第9話 攻略方針
カーラルの町に戻ったトールは宿で双子に出迎えられた。
「おかえりなさい。あなた」
「ごはんにする?」
「お風呂にする?」
「それとも再出発?」
ノリノリの双子は互いの両掌を合わせ、頬がくっつきそうなほどに顔を寄せてトールを見てくる。
「ただいま」
短く言い返してトールは二人の横をすり抜け、椅子に腰を下ろして足を投げ出した。
「そういうネタ、どうやって知ったんだ?」
「普通に小説ですけど?」
「……この世界にもその言い回しがあるのか」
娯楽小説はさっぱり読まないトールは異世界との意外な共通点に苦笑する。
双子がトールの両横に立って左右からトールの顔を覗き込んだ。
「ぼさぼさですよ、髪」
「静電気でちょっとな」
「遺跡はどうでしたか?」
「酷い目に遭った」
正直な感想を口にして、遺跡から持ち帰った革表紙の手帳などを机に並べる。
メーリィが目を輝かせて手帳を拾い上げた。
「これは?」
「遺跡の奥の方ででかい屋敷を見つけたんだ。そこの書斎っぽい場所にあった。他の建物とは違ってその屋敷だけは魔機獣が入ってこないんだ」
「ストフィ・シティの管理者とか、上役の人の屋敷でしょうか?」
「表札が出ていたわけでもないからわからない。始教典ではなさそうってことだけは確かだな」
「トールさん濡れタオルです。どうぞ」
「助かる」
ユーフィに温かいタオルを渡されて、トールは顔を拭う。
あとで宿の風呂を利用させてもらおうと思いつつ、トールは双子に相談する。
「魔機獣も特殊な奴だらけで対応に手間取るが、それ以上に明暗の切り替えと罠の組み合わせが凶悪だ。冒険者ギルドに報告を挙げておかないと死人が出る」
「その件でしたら、勇者さんが報告を挙げたそうです。魔機灯を使用すると魔力を感知して魔機獣が集まってくるとも報告がありました」
「え、魔機灯もダメなのか」
今度は魔機灯を持ってリベンジしようと考えていたトールは出ばなをくじかれ、腕を組む。
赤雷を頼りに強引な突破を試みても、魔機獣を呼び寄せてしまうため戦闘ばかりで奥に進めない。
視界を確保しないことには罠の発見も難しく、手詰まりだ。
いっそ明暗を切り替えている結界の要を探し出して破壊するのを優先した方が結果的に探索がスムーズに進む気もする。
方針を結界の要の破壊に切り替えようとしたとき、メーリィが口を開いた。
「灯りが欲しいのでしたら、作りましょうか?」
「作るって懐中電灯的な物をか? 言っておくが、俺のエンチャントを使っても魔機獣が寄ってくるぞ」
「電気を使わなくても松明でいいですよ。もう少し携行性を考えて、アセチレンランプとかどうでしょうか?」
どうでしょうかと聞かれても、トールはアセチレンランプが分からない。
辛うじて、アセチレンを使ったランプだろうということまではわかるものの「アセチレンって何?」という段階である。
「アセチレンガスを使った炭坑用の灯りです。トールさん、地球でキャンプに行ったことは?」
「ないな」
「キャンパーの中には使っている方もいるそうですが、見たことがないのでしたら説明が難しいですね」
メーリィが口を閉ざすと、思考共有で何かをやり取りしたらしいユーフィが手ごろな紙に図を描き始める。
描き出されたのはガスバーナーのような物だった。
メーリィが絵を示しながら説明してくれる。
「仕組み自体は単純です。炭化カルシウムに水を滴下して反応させます。すると、水酸化カルシウムとアセチレンが生成されます。このアセチレンが可燃性ガスで、バーナー先端に火をつけるとガスが発生し続ける限り火が灯ります」
「へぇ。可燃性ガスか。赤雷に引火しそうだから取扱注意だが、逆に言えば攻撃にも使えるな」
「何でそんなにすぐさま物騒な発想が出るんですか。常在戦場の心構えですか?」
「生きることは戦いだと誰かが言っていた」
「だとしたら、短絡的な思考と戦って理性的に生きてください」
説教されて、トールは反省しつつ絵を見る。
「炭化カルシウムだったか。どうやって作るんだ? 水に反応するくらいだからそこらで取れるもんでもないだろ」
「生石灰と炭の混合粉末を二千度で焼きます」
「……二千度?」
かなりの高温である。
ユーフィとメーリィがトールに微笑みかける。
「電気炉で加熱します。トールさんならできますよね?」
「俺は発電所になった覚えはないんだが……。でも、灯りは欲しいしな。分かった。やるよ」
「やった!」
双子がハイタッチを交わして喜ぶ。
何がそんなに楽しいのかと思ったが、机に置いた資料が視界に入り、理解する。
「売るつもりか?」
「はい。冒険者さんたちにアセチレンランプを販売、情報収集をしつつ、こちらに協力してもらえるように話を持っていきます」
「今回の目的は始教典の奪取ですから、人海戦術が使えるのならそれに越したことはありません」
「人を使うにはお金が必要。なら、稼いじゃいましょう」
この双子、自分たちが遺跡に潜れないのなら人を雇ってしまえばいいと考えているらしい。
実に商売人の発想だが、トールとしても人手があれば助かる。
トールはにやりと笑って、双子を見る。
「元手はどれくらいほしい?」
「金貨を五枚、お願いします。一気に拡散し、太陽聖教会が対抗する前に冒険者全員へ行き渡らせてしまいましょう」
「五枚か。これくらい魔石があれば十分だろ」
魔機灯の購入と燃料用にとストフィ・シティで取ってきたいくつかの魔石を双子に渡す。
「ありがとうございます。後で明細書を作っておきますね」
「いや、別にいらないけど」
「資金の出所が不明だと太陽聖教会に付け入る隙を与えかねません」
「そういうことか」
序列持ちを大量に雇い入れてパーティを作っているほどだ。太陽聖教会が始教典にかける情熱は並ではない。
「そんなに欲しいもんかね。始教典」
「創始者が手書きした最初の教典というくらいですから、やはり宗教的には価値があるのだと思いますよ」
「宗教はよくわからないな」
「おばあちゃんの知恵袋みたいなものですからね。ことさらにありがたがるものではありません」
トールと近い宗教観なのか、それとも現実主義なのか、ユーフィとメーリィも始教典の宗教的な価値については興味がないようだ。
「ところでトールさんは正義とは宗教だと思いますか?」
「あ、ごめん、そういう話はどうでもいいや」
「よくありません。正義は宗教ですか?」
逃がすつもりはないとステレオ発声で問い詰められ、トールは天井を仰ぐ。
「まぁ、宗教なんじゃね? 人によってとらえ方も信じてるものも違うし」
「つまりは、可愛いは宗教です」
「……そう繋がるの?」
「私たちは可愛い。すなわち神なのでは?」
「待ってくれ。どこに話を持っていきたいのかさっぱりわからねぇ」
タンマをかけるも、双子の暴論は爆走する。
「神にお布施が必要です」
「炭化カルシウムの製造で魔力を使うということは遺跡に潜れない日ができます」
「三人でお出かけしましょう!」
「回りくどいな。最初からそう言えば良いのに」
ツッコミを入れつつも、会話の流れ自体は楽しんでいたトールは笑う。
「どの道、休みは必要だ。出かけるとしよう」