
規則性があるなどとは考えもしなかったトールは目の付け所に感心する。
「この情報はありがたいな。タレットの射程を考慮してスロープまでのルートを考えられる」
探索が一気に進みそうだが、まだ下層の下、深層や最深層は未探索のため攻略までは至らないだろう。
他にも有用な情報があるとのことで聞いていると、メーリィが起き出した。
「……ずるいです。私も待ってたのに」
「よく寝ていたから、起こすのも忍びなくてな」
少し不満そうなメーリィがトールのティーカップを奪って口を付け、ユーフィの隣に座った。
思考共有でどこまで話したかを教わったのだろう、メーリィがこくりと頷いた。
「では、残りは私が伝えますね」
「太陽聖教会がらみか?」
「お察しの通りです」
トールが新しく紅茶を入れて渡すと、メーリィは礼を言って話し始めた。
「やはり、太陽聖教会には確たる実態がないようです。そこで気になってベロー家の御当主に手紙を出しました」
「そうか。ベロー家なら太陽聖教会から来たって使者の顔を知っているのか」
「それだけじゃないですよ」
にやりと笑ったメーリィがベロー家からの返信を見せる。
文字を連ねた手紙の裏に銀筆で似顔絵が描かれていた。
「使者の顔をリスキナン・ベロー氏が描いてくれました。見覚え、ありませんか?」
「……フラウハラウで俺たちを出迎えたあの老人か」
エミライアに近しいと思われる吸血鬼の顔を思い浮かべ、似顔絵と比べる。特徴が合致していた。
「そっくりさんでないとしたら、一体どういうことでしょうね?」
「双子が言うといまいち説得力に欠けちまうんだが」
「余所は余所、うちはうちです」
「あ、はい」
事実として、目の前の双子のような一卵性双生児はあまりいない。
同一人物と考える方が自然だ。
「エミライア、あるいは吸血鬼全体で太陽聖教会をでっち上げたのか。だが、何のために?」
太陽聖教会に直接依頼されたという光剣のカランはどこまで関わっているのか分からないが、他の序列持ちまで雇い入れる以上、多額の金銭が投じられている。
何らかの目的がなければ動かさない金額のはずだ。
「トールさん、この依頼は確実に裏があります」
「このまま依頼を達成するつもりですか?」
双子に心配そうな目を向けられて、トールは黙考する。
エミライアがどんな思惑でこの状況を作り上げたのかは分からない。
だが、どんな思惑であってもトールにとって利益があるのも確かだ。
「気になることはあるが、俺たちか勇者チーム、どちらが手に入れても始教典がエミライアの元に渡るようになっているなら、目的の一端ではあるだろう。思惑を聞き出すにしても、始教典を手に入れてからでも遅くない」
これほど回りくどいことをしているのだから、素直に口を割るとは思えない。交渉材料が必要だ。
「まぁ、太陽聖教会の存在すら疑わしくなっている以上、始教典なんてものがあるのかっていう根本的な疑問も出てくるんだが」
「始教典は多分、あると思いますよ」
太陽聖教会に実体がないとの情報をもたらしたユーフィとメーリィは口をそろえて始教典の存在を肯定した。
どういうことかと視線で問いかけるトールに、ユーフィとメーリィは少し困った顔をする。
「理由は、その、ちょっと待ってください」
「妙に歯切れが悪いな」
トールが指摘すると、双子は困り顔のまま顔をそむけた。
トールは紅茶を飲みつつ二人をしばらく見つめた後、口を開く。
「お前らのケンカと何か関係があるのか?」
「ないわけでもないというか、何と言いますか……」
ケンカはしているんだな、と鎌掛けに引っかかった二人を眺めつつ、トールは苦笑した。
「事情は分からないが、話せるようになったら話してくれ」
「は、はい」