第13話 推測
「――まとめると、なかなか厄介な状況だな」
トールは双子の話と総合してため息をつく。
十五年前から発生している吸血鬼事件には二グループ計三チームが関与していると考えられる。
十五年前から活動し、定期的に強力な魔物のみを対象に血液を抜き取るグループまたは個人。仮名称、血抜き。
二年前から活動し、魔物や家畜を問わずに血液と心臓や肝臓を抜き取るグループ。仮名称、モツ抜き。
モツ抜きはCランク相当の魔物を一方的に仕留める上位グループと家畜を狙うような下位グループで構成されていると思われる。
「モツ抜きがリスキナン・ベロー率いる『ブルーブラッド』だと考えられる根拠は、新しい青色。これを紺青と考えた場合、製造の副産物としてアンモニア由来の刺激臭が発生し、これがクランハウスの周辺で確認されている。ここまで、あってるか?」
「はい、情報を統合するとそうなりますね。血抜きが何者かは考える必要がないでしょう。現在のクラムベローで問題視されているのは家畜被害を出すモツ抜きの方ですから」
吸血鬼排斥派の内訳は畜産業者であり、家畜被害が出るまでは吸血鬼がクラムベローを守っているとのうわさが広がるほど好意的に解釈されていた。
モツ抜きを解決してしまえば、以前のようにはならないとしても排斥派は下火になるだろう。
メーリィが口を開く。
「リスキナン・ベローが冒険者クランを設立したのは、紺青の材料を確保するため都市の外に出ても怪しまれないからだと思いますが、どうやって都市の中に運ぶのでしょうか。衛兵もグルだとすると根が深い問題ですが」
「ないとは言い切れないが、血液も内臓も生臭さで通行人に気付かれるから関を通ってはいないだろう。少し調べたんだが、ベロー家が管理する地下道があるらしい。有事の際に都市の外へ避難するための道だが、これを使った可能性がある」
「それなら、簡単に外とも行き来できますね」
地下道の出入り口の位置が判明していれば張り込むところだが、盗賊などの犯罪組織に利用されることを恐れて詳細はベロー家の他、冒険者ギルドの支部長などの上層部にしか知らされていない。
「いま一つ分からないのはなぜ、ベロー家が関与しているかですね。都市に損害を与えても益はないと思いますが」
ユーフィが謎の一つを議題に上げる。
領主家であるベロー家が都市産業の一つである畜産業への被害を与える理由。
件の新しい青色顔料がラピスラズリの輸入額を削減する目的で開発製造されているのなら、都市経済を重視していることになる。そんなベロー家が損害に目をつむるのは矛盾していた。
「統率が取れてないんだと思う」
トールは森で見て回った現場を思い出しながら話す。
「クラン『ブルーブラッド』は急速にメンバーを増やしているんだが、実力が劣っている者も多い。モツ抜きの実行犯が『ブルーブラッド』と仮定するなら、実力のない下位グループが血液や臓器のノルマを課せられ、それを安全に達成するため、家畜に手を出したと考えればつじつまが合う」
「『ブルーブラッド』がそれを把握していれば、看板に傷がつくのを恐れ、吸血鬼のうわさにかこつけて事実隠蔽を図っているかもしれませんね」
「推測が正しければ、これを証明してもベロー家にもみ消されるのは間違いないですね」
双子が苦笑するとトールも肩をすくめて応じた。
依頼を受けなくて正解だったと確信を深めつつ、トールは机に頬杖を突いて切り出す。
「で、どうするよ?」
「暴いてみたところで、混乱を呼ぶだけで本質的な解決にはなりそうもないですね」
「もみ消されて終わりだな。仮説が正しければ、ベロー家も家畜被害は不本意だろうし」
「決定的な証拠を掴んでいるわけでもありません。ベロー家が関与している以上、『ブルーブラッド』のクランハウスへの家宅捜索も無理でしょう」
「打つ手なしだな。家畜の護衛でもするか?」
「依頼を受けているわけではないので無視してしまうのも一つの手ではあります」
もともと、吸血鬼への興味で首を突っ込んだ事件だ。吸血鬼ではなく人の仕業であると考えられる以上、すでに手を出す理由がない。
そんな双子の主張に、トールは苦笑する。
「そうは言うが、メーリィは『デズラータム宗祭事書』が読みたいんだろ?」
トールの指摘に、メーリィが一瞬驚いたような顔をして視線を泳がせる。
紺青の製法について書かれているとされる、カタツムリを神と崇める異世界の宗教書『デズラータム宗祭事書』をリスキナン・ベローたちが所有しているのなら、ぜひとも読んでみたいのがメーリィの本音だった。
トールはユーフィに視線を移す。視線を向けられたユーフィがどきりとした様子で顔をそむけた。
「ユーフィはまとまった量の紺青を手に入れて絵でも描きたいんじゃないか?」
言い当てられて、ユーフィはメーリィと揃ってばつが悪そうな顔をした。
トールは小さく笑う。
恨めしそうな顔をした双子は声を揃える。
「何で分かったんですか?」
「分かるだろ。温泉の話しているときと同じ顔してたし」
「そんなに分かりやすいはずないんですけど……」
お互いを通して自分の顔を見ることができるため、双子は他者の目から自分たちがどう見えるのかを把握している。そう簡単に表情を読み取らせはしない。
欲しがっていることなどまず分かるはずはないと双子は思うが、トールの前では筒抜けだったらしい。
「目の前にそれらしいものがあるんだ。交渉してみようぜ」
「そうですね。ですが、その前に口封じを」
「は? 口封じ?」
いきなり物騒な単語を口にしたかと思うと、双子が全く同じタイミングと所作で音もなく席を立ち、廊下へと走り出した。
何事かとトールが振り向けば、ニマニマ笑うピアムとキリシュが扉からこちらを見ていた。
「些細な変化に気付いてプレゼント、これはポイント高いよね、兄さん」
「話の流れと切り出し方が減点かな。でも無自覚なのは逆にポイント高いね」
「わーい、怒った!」
「逃げろー」
「――待ちなさい!」
覗き見がばれて笑いながら逃げ出すピアムとキリシュを双子が追いかける。
取り残されたトールは困惑もあらわに、庭で鬼ごっこを始める四人を窓から眺める。
「え、なに? どういうこと?」