第1話 強く生きて
クラムベローを出て早三日、トールは魔機車の中のにぎやかさにも慣れてきた。
「陽がしーずむー」
「地平ーのかなーたーに」
双子とピアムが歌っている。
暇だから何か話してくれと言ったのはトールだが、まさか間を置かずに美声を響かせてくるとは思わなかった。
意外だったのはピアムの歌のうまさだ。
聞き心地の良いソプラノで音程もばっちりとらえている。ユーフィとメーリィが普段より音程を下げアルトでハモっていた。
トールは助手席に座っているキリシュに声をかける。
「ピアムって音楽もできるんだな」
「楽器は扱えないけれど、歌はなかなかのモノだろう?」
親バカをこじらせ鼻高々な吸血鬼に苦笑する。
「うちの双子は楽器も扱えるぜ?」
「おやおや、うちの子に張り合おうとは無謀な。それより、そろそろ野営にしないかい?」
キリシュの提案に頷いて、トールは道の先に目を凝らす。
どこかにこの大型魔機車を停められる場所がないかと探しながら、街道を徐行すること数十分。
木々が切り開かれた簡単なキャンプ地を見つけて、魔機車を乗り入れた。
先客はいないようだ。石組みの竈も崩れており、草も生えている。しばらく使われていないのだろう。
とはいえ、吸血鬼の隠れ里に行くことを決めた時には、古いとはいえ整備された街道を走れるとは思っていなかった。こんなキャンプ地でもないよりはましだ。
「おーい、今日はここで野営するぞ。周辺の魔物や魔機獣を追い払ってくるから、夜食の準備を頼めるか?」
「分かりました」
「お気をつけて」
「お兄ちゃんも行くの?」
「僕はここの護衛かな」
助手席から外に出たキリシュが周囲を見回し、トールを振り返る。
トールは魔機車を降りて鎖戦輪を出した。
「そうだな。キリシュさんはここを頼む。強そうな魔機獣も多いみたいだし」
「隠れ里が近いからね」
キャンプ地を四人に任せて、トールは散歩にでも行くような気軽さで森に入った。
吸血鬼の隠れ里が近いだけあって、魔機獣も対吸血鬼を想定した構成だ。なるべく近づかず、暗殺を狙ってくる。
「ごめんな。隠れていてもまるわかりなんだよ」
トールは平謝りしながら鎖戦輪を木々の隙間に通す。
空気を切り裂き、鎖戦輪は地面に伏して銃口を向けていたトカゲのような魔機獣を斬り殺し、その横の低木に擬態していた観測手役の虫型魔機獣を叩き潰した。
トールは虫型魔機獣をつま先で蹴飛ばし、様子を見る。
「面倒なのがいるなぁ」
体長五十センチほどの小型の魔機獣だ。ナナフシに似た形状で攻撃能力は前足の鎌だけが頼りだろう。
明らかに観測が主な仕事の偵察型に分類される魔機獣だ。
吸血鬼の隠れ里を監視する役割があるらしい。
森にいる魔機獣は遠距離から攻撃してくるものばかりで面倒だったが、装甲が厚いわけでもなく鎧袖一触に倒してしまえる。
キャンプ地の周囲を掃討して戻ると、夜食の準備ができていた。
「トールさん、おかえりなさい」
「ただいま。ちょっと手を洗ってくる」
魔石の回収で汚れた手を洗いに魔機車の中に入ると、メーリィがタオルを出してくれた。
礼を言って受け取り、手を拭いて外に出る。
焚火を囲んでいた面々がトールを手招いた。
「先に食べててもよかったよ」
「トールさんがいないと味気ないかなと思いまして」
「ごめん、食べちゃった」
「僕も食べたよ」
正直に白状するキリシュとピアムに苦笑しつつ、トールは双子と一緒にハンバーガーを用意し始める。
ユーフィとメーリィのお手製だというハンバーグは肉だねを魔機車の走行中に準備してあったらしく、後は焼くだけという状態だった。
肉だねと各種野菜を焼きながら、そのうちバーベキューでもしようかとトールは森に目を向ける。殺気と食欲を向けられた魔物たちが怯えたように森の奥へ逃げ込む気配がした。
キリシュが堂々と魔物の血液をコップに注ぎ、ピアムに渡す。
ピアムはどろりとした魔物の血液にうんざりした顔をした。
「うへぇ、臭い」
「すまないね。料理は苦手なんだ」
「知ってるけどさぁ。これから週一でこれを飲むのかぁ」
「フラウハラウに行けば調理方法もいろいろあるから学ぶといいよ。僕は栄養補給できればいいと思ってるから学ばなかったけど」
ピアムが鼻をつまんで魔物の血を飲む。
吸血鬼は普通の食事もするが、血液を飲まなければ魔力異常をきたすという。ピアムは薬と割り切って血を飲み干していた。
トールはキリシュに声をかける。
「フラウハラウまではどれくらいだ?」
「明日の夕方前には着くと思うね」
「なら、明日は悪路を走ることになるか」
魔機車を心配してタイヤを見たトールだったが、キリシュは否定した。
「その心配はいらないよ。フラウハラウへの道は幻惑魔法で隠されているけれども、舗装されている」
「隠れ里なのに?」
「隠れ里とはいっても、僕たち吸血鬼も経済活動はするからね」
キリシュによれば、吸血鬼の隠れ里フラウハラウは吸血鬼だけでなく事情を知る人間も暮らしているという。
血液を必要とする吸血鬼は魔物を狩るか、家畜を育てなければ生きてはいけない。
だが、吸血鬼が集まれば当然、魔力異常を検出した魔機獣が周囲を囲んでしまうため魔物を狩るのは難しい。さらに、家畜を育てるのも陽の光の下で活動できないものが大半の吸血鬼には難易度が高い。
そこで、事情を知る人間たちを庇護する代わりに血液を提供してもらい、共存しているという。
「そして、人間を養うために外に物を売って食品を買い込むのさ。幸い、魔機獣がたむろしてくれるから商品に困らない。他にも主要な特産品にトール君も飲んだ『ブラッディ・アーケヴィット』がある」
「あのリキュール、吸血鬼が作ってたのか」
ダランディの酒場の主が言っていた。どこから出てくるのか分からない幻の酒である。
「したたかにやってるんだな」
「年の功というものさ」
「お兄ちゃんがすっごいお爺ちゃんだったのは割とショックかも」
「すっごいお爺ちゃん……」
ピアムはキリシュに大ダメージを与えていた。
双子がパンに具材をはさみながら感心する。
「年の功ならぬ年の甲を貫通しましたね」
「末恐ろしい舌鋒です。吸血鬼化しましたから、末は訪れませんけど」
落ち込むキリシュの背中をポンと叩いて、トールは声をかける。
「お爺ちゃん大丈夫? 墓、建てる?」
「死んでるじゃないか……」