表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十年目、帰還を諦めた転移者はいまさら主人公になる  作者: 氷純
第四章 十年目の転移者と吸血鬼事件
63/110

第15話  仲間が増えるよ!

「何か様子がおかしくありませんか?」


 キリシュとピアムの家が見えてくるとメーリィが不審そうに眉をひそめた。


 静かな住宅街に佇む広い庭の一軒家。庭では補修されたブランコが風に揺れている。

 トールはすでに違和感の正体に気付いていた。

 窓が締め切られ、カーテンが引かれている。それだけでは不安だとばかりに窓は外から木の板で塞ぐ念の入れよう。


 籠城でもする気かとツッコミを入れたくなるが、魔機獣が大挙してクラムベローに押し寄せつつある今、賢明とも言えた。

 もっとも、家主が魔機獣のことを知っていればの話だ。

 トールは双子の前に出て、玄関の扉をノックする。


「キリシュさん、緊急で魔機車を動かすことになるんで説明したいんだけど?」


 中に呼びかけると、ほどなくしてキリシュが玄関を開いた。


「お帰り、早かったね」

「交渉中に問題が発生したんだ。魔機獣がクラムベローに押し寄せてくる可能性がある」


 経緯を説明しつつ、トールはさりげなく左脚を引いた。キリシュの目線がわずかにトールの左足と右足の位置を確認する。重心移動を読んでいると、トールは経験から推測し、わずかに息を吐きだして呼吸を整えた。


「ところで、血生臭いんですが?」


 キリシュが玄関を開けた直後から、血の臭いがかすかにしている。アトリエから絵具の臭いが被さって分かりにくいが、魔物と日常的に殺しあうトールの鼻は誤魔化されない。

 キリシュが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「魔機獣がくるのなら、冒険者の君たちは戦いに行くのだろう? あまり心配をかけたくないから黙っていたかったんだけどね」

