第11話 三種の現場
成長が早く背の高い樹木が立ち並ぶ森に、悲鳴がこだました。
人のモノではない。
木々の枝葉を揺らすほどの大音響に潜んでいた動物は巣穴深くへと潜り身を縮める。
悲鳴の主、三重に鱗を鎧う全高三メートルほどのイタチに似た魔物スリーケフたちは必死の形相で逃げ出した。
スリーケフは単体でもBランク冒険者が複数で対処するべき魔物だ。三重の鱗は非常に硬く、鱗の下にある脂肪層がクッションの役割をして打撃も効果が薄い。持久力こそないが俊敏で、口には雑菌を繁殖させて毒素をためる専用の袋状の器官を持ち、非常に獰猛なことでも知られている。
そんなスリーケフが繁殖のために群れていたその場所に、頭を押さえながら「二日酔いだるい」と呟きつつ現れたトールが振るった鎖戦輪が虐殺の始まりだった。
一瞬の赤い閃光の後、血しぶきが舞った。
鱗に覆われたスリーケフたちの体が斬り刻まれたのだ。
生き残ったスリーケフたちは何が起きたのかを理解できなかった。しかし、自慢の頑強さがあの人間の前では木の葉も同然だということだけはわかった。
――あれは圧倒的な強者だ。
逃げ出したスリーケフたちの判断は正しかった――だが、決断が遅すぎた。
赤い雷をまとう龍のように鎖戦輪がスリーケフたちの後を追い、首を落とす。
全滅したスリーケフを見回したトールはうんざり顔で空を仰いだ。
「魔物、多すぎだろ」
もともとクラムベロー周辺は魔物が多いことで知られているとはいえ、異常な数と出くわしていた。
朝から森に入っているが、下は剣術を齧った程度で相手できる魔物から上は魔機獣を単独で狩るような魔物まで種類も強さも多岐にわたる。
特に、森の奥に行くほどダンジョン内かとツッコミを入れたくなるような戦闘慣れした魔物が多々見受けられた。
先ほど全滅させたスリーケフも撤退までの判断はダンジョン外の魔物とは思えない早さだった。
血の匂いを嗅ぎつけて我先にと突っ込んでくる魔物がいないのも不気味だ。高い警戒心と慎重さがなければ魔物は獲物を横取りしようと突っ込んでくるものなのだから。
トールはスリーケフを数え、冠鱗と呼ばれる頭部の鱗を討伐の証明としてはぎ取る。モミジの葉のように先端が分かれたその鱗をポケットに忍ばせて、気配を探りながら歩き出した。
吸血鬼らしき気配がないのはいいが、冒険者もいないのが気にかかった。
どうやら吸血鬼騒ぎも相まって実力のない冒険者たちは街道周辺を張り、森の奥から逃げ出してきた比較的弱い魔物を討伐して生計を立てているらしい。
では、実力のある冒険者はどうなのかというと、今のクラムベローには歴史的価値のある美術品の運搬護衛を専門にするBランク冒険者パーティが二組在籍しているだけで森の奥はほぼ手付かずになっているという。
強力な魔物が現れた時に備えてリスキナン・ベロー率いるAランクパーティがクラムベローにほぼ常駐しているとのことだが、このAランクパーティのメンバーはクラムベローの衛兵隊にも籍を置いている。うかうかと外には出せない戦力だ。
「定期的に森のお掃除をしましょうねっと」
倒木に擬態していた蛇型の魔物を鎖戦輪で絡め取り、地面に叩きつける。
「硬い魔物が多いな」
ギルドで聞いた話では、二十日ほど前までは虫や爬虫類型で、一撃で相手を仕留める、または丸のみにするタイプの魔物が多かったらしい。
クラムベロー周辺は頻繁に魔物の分布が変わる。環境の変化についていけずに不覚を取る冒険者も後を絶たない。
それでも、クラムベローは貿易で成り立つ都市であり、周辺の安全確保を目的に討伐依頼の報酬には上乗せがあるため冒険者に人気の狩場だったはずだ。
「まぁ、吸血鬼は怖いよなぁ」
トールとしても吸血鬼と正面切って戦いたいとは思わない。戦闘力では冒険者中でも最高峰とみられているが、バトルジャンキーではないのだ。
「ここが現場か」
魔物の不審死体があった現場に到着し、周囲を見回す。
木々の密度が薄い。足場もしっかりしていて戦いやすい環境だった。やや離れた場所にひときわ背の高い木があり、そこから周囲を見回して獲物を探すこともできる。
人が組織的に魔物を狩るには好条件がそろっていた。
これまで見てきた現場も人が入り込まず目撃者が出にくい森の中であり、かつ周辺を監視、警戒できる条件がそろっている。
「罠を仕掛けた様子はなし。あの解剖記録が正しいならなかなかの腕だな」
所々で地面が抉れており、戦闘の痕跡がある。だが、解剖記録を見る限り獲物には致命傷以外の傷がほぼない。致命傷となっているのは首への一撃であり、ハンマーなどの重量級打撃武器によるものと推察されている。
獲物となった魔物の強さはまちまちだが総じてCランク以下であり、一人前の冒険者なら討伐自体は容易だ。しかし、急所を一撃という手際を考えればBランク以上、確実にエンチャントが使える冒険者だろう。
『ブルーブラッド』の中核メンバーがAランク冒険者相当であるなら、ここで戦っていた可能性は高い。
だが、とトールは頭を掻いた。
「他の現場がなぁ」
一通り見て回ったトールの感想では、現場は三種類に分けられる。
一つはここと同様、手際よく弱い魔物を仕留めて血や内臓を抜く現場。
もう一つは手際が悪く、弱い魔物に多数の傷を与えながらようやく倒して血や内臓を抜く現場。
『ブルーブラッド』は冒険者クランであり、下位のメンバーが後者の現場にいた可能性は高い。
一番の問題は十五年前から続く失血死する魔物の現場だ。
目撃者が出ないどころか立ち入る者も少ない森の奥深く、見通しが悪いため高い索敵能力がなくては不意の遭遇戦になる環境で周辺を警戒できるような高い場所もない。
標的は軒並みBランク以上の魔物であり、解剖記録ではどれも心臓付近を切り裂かれて即死。
Bランク以上の魔物の急所を狙い、即死させる芸当ができるのは冒険者でも序列持ちくらいの実力者だ。
「まじで吸血鬼がいるかもな」
長く生きるほどに魔力量が増加する吸血鬼。
十五年前ですでに序列持ちと同等以上の実力を有しているのなら、戦闘経験も積んでいるだろう。なり立てとは到底思えない。
幸いなのは、吸血鬼が人を襲うつもりがなさそうなところだ。わざわざ強力な魔物を選んでいる点も考えれば、話し合いで決着できる可能性もある。
「何はともあれ、内臓抜きの連中をどうにかしないと事態は収まらないか。だが、領主家が絡んでいるとなると、政治的な話になりそうだしギルドに報告だけして、おさらばが妥当な気もするな」
クラムベローに向けて歩き出しながら、トールは悩む。
「でも、メーリィが残念がるだろうし、ユーフィもどんな顔をするやら……。ちょっと頑張るしかないか」