第16話 外出許可
トールは魔機車の扉を開け、ユーフィとメーリィに槍を渡す。
「二人はここでピアムの護衛を頼む。キリシュさん、西門で落ち合おう。俺はちょっとギルドに話を通してくる」
「分かりました」
「お気をつけて」
「西門だね。仮面をつけていこうかな」
案外ノリがいいな、とキリシュを見て思いつつ、トールは魔機車を出てギルドに駆けだした。
身体強化を施し一気に加速する。
市内は避難誘導が開始されて慌ただしくなっていた。
人込みを避けたトールは立ち並ぶ建物の屋根へと飛び上がる。薄く削り出した石の屋根に着地すると、横着して大通りの上を飛び渡る。
ショートカットを多用して到着したギルドにはすでに召集がかけられた冒険者が集まり始めていた。
「あ、いたいた。リスキナン、ちょっと面かせ」
領主家に連なり自身もAランク冒険者にしてクラン『ブルーブラッド』の長であるリスキナンにぞんざいな口調を聞くトールに周囲の冒険者が驚愕し、後退る。
声をかけられたリスキナンはトールに気付いて苦笑した。
「これでも立場ってものがありましてね……」
「お互い様だ。序列持ちが権力に膝を屈するのはまずいらしくてな。口調については目をつむってくれ」
トールは身振りで耳を貸すようにリスキナンに伝える。
一も二もなく応じたリスキナンが耳を傾けてきた。
息を吹きかけてやったらおもしろそうだな、とベタないたずらを思いついたトールだが、堪えて要件を小声で伝えた。
「俺が世話になっている家の子が刺された。事実関係は調査中で混乱を避けるためにまだ衛兵にも届けてないが犯人は拘束してある。多分、お前のところの下っ端だ」
「……クランメンバー二人の行方が分かっていなくてね。逃げたかと思ったがそっちにいたのですか。刺された子の容体は?」
「ひとまず無事だ。迷惑をかけたと思うなら、これから俺が支部長にする提案に賛成しろ。しなくても構わないが、俺はこの提案をゴリ推す」
「……分かりました。しかし、混乱を招くような提案ならやめていただきたい」
「――支部長、ちょっと提案だ」
冒険者を取りまとめる職員たちに指示を飛ばしている支部長に声をかける。
リスキナンとのやり取りを見ていた支部長が引きつった笑みを浮かべた。領主家に根回し済みの序列持ちから提案されるのだ。ほぼ確実に呑むことになる。
「……提案の前に名乗ってくれ。そうでなくては、あなたを知らない周りの冒険者がまねをしかねない」
「あぁ、悪い。名乗るのは好きじゃなくてさ。――序列十七位、赤雷のトールだ」
トールが名乗った瞬間、成り行きを見守りつつざわついていた冒険者が水を打ったように静かになった。
支部長はため息をつく。散々静粛にと声を張り上げてようやく指示を通せるくらいのざわめきに抑えたのに、トールは肩書と名前だけで冒険者たちを黙らせたのだ。
「それで、提案とはなんだね?」
「俺は市外に出て魔機獣の掃討をする。だから防壁上にはいかない。俺が暴れると味方に被害が出かねないからな」
「確かに序列持ちともなると……。しかし、士気がな」
支部長が冒険者たちを見回す。
領主家の血筋であるリスキナンが率いる『ブルーブラッド』ですら犯罪に手を染める士気の低さだ。クランにも所属していない野良の冒険者も士気が低く、実力も高くない。
クラムベローには防壁があるため、衛兵隊と協力して防衛を行えば結界の力もあって戦うことはできるだろうが、士気の低さから戦線が崩壊する可能性は無視できない。
だが、序列持ちが防壁上にいれば戦果が目に見えるため士気を高めやすい。
指揮官から見ても、序列十七位がその方面にいるだけで防衛を一任してしまえる。寄せ集めで指揮系統が混乱しやすい冒険者の集団を運用するなら、一方面だけでも安心して任せられるのは非常に大きな意味を持つ。
考えは読み取れたが、トールは提案を引っ込めることもなく支部長に歩み寄る。
「士気の低さは確かに問題だけどな、俺はソロのBランクだ。指揮を取るのは無理だよ。ついでに言うと、俺を野放しにしておく方が士気は上がりやすいぜ?」
トールは支部長の目の前に立つなりくるりと背を向け、居並ぶ冒険者たちの注目を集めているのを見てにやりと不敵に笑う。
「――お前ら目を閉じるなよ」
言うや否や、トールは二つ名の由来となった赤い雷をギルドの天井に駆け巡らせる。バチバチと派手な音が鳴り、冒険者たちの目を奪った。
「市外でこの赤雷が瞬き、鳴り響いている場所に俺がいる。適当に魔機獣を蹴散らしながらクラムベローの外周を回っているから、サボってる方面ではひときわでかい雷が落ちるぞ。他の方面の奴らに馬鹿にされたくなかったらきっちり働け」
ある種の相互監視を意識に植え付けて、トールは支部長に向き直る。
「ほら、問題解決だ。安心しろよ。防壁の連中が暇をしない程度には獲物も残してやる。……それと」
支部長の肩を叩き、トールは耳元に口を寄せる。
「この騒ぎの元凶を見つけた。そいつを連れて外に出れば、魔機獣の目もこっちに向いてクラムベローへの圧力は減るはずだ。俺を外に出せ」
「……元凶?」
「詳細は明かせない。――見てただろ?」
トールがリスキナンを視線で示せば、支部長はすでにベロー家と話がついていると勘違いし、複雑そうな顔で頷いた。
「いいだろう。暴れて来てくれ」
「言われなくてもお上品にはできないさ。冒険者なんでな。そうだろ、リスキナン?」
「――私に同意を求めないでくださいよ!」
領主の家に生まれたリスキナンと漫才をかまして、トールは引き止められないうちにギルドを出ると西門へ走り出す。
ポーチから鎖手袋と鎖戦輪を取り出しながら、トールはため息をついた。
「夜戦になりそうだな」
すでに日は傾き始め、クラムベローは魔機灯の光に包まれつつあった。
西門に到着したトールは待ち合わせしているキリシュの姿を探す。
キリシュはすぐに見つかった。額にキスマークがついて頬を赤く染めたドクロに金色のたてがみがついた妙なデザインの仮面をかぶっている彼は衛兵に職質されていた。