「ピアムに何か?」


 トールは重ねて尋ねる。キリシュに目立った外傷がないため、血の臭いの発生源はピアムだとアタリを付けたのだ。

 キリシュが二階を見上げる。


「トール君たちが出て行ってすぐに来客があったんだ。僕はアトリエにいたから、ピアムに対応してもらったんだが、それが間違いだった――刺されたんだ」

「刺された……?」


 話を聞いていた双子が驚いて口に手を当て、二階を見上げる。


「て、手当は!?」

「命に別状はないよ。今は二階で寝ているが、絶対安静なんだ。面会はよしてくれ。その時間もないようだけど」


 心配そうに二階を見上げてソワソワする双子に微笑みかけたキリシュに、トールは重ねて問う。


「二階の窓、外から木を打ち付けてあるな?」

「暴漢に仲間がいないとも限らないからね」

「血の臭いがするのに痕跡がないってことは掃除をする余裕があった。俺たちが出て行ってすぐの来客ってことは、ピアムが襲われたのは魔機獣が集結を始める直前になる」

「魔機獣のことはよくわからないけど、そうなるね」


 質問を重ねていくトールをキリシュは不思議そうな顔で見る。


「トールさん、どうかしたんですか?」


 ユーフィに声をかけられてもトールはキリシュから視線を外さず、追加の質問を浴びせる。


「吸血鬼は高い再生能力を持っているのを知ってるか?」

「知っているとも。調べたからね」

「吸血鬼について調べたのはキリシュさんがクラムベローに来たばかりの頃、十五年前。吸血鬼の被害が出始めたのもその頃からだな?」

「タイムリーな話題で当時は驚いたね。おかげで絵も高く売れたよ。そんなことより、魔機獣との戦いに行かなくていいのかい?」

「ただで後始末をするのは好きじゃないんだ」

「なにが言いたいのかな?」

「――デイウォーカーとは珍しいな?」


 刹那、トールは頭、胸、腹へ繰り出された高速の拳をほぼ勘だけで弾き飛ばした。

 打撃音が一つに聞こえるほど一瞬の攻防の後、キリシュが一歩距離を取る。


「Bランク? これを防いでおいて、冗談だろう?」

「ソロなんだ。それより、いきなり攻撃するな。人の話は最後まで聞くようにって親に言われなかったか? いいお父さんになれないぞ」


 軽口を叩いて、痺れた手を振ったトールに双子が目を丸くする。


「……え? いま、何が?」

「説明は後、キリシュさんとの交渉が先だ」


 交渉、と聞いてキリシュが不可解そうに片眉を上げる。


「交渉? 何を交渉するつもりだい?」

「戦力が欲しいんだ。魔機獣戦に協力してくれ。対価として、ベロー家にキリシュさんたちのことを伝えない。どうだ?」

「無理だねぇ。魔機獣戦に参加するとどうしても目立つ。ベロー家にばれないはずがない」

「魔機獣はキリシュさんを狙ってくるんだ。クラムベロー周辺で戦う必要はない」

「そこは誤解がある。ピアムを吸血鬼化した以上、僕とピアムの両方を狙ってくるんだ」

「……あぁ、じゃあ無理か」


 トールはあっさり引いて、ため息をつく。

 毒気を抜かれたのか、キリシュが構えを解いた。


「トール君に戦力が必要とも思えないけどね」

「傲慢と取られるかもしれないが、目につく範囲を守るくらいは簡単なんだ。だが、クラムベロー全体を防衛するとなるとどうしても手が届かない」


 自分の身はもちろん、双子を連れて魔機車に乗って魔機獣の群れに正面から突っ込んでも抜ける自信がある。

 しかし、クラムベローという巨大な都市を守るとなるとトール一人では心もとないのが本音だった。


「リスキナンのAランクパーティと『ブルーブラッド』もいるから大丈夫かと思ったが、こんな事件を起こしているってことはかなり士気やモラルが低いだろう。最悪、敵前逃亡が発生する」

「その懸念には同意だね。……参ったな。夜までピアムを外に出すわけにはいかないから避難もできない」


 勝手に話を進めるトールとキリシュに、少し不機嫌そうなユーフィが声をかける。


「つまり、キリシュさんが吸血鬼、血抜きの犯人。先刻、『ブルーブラッド』の家畜モツ抜き犯にピアムさんが刺されてしまい、吸血鬼化した。トールさん、これであっていますか?」

「相変わらず頭の回転が速くて助かるよ。その通りだ」

「それで、魔機獣との戦いでクラムベローを守り抜く戦力が足りないから吸血鬼のキリシュさんに参加してほしいんですね。キリシュさん、参加の条件はありませんか?」

「うん? そうだね。この事態を招いたのは僕の責任でもあるから要求はないけど、僕とピアムの正体を隠すことが条件かな」

「分かりました。ベロー家に交渉して機密扱いしてもらえるよう取り計らいます。交渉材料もありますから、上手くいくでしょう。ピアムさんを刺したという犯人は?」


 双子に尋ねられて、キリシュは肩をすくめた。


「アトリエの地下に繋いでいるよ。大丈夫、殺してない。ベロー家相手の交渉材料に使えると思ってね」

「分かりました。ひとまず、その犯人は捕らえたままにしておきましょう。後で事情聴取をしたいですから。まずは魔機獣の対処が先です」

「待ってくれるかな。僕はまだ手伝うとは言ってないよ? 君たちがベロー家相手に交渉する材料について話してほしい。協力するかどうかはその話を聞いてからだ」

「当然ですね。私たちが交渉材料にするのは、紺青とは異なる合成青色顔料の製法です」

「へぇ……。興味があるな」

「詳しく話しましょうか?」

「いや、それには及ばない。それより、もう一つ条件を出したい」


 キリシュは人差し指を立てて、条件を口にする。


「吸血鬼化してしまったピアムは陽の光を浴びられない。そこで、僕と一緒に君たちの魔機車に同乗させてほしい。あの子も不安がるだろうから」


 妹を思う兄の表情で条件を出してきたキリシュに、トールは呆れた顔をする。


「当たり前だろうが。昨日の夜に約束しただろ。引っ越しの手伝いをするって」

「僕の正体を知ってもその約束は有効なのかい?」

「俺たちに危害を加えるつもりがないなら敵でもないし、有効だろ。ピアムのことも心配だし」


 トールの表情から嘘は言ってないと分かったのか、キリシュは苦笑する。


「一応、魔物に分類されているんだけどね」

「同じように魔物に分類されている獣人とは結構仲良くやれたぞ」

「……トール君、本当に何者だい?」

「ソロのBランク冒険者だよ」

「――私たちもいますよ!」


 ユーフィとメーリィが揃って声を上げ、トールの服の裾を左右から掴んで引っ張った。

 トールは言いなおす。


「三人組のBランク冒険者だよ」

「それだけとは思えないけども。ともかく、交渉成立だ。よろしく頼むよ」


 キリシュが苦笑を深めながら協力を約束した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 会話からいきなり戦闘始まるのスキ。
[一言] ギルドの魔機獣の絵で吸血鬼がいるのはほぼ確定してたけど… 交流するまでいったのは無理くり感があるなぁ 引っ越し準備とブラッドソーセージ好きはサービス過ぎるw トールに合縁奇縁とかトラブルメ…
[一言] 美少女吸血鬼ですか!? 映像化希望!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